第20話
◇ ◇ ◇
「『道化師』、か……。なるほど、それが本当ならライアンさんはしばらく応援に来れそうにないな」
「信じるか信じないかは貴様次第だがな。――さて、もう一度問い掛けてやろう。今の貴様では、おそらく5分と持たず倒れるだろう。だが、今ここでこの場を立ち去ったら貴様は見逃してやろう。さあ、どうする?」
その問いに、少年は剣を向けることで答えた。
「そうか……残念だ。ならば仕方がない。貴様が自滅するのが早いか、俺に斬られるのが早いか……。行くぞ」
男も剣を構え、地面を蹴った。
◇ ◇ ◇
10分後。
少年は――未だ、自分の足で立ち続けていた。
「驚いたな……。まさか、ここまでとは」
一度距離を取り、そう呟く男。
ちらりと少年の後ろへ目をやると、そこには涙で顔を濡らした少女がいた。
「リョウ……!もう、やめて下さい!わたくしのことは良いですから、どうか逃げて――!」
――少年は未だ自分の足で立ち続けていた。
だが、その身は傷だらけで服は既に血に濡れて真っ赤だった。
「……何をおっしゃいますか、お嬢様。私の役割はお嬢様を守ることでございます。たとえこの身が倒れても、お嬢様を敵の手に渡すわけには参りません」
確かにその身は傷だらけだった。
だが、その目は変わらず強い光を放っていた。
男は、見た目ほど少年の状態が悪いわけではないことが分かっていた。
ライアンがすぐに来ないと分かった後、少年はそれまでの無茶な動きとは打って変わって無駄の少ない最小限の動きで立ち回っていた。
正直、動きの速度は男の方が速かった。
だが、それでも捉えきれなかったのは、少年の反応の速さ。
(いや……あれは反応が速いというより、先読みか)
迎撃にも関わらず、動き出しがこちらとほぼ変わらないのだ。
ならばと仕掛けたフェイントにも全く釣られない。
もはや未来予知と言っても過言ではないほどの、常識外れの先読みの精度。
だが、男が驚いているのはそこではない。
熟練の戦士の中には、稀にずば抜けた精度で先読み出来る者もいる。
こんな子供が、とは思わなくもないが、まだそれは良い。
それ以上に驚いたのは、その後である。
最初の1分ほどは完璧にこちらに対応していた少年だったが、それですら身体への負担は大きかった。
男もそう思ったから攻め方を変えなかったし、少年にもそれは分かっていたのだろう。
だから、少年は受けたところで動きに支障の無い攻撃は無視するようになったのだ。
浅い傷程度ならば問題は無いと言わんばかりに、躱すときも完璧には避けないのだ。
それにより傷こそ増えたものの、身体への負担はかなり抑えられただろう。
が、いくら動きに支障の無い攻撃とはいえ、斬られているのである。
血の通った人間である以上、そこに痛みはある。
一流の傭兵や冒険者ですら傷を受けるとどうしても痛みで動きが鈍るし、たとえ小さい傷だろうと負うのは避けようとする。
それを、この子供は浅いと判断した攻撃は何の躊躇いもなく無視するのだ。
そんなことをできるのは、よほど痛みに慣れているか、ただの狂人かのどちらかだろう。
どちらにせよ、常軌を逸している。
そもそもこの戦法は少しの判断ミスで致命的なダメージを受けかねないのだが、少年の致命的か否かを嗅ぎ分ける嗅覚は相当鋭いらしく、全くミスが見られない。
血塗れながらほとんどダメージを受けずに立ち続けているその姿に、男は恐れすら抱いていた。
だが、だからと言って負けるとは思わない。
男には切り札があった。
「そろそろ時間も無いかもしれん。アレはあまり使いたくはないのだが……仕方がないか」
男はそう呟く。
怪訝そうに見つめる少年を他所に、男は剣を握った右手を横に突き出した。
「来い――イーラ」
その瞬間、男の右手にある剣の風貌が変化した。
まるで荊のように刀身から棘が生えた、禍々しい黒い剣。
「――『憤怒』」
◇ ◇ ◇
「憤怒」イーラ。
この世に七振り存在する魔剣の一つだ。
その能力は、血を吸えば吸うほど攻撃力を増すというもの。
そして、先ほどからリョウは少々の傷は厭わずに戦っていた。
つまり、イーラはこれ以上無いほどに充分血を吸っている。
リョウにとって、状況は最悪である。
「行くぞ」
――刹那、男が消える。
「――うぐっ!?」
辛うじて剣で防ぐ――ことも出来ずに、力で押し込まれて後ろへ吹き飛ぶ。
「リョウ!?」
「……大丈夫です」
目に涙を湛えて心配するフローラに、リョウは言葉少なに応えて男を睨む。
「これで力の差が分かっただろう」
「……ああ。どうやら無茶をしなければ手も足も出ないということはな」
「無茶を……だと?」
リョウは既に[身体強化]を重ね掛けしている。
この時点で既に相当な無茶だ。
一体これ以上何をするというのか。
考える男を他所に、リョウは剣をスッと突き出した。
(一体何を――いや、待てよ?あの構え、確か――!)
