第22話
グライガン様の言葉通り、次に来たのはライアンさんだった。
部屋に入って、眠っているフローラ様に一瞬口元を緩めてから引き締め、椅子に腰掛ける。
「まずは、謝ろう。すまなかった」
開口一番そう言って、頭を下げた。
「待ってください。何で謝るんですか?ライアンさんには最後に危ないところを助けていただいたじゃないですか」
「そもそも、あそこまで危なくなるような予定ではなかっただろう」
「それは、仕方ないですよ。あの『道化師』が現れたんですから」
そういえば、かの「道化師」に足止めされてどうしてあそこまで早く救援に来られたのだろうか。
ふと疑問に思ったそれについて尋ねると、こんな答えが返ってきた。
曰く、「魔剣というものを知っているか」と。
魔剣とは、この世にたった七振りのみ存在する剣のことを指す。
名称こそ剣ではあるがその形状は宿主によって変化するそうで、かの「道化師」の大鎌も魔剣の一つ「暴食」グーラなのだそうだ。
太古の昔、今は絶滅した魔人族という種族によって作られた魔人族の秘宝であり、それぞれが絶大な力を秘めているという。
また魔剣の特性として、一度に宿主一人だけしかそれを扱うことはできない。
その所有権は宿主がいない――例えば前の宿主が病死した場合など――は最初にその件に触れた者に、いる場合にはその宿主を殺した人物に移ることになる。
それゆえ「悲劇を招く悪魔の武器」として恐れられている一方で、やはりその力に惹かれる者も後を絶たない。
宿主の力が弱ければ、魔剣の禍々しくも絶大な力に喰われて正気を失ってしまうのにも関わらず。
「魔剣は強力である一方で世に争いを引き起こす。そのため、魔剣が悪人の手に渡った際にはその魔剣を奪還を義務付けられているのだ」
「それは……誰に?」
「その力を持つ者――つまり、五帝と他の魔剣の宿主だ」
「……なるほど」
「今回、奇しくも奴が魔剣を抜いたことによって『道化師』と共同戦線を張れたのだ」
そういうことだったらしい。
「その後、襲撃者は?」
「捕らえた。雇い主のこともある程度は分かったが、拠点はすでにもぬけの殻でな。当の本人は逃してしまった」
捕らえた男によると、雇い主は違法奴隷を専門に扱う奴隷商人で、男を手札に加えたことで危険地帯であるリースト伯爵領に進出してきたらしい。
そこで子供一人だけを供に街を歩くフローラ様を見て今回の襲撃に至ったそうだ。
「今後も調査してみるが、如何せん男の握っている情報が少なくてなかなか捗らん。尻尾をつかむのは難しいかもしれんな」
「そうですか」
最後に「ゆっくりと休め」と言い、ライアンさんは去っていった。
――今回の一件。
いくら儲かってるといっても、「道化師」を雇えるほどの金を個人で用意できるのか?
