第2話
ただいま、就活中。
「どうかおねがいします!やとってください!」
「そんなことを言われても、ウチだってそんな無駄飯喰らいを置いとく余裕は無いんだ。ほら、帰った帰った」
そして、撃沈。
因みにこれで3つめである。
1つめは、俺を見ただけで
「ガキにやる飯はねえよ!ほら消えろ!」
と口を開く前に追っ払われた。
粘ったら蹴飛ばされそうな勢いだったな、あれは。
2つめは雇ってくれと言うには言えたが盛大に笑われて
「あと5年は年を取ってから出直してこい」
と追い払われた。
そして今の3軒目だ。
もしかしたら、徒弟を取るのは何歳からとか大体の年齢が決まっているのかもしれない。
まあこのままだと5年も待つ前に永遠に年を取れなくなってしまうので、どこかに雇って貰わなきゃいけないわけで。
子供っぽく振舞っておけば同情して雇ってくれるかと思ったんだが、人生そう甘くはないか。
俺としては衣食住を保証してくれさえしたら給料は無くても良いぐらいなんだが、そもそもその労働条件についての話まで辿り着かないので、それ以前の話である。
さて、次は……ここか。
かなり店舗が大きいな。
今まで見た中で一番大きいんじゃないか?
戦略を変えるか。
どうやら子供っぽさを前面に押し出して同情を誘うという作戦は上手くいかなかった。
となると今度は、この見た目にしては恐ろしいほどに早熟で賢い子供、というコンセプトでいこう。
これならば、もしかしたら神童と思って雇ってくれるかもしれない。
中身はただの高校生だから、20年もしたら周りと変わらんかもしれないが、大事なのは成長期の今を乗り切ることだ。
大人になってしまえば放り出されたところでどうとでもなるだろう。
それまでにこの世界の知識も身に付けているだろうし。
狙い目は偉い人だな。
出来ればここのトップに声を掛けて、俺の外面と中身が違うということを分かってもらえれば、チャンスはあると思うんだが……。
問題は、どの人が偉いかもその名前も分からないことだ。
何なら店の名前も分からないまである。
取り敢えず、ちょっと観察してみるか。
ずっと見てたらそのうち偉い人が出て来てくれると思いたい。
◆ ◆ ◆
その店を観察し始めてから30分ほどだろうか。
「――よお坊主、どうしたんだ?あの店を睨んで」
突然声を掛けられ顔を上げると、そこにいたのは40代ぐらいの男だった。
筋骨隆々で顔も厳つくおまけに頬に傷まであるので、パッと見ではとても堅気には見えない。
が。
堅気でない人間にもルールがあるのかは分からないが、下っ端の者はともかくその業界の者は堅気の人間には意味もなく絡んだりしないらしい。
これだけ鋭い空気をまとっている人間がそんな下っ端な訳がない。
この世界では身寄りも他人との繋がりもない、見るからに貧しそうな俺から金を巻き上げられるなんて思うはずもない。
となると……。
「おじさん、あの店のこと詳しい?」
「ん?大して詳しいわけじゃねえが……」
「今あそこのお店にいる人の中で一番偉い人って誰だか知ってる?」
「ああ、それなら……ほれ、あいつだ」
店の中で指示を出している1人の男の人を指差す。
「たしか名前は……クレソルだったかな。随分と優秀な奴だ」
「そうなんだ……あともう1個、このお店の名前って何ていうの?」
「ん?そんなのそこに書いてあるじゃねえか。ここはラムソン商会だぜ?」
ラムソン商会、となると一番偉い人だかの名前がラムソンなのかな?
