第19話
――目の前に迫り来る刃。
咄嗟に剣を前に出して防いだものの、体勢的に踏ん張ることは叶わずそのまま自分から後ろへ跳んだ。
「……小僧。貴様、気付いていたのか」
そんな素振りは全く見せていなかったし、そもそも気付けるような距離ではなかった。
あるいは気配を探るのに秀でたものなら可能かもしれないが、こんな子供が――。
そう思ったのは至極当然のことだった。
「まあ、良い。少々驚きはしたが……それだけだ。今の一撃を防がれた貴様に勝ち目はない。死にたくなければ退け」
だが、幾ら勘が鋭くても所詮は子供である。
衝突の際の威力からも、格下であることは分かった。
確かに驚くほど強烈ではあったが、それもこの年にしてはだ。
まさか、唯一の不意打ちの機会だったあの状況で手加減する理由もないだろうし。
少年は、その言葉に俯いて肩を震わせた。
怯えているのか。
無駄な手間は省けそうだ。
そこで、少年が顔を上げる。
その唇は――弧を描いていた。
嗤っていた。
「お前は最初の不意打ちの一撃を防げれば、あとは勝てると思っているのかもしれないが――俺も同じだ。最初の衝突さえ凌げればあとは何とかなる」
「……っ、小僧。粋がるのは良いが、彼我の実力差も見抜けぬようでは早死にするぞ」
男も一瞬少年の雰囲気に飲まれかけたが、時間がない。
このままアーノルド=ライアンに合流されれば、少々面倒なことになる。
いくら雇い主が手を打ったとはいえ、それも確実とはいえないのだ。
早く終わらせよう。
そう考えて剣を構えると、少年も剣をすっと突き出した。
「確かに、このままでは負けるだろう。このままではな。――これを発動する時間さえあれば、あとは何とでもなる。そう言っただろう?」
何かする気だ。
そう悟った男は、すぐさま飛び出した。
が、最初に吹き飛ばされて少し距離が開いていた。
その口が言霊を紡ぐのを妨げられぬほどには