第21話
◆ ◆ ◆
最初に感じたのは、全身から押し寄せる痛みだった。
そう、あの頃と同じ――。
あの頃、と?
慌てて飛び起き――ようとして力が入らず出来ないことに気がついた。
「いっつ……」
ついでに色々と思い出した。
確か襲撃してきた男と戦っていて、ライアンさんが来たところで記憶が途切れている。
あの男はライアンさんは道化師と相対していると言っていたが、どうにかして退けたのだろうか。
と、そこで足のあたりに重みがあるのに気が付いた。
そっちを見ようと漸く目を開く――ん?
何かがおかしい。
何か視界に違和感が……あ、目か。
そういえば右眼をやられたんだった。
まだ見えないってことは、右眼は失明したのか。
慣れるのが大変そうだ。
いうことを聞かない身体を動かし足の方に残った左目を向けると、金色の輝きが見えた。
「……フローラ様?」
「――んぅ……いま、リョウのこえがしたような……」
やたら可愛い声を出しながら顔を上げ、目を擦る。
こっちを向いて、何度か瞬き。
そして目を見開いた。
「リョウ!!」
「うわっ、ちょっ、フローラ様!?」
突然抱きついてくるフローラ様を慌てて引き離そうとして、その小さな身体が震えていることに気が付いた。
「フローラ様?」
「よかった……よかった……このまま目がさめなかったらって思って……」
俺にしがみついて、泣いていた。
そっと抱きしめて、頭を撫でる。
「……ご心配をおかけしました」
「ほんとに……しんぱいしたんだから……っ!」
涙を流すフローラ様を、俺はいつまでも抱きしめていた。
◆ ◆ ◆
「眠ったか……」
フローラ様は、その後泣き疲れたのか眠ってしまった。
……さて。
「入って結構ですよ、グライガン様」
そう言うと、部屋の扉が開く。
「気付いていたのか」
「ええ、まあ。フローラ様の邪魔をしていただきたくなかったので黙っていましたが」
あの状況を父親に見られていたというのは、中々に恥ずかしいことではないだろうか。
あの空気も壊れそうだったし。
入ってくる時は少しバツが悪そうな顔をしていたグライガン様だったが、部屋の椅子に腰を下ろすと表情を引き締める。
「さて、リョウ君。まずは君に言いたいことがある」
「はい」
何だろうかと考えていると、グライガン様は突然頭を下げた。
「グライガン様!?」
「フローラを……娘を守ってくれて、本当にありがとう」
その声は、いつもの威厳のある伯爵の声ではなく。
一人の父親としての、純粋な感謝の念が籠められた言葉だった。
「勿体無いお言葉です」
そう言うと、ゆっくりと頭を上げた。
その顔は、もう元の伯爵のものだった。
「さて。これから、君のことについて話そうか」
「お願いします」
身体が動く範囲で頭を下げると、うむ、と一つ頷いた。
「まず、身体のことだな。もう分かっていると思うが、右眼の視力はもう戻らない。それから、現時点ではほとんどくっつきかけていると思うが、左手首と両足首は罅が入っていて、右手首は完全に折れていた」
「そうですか」
まあ、確かに右は折れてたし、他のところも結構際どかった……ちょっと待て。
「あの、今既にくっつきかけていると……?」
「ああ。治るにはまだ時間がかかるだろうが、そろそろ骨がくっつく頃だろう」
骨折ってくっつくのでも一月ぐらい掛からなかったか?
俺、そんなに超人的な治癒能力とか無かったし……。
「あの、私はどれぐらい眠っていましたか?」
「ああ、まだ聞いていなかったか。そろそろ一月、といったところだな」
あぁ、それで治りかけているのか。
……って、一月!?
そんなに寝てたのか。
それはフローラ様も心配なさるはずだ。
「もう目を覚まさないかと思ったぞ。フローラが大層心配していた」
「そのようですね」
すやすやと寝息を立てるフローラ様をそっと撫でる。
一月も目を覚まさない俺のことを心配してくれていたのなら、泣きながら抱きついてきたのも分からなくはない。
序でに身体が全然動かないのも。
「あと、全身の筋組織がボロボロだ。一部は完全に断裂していた。こちらも治せるところは治したが、元通りになるかは難しいところだというのが医者の見解だ」
断裂した筋肉を手術も無しに繋げるとは……流石は魔術だな。
特殊属性の一つである光属性には、治癒魔術が存在する。
触れた物質の内側の状態を調べる[探査]でどの辺がどのように悪いかを把握し、[癒しを]で治すというのが基本である。
治癒魔術にも専門的な医学知識は必要らしいが、その辺はまあ置いておいて。
「元通りになるかは難しい、というのは?」
「……そのままの意味だ。仮にくっついたとしても、元のように歩けるようになるかというのは分からん」
「……そうですか」
もう、歩けないかもしれないのか。
覚悟はしていたが、改めて宣告されるときついな……。
「……あの、一つお願いが」
「何だね?」
「非常に心苦しいのですが、せめて動けるようになるまではここに置いていただけませんか」
「何を言っている」
頭を下げた俺に、グライガン様は信じられないというような声色でそう言う。
やはり何の役にも立たない平民を屋敷に置いていてはもらえないか……と、俺は思ったのだが。
「君は自分の身を削ってまで娘を守ってくれたのだ。その結果として動けなくなったとしたら、せめて一生世話を見るのが通すべき筋というものだろう」
どうやらグライガン様の意図は違ったらしい。
「……よろしいのですか?」
「うむ。ライアンから聞いたよ。ここに来てからずっと、碌に睡眠時間も取らずに修行に明け暮れていたそうだな。ここ一ヶ月は特に」
ライアンさんには気付かれていたのか。
「言われてみれば、確かに今日はいつもより顔色が良い。よく寝たからだろうな」
「……この一ヶ月も二時間は寝るようにしていました。その前も四時間は」
「育ち盛りの子供には全く足らんだろう」
呆れ果てた目で見られてしまった。
「とにかくだ。娘の為にそこまでしてくれた君を放り出すわけなかろう」
グライガン様は、きっぱりとそう言い切った。
「ありがとうございます」
もう一度頭を下げると、頭に手を載せられる。
「今は、ゆっくり休め」
顔を上げると、ちょうど立ち上がったところだった。
「後でライアンを寄越す。君が倒れた後何が起こったかは奴に聞くといい」
「お心遣い、ありがとうございます」
「いや、構わんよ」
最後に「早く回復しろよ」と言って、グライガン様は出ていった。
……ありがたいことに、最悪の事態――歩くこともままならない身体のまま屋敷から放り出される――にはならなかったようだ。
しかし、ずっとこのままではいられない。
さて、どうするか――。
お読みいただき、ありがとうございました。