そもそも、フローラ様が街に出るのはこれが二回目なのでその日を予測出来る筈がない。
とすると、長期間雇っていたか……内通者がいるか。
長期間雇っていたとすると、奴隷商人の裏にでかい後ろ盾があるのかもしれない。
後者ならば……慎重に動かなければならないな。
◆ ◆ ◆
「むぅ……あれ、ここは……?」
「おはようございます」
ライアンさんが退室してから少しして。
泣き疲れて眠っていたフローラ様が目を覚ました。
とろんとした目を擦り、次第に焦点が合いはじめ――。
「――わぁっ!?」
突然真っ赤になってベッドから飛び降りた。
「ちょっ、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫。びっくりしたぁ……」
びっくりしたのはこっちです。
「目が覚めましたか?」
「は、はい」
おずおずと頷くフローラ様に思わず笑みを浮かべてから、表情を引き締める。
「命令に逆らってしまって、申し訳ありませんでした」
「命令?」
「はい。逃げろ、という命令です」
「ああ……良いの。あれは、わたくしを守ろうとしてくれたんだもの」
「ですが、命令違反は命令違反です」
「……もう、もっと気楽にして?」
フローラ様が口を尖らせる。
そういえば、フローラ様も丁寧語を使わなくなったな。
「何か、心境の変化でもあったんですか?」
「何が?」
「その口調ですよ」
俺がそう言うと、フローラ様は納得したように頷く。
「もっと近付いてしっかり捕まえておかないと、リョウはどこか遠くに行っちゃいそうだなって思ったの」
「……何ですかそれ」
首を捻る俺を他所に、フローラ様はふふっと笑った。
「心配しなくても、どこにも行くつもりはありませんよ」
「……ってことは、お父様からお話を聞いたの?」
「ええ。どうやら、少なくとも怪我がある程度治るまではここにおいてもらえるそうです」
「む……一生置いてあげてって言ったのに」
頬を膨らますフローラ様に、苦笑が漏れる。
あれを提案したのはフローラ様だったのか。
「グライガン様はそう仰っていましたが、それはお断りするつもりです」
「え、どうして!?」
「何の働きもできない者が屋敷に居候していては、外聞が悪いでしょう」
「そんなこと……」
不満そうだが、貴族にとっては外聞や見栄、プライド、そういった類いのものが大切なのだ。
領地を統治する権威を保つのには、それらこそが必要なのだから。
「……だったら、お仕事すれば?」
「はい?」
「お父様のお仕事のお手伝いなら出来るでしょう?リョウは頭良いし」
「いや、あの……それには信用というものがですね――」
「――それは問題ない」
そう言って部屋に入ってきたのは、細身で長身の男。
「クラウス?」
「ご歓談中失礼いたしました、フローラ様。しかし、私はまさにその話のためにここに参ったわけでございまして。良い機会と思い割り込ませていただきました」
フローラ様にクラウスと呼ばれた男は慇懃にそう言って腰を折り、俺の方を向く。
「リョウ君。君には、グライガン様付きの文官として執務を手伝ってもらいたい」
「……私の信用に関して問題無いと仰った、その訳は?」
「そんなに難しいことではない。そこまでの怪我をしてフローラ様を守ったその忠心を信じる、とグライガン様は仰せだ」
……ああ、なるほど。
こちらの情報を何一つ開示していないのは変わらないが、図らずもそれで信用が得られたのか。
「分かりました。それでは、その話お受けします」
「その決断、歓迎しよう。だが、君はまず動けるようにならなくてはならないな」
そう言って俺の足に目をやる。
「その足……動くようになるか?」
「流石にまだ分かりません。動けるように努力はしようと思いますが」
この世界、実はリハビリの概念が存在しない。
治癒魔術の効力は絶大であり、逆にそれで治せないものはどうやっても治せない、という先入観があるからかもしれない。
だから、この人からすれば俺の言葉はよく分からないはずだが……目を細めて、頷いただけだった。
「まあ、頑張ってくれ。では、私はこれで失礼します」
後半をフローラ様に向かって言って、クラウスという男は去っていった。
「良かったわ!これでずっとうちにいてくれるでしょう?」
クラウスを見送ったフローラ様は、そう言って満面の笑みを浮かべる。
それに対して、俺も笑みを浮かべた。
「そうですね。ここにいると思いますよ」
――暫くは。
ずっとここにいるわけにはいかない。
俺には俺の、ここにいては成し遂げられない目的があるのだから。
だが、暫くはここで身体を回復させよう。
力を蓄え、様々なことを学び、体の成長を待とう。
子供の身では上手くいかないこともある。
あとは――ここで執務を任せてもらうならば、俺もケジメをつけなければならないだろう。
「フローラ様。申し訳ありませんが、グライガン様を呼んでいただけますか?お話ししたいことがあると」
◇ ◇ ◇
「一体何の話だね、リョウ君」
療養中のリョウに呼ばれたグライガンは、リョウの寝室まで来ていた。
話がある、と言われて来てみれば、かつてないほど真剣な表情のリョウがそこにはいた。
「グライガン様が興味をお持ちであろうこと――私の過去について、話そうと思います」
お読みいただき、ありがとうございました。