――さて、仕掛けてみるか。
たとえ成功しなくても、外見と中身のちぐはぐさに気付いてくれれば良い。
「なるほど。ではクレソルさんとやらに紹介していただけませんか?ラムソンさん」
これまで形だけでも纏っていた子供特有の無邪気さを脱ぎ捨てそう問うと、男の表情がピクリと動いた。
◇ ◇ ◇
何なんだ、この餓鬼は。
男――モンタナ=ラムソンは驚きを隠せなかった。
ラムソン、とそう呼ばれたことに一瞬だけ反応してしまったのは確かに失敗だった。
これが大人相手だったら、或いは少しでも警戒していれば全く反応しない自信がある。
そうでなければ、商会のトップなど務まらない。
だが、相手の見た目は明らかに学のない3歳児なのだ。
そんな相手にまで気を張って対応しようなどと誰が思うだろうか。
それでも、反応したのは一瞬のことだった。
人生経験の浅い子供はおろかその辺の大人でも気付かないような、そんな反応だったのだ。
それをこの子どもは見てとり、あまつさえ年齢不相応な不敵な笑みを浮かべてみせた。
思わず舌打ちしそうになるのを堪えて
「おいおい坊主、ラムソンってのはこの商会の会頭だぜ?」
としらばっくれてみるが、
「ええ、ですから貴方のことでしょう?」
とむしろ微笑む始末。
さっきの反応で完全に確信してしまったらしい。
別段自分の立場を隠しているわけではないが、こんな餓鬼に良いようにやられていては沽券に関わる――が。
「……どうしてそう思った?」
それ以上にラムソンはこの状況に、いやこの子どもに興味を抱いていた。
この年齢、明らかに貴族ではない見た目。
それらとは不釣り合いな、知性を感じさせる目つき。
途中から急に変化した雰囲気といい、中々どうして面白い。
そんなラムソンの問いに対して返ってきたのは、こんな言葉だった。
「あなたの言葉から」
「俺の、だと?」
「ええ。ここの店舗で一番地位が高いという人をあいつ呼ばわりし、名前も呼び捨て。さらには『あいつは優秀だ』などという上の立場からの評価」
そう言いながら3本指を立てる。
「これらのことから、あなたはどうしようもなく礼儀というものを理解していないか、それとも彼よりも立場の高い人間かのどちらかと推測しました。ですがあなたの言動は前者というには対応が理性的です。ならば後者ではないかなあと」
――どうやら、当たりだったみたいですしね。
ニコニコしながらそう呟くその姿は年相応のものだ。
しかしその中身は子どもとは程遠い。
表情の作り方や視線の向け方など諸々はまだまだ甘いが、その頭の回転は把握できた。
これでまだこの年なのだから、戦慄を禁じえない。
「おい、坊主」
「はい?」
「名前は何だ」
この餓鬼を雇うのは、中々面白いかもしれない。
ラムソンはそう思った。
◆ ◆ ◆
「邪魔するぜ」
「おい、ここはラムソン商会アイレン支部だ。関係者以外は――」
「――んなの知ってるっつーの。ほれ」
無造作に門を通ろうとしたこの男――ラムソンさんは、門番にそれを見咎められて面倒臭さそうに懐から何か取り出す。
それを目にした瞬間、門番は急に畏まった。
「――これは、失礼しました!どうぞお通り下さい!」
「いやいや、職務に忠実で結構だ。頑張ってくれよ」
「はっ!」
そのまま俺を連れて門の中へと足を踏み入れる。
「――そういやお前、どっかの貴族の子じゃねえだろうな。伯爵家とかに口を出されると面倒だぞ」
「心配いりませんよ。――ああ、僕のことはその辺で見掛けて気に入ったから拾ったとでも言っておいてください」
実際、大体それで間違っていない。
「あいよ。……しかし、何者なんだお前は。並のガキじゃねえどころの騒ぎじゃねえぞ」
「ただのガキですよ。他よりちょっと早熟なだけの、ね」
「ちっ……」
はぐらかされだからと言ってそんなにあからさまに舌打ちしないでもらいたいんだが。
厳つい顔と相まって本当にその筋の人にしか見えない。
店舗の中は賑わっていた。
多くの従業員が右に左にと忙しそうに動き回っている。
「――おうおう、繁盛してるみたいじゃねえか」
店内に響き渡る低い声。
突然現れた強面の男に、店舗の空気が凍る。
その空気を打ち砕いたのは、ちょうどそのタイミングで部屋に入ってきた男――先ほど話題に上がったクレソルさんだった。
「おや?皆さんどうかした――会頭!?」
「よおクレソル。元気そうだな」
突如現れた男のことを知っているような口振りのクレソルさんに、近くにいた従業員が尋ねる。
「あの、クレソル様。そちらの方は……」
「ああ、こちらは我らがラムソン商会の頂点に君臨するお方。モンタナ=ラムソン会頭だ」
それを聞き、従業員たちが騒めく。
「あの方が、あのラムソン様……」
「たった5年で、地方の中堅商会程度だったラムソン商会をあのグレゴリウス、ロッソ、ガリウムと並び称される大商会にまで発展させたという、あの……」
なんか思ったよりもすごい人らしいな、このおっさん。
「それで会頭、本日は突然何のご用でしょうか」
「ああ、そうだった」
そう言って俺を前に出す。
「このガキを雇って欲しくてな」
「この子供を、ですか?歳は……」
「生まれた日は覚えていないので正確ではありませんが、およそ3歳ほどと思っていただければ」
俺のことをよく見ようと顔を近づけてきたクレソルさんにのみ聞こえるように、小声で囁く。
クレソルさんはそれを聞き一瞬驚いたものの、なるほど、と呟く。
「会頭が雇いたいと仰るのも納得です」
「だろ?最初は一番下の使いっ走りからで良いからよ、頼むぜ」
「畏まりました」
クレソルさんが了解したのを見て、ラムソンさんが俺の方を向く。
「と、いうわけだ。住むところは……寮があったよな?」
「はい。誰かと相室でも宜しいですよね?」
「ああ。こいつもまだガキだからな」
「それでは、信頼できる者に任せます。――チェスター、ちょっと来てくれ」
「はい」
呼ばれたのは20代半ばくらいの茶髪の青年だった。
「会頭も、ここでは何ですので私の部屋で」
「おう。ほら、行くぞ」
「ああ、はい」
ラムソンさんに連れられ、俺はクレソルさんの部屋へと向かった。
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