突如襲った既視感に、慌てて地面を蹴る。
が、初動で遅れた男は間に合わない。
そして、ここからは先ほどの焼き直し。
「――[身体強化・三重]」
リョウの持つ二つ目の魔石が輝きを放ち――男は再び吹き飛んだ。
流石にこれは効いたようで、呻きつつ立ち上がる。
「……ぐっ、はぁ……。小僧、正気か?[二重]ですら反動を受けていたのに、[三重]だと?一度でその様だというのに、一体どうやって戦う気だ?」
リョウは今の衝突で踏み込んだ左足を痛めたらしく、足首が腫れているのが分かる。
「見たところ、あと何度かぶつかれば動くことすらままならない後遺症も負いかねないようだが」
「倒れる前に貴様を倒すさ」
「……ふん。知らんぞ」
男は鼻を鳴らして地面を蹴った。
◇ ◇ ◇
そして、数度の激突の後。
男は左腕に深手を負い、動かせるのは片手のみになっていた。
そして、リョウは。
「お前……どうして、そこまで……」
男も思わずそう言ってしまうほどの惨状だった。
右手首骨折、右肩脱臼により右腕は完全に使用不可能。
左手首と両脚は大きく腫れ上がり、その上右眼は傷を負って潰れていた。
全身からの出血も止まらず、まさしく満身創痍だった。
今もなお立っているのが不思議なほどである。
「――リョウ、もう良いわ!やめて!」
「……申し訳、ありません、フローラ様。その、命令は……聞け、ません」
フローラの懇願。
それに対するリョウの答えは、やはり否だった。
「そんな、どうして――!?」
「……もう、二度と。俺の、前で……誰かを、死なせたり、はしない――!!ただ……それだけ、ですよ」
リョウの脳裏をよぎるのは、目の前で矢に貫かれて死んだ、自分の兄同然の青年。
もう二度と、あんな思いはしたくない。
それが、彼をまだ立たせていた。
だが、それでも立つので精一杯だった。
痛みや気力ではなく、足の筋肉が悲鳴を上げていた。
もうとっくに限界は超えているのだ。
「ちっ、胸糞悪いが……これで終わりだ」
せめて次で終わりにしてやろう。
そう思い、剣に魔力を籠める。
「……やら、せるか……!」
もう、何度目か。
リョウは全身を魔力で覆い、剣を構える。
そして、最後の衝突になるかと思われた――その時。
暴力的なまでに濃密な魔力が、男を襲う。
「くっ――まさか!?」
「――フローラ様は渡さん!!」
ドンッ、と大きな音を立てて着地する、一人の男。
全身に傷を負ってなお圧倒的な存在感を放つ、伯爵軍の最高戦力。
「貴様はこの手で斬る」
――軍団長アーノルド=ライアン。
そしてその後ろで、リョウは――役目を果たしたと、地面に崩れ落ちた。
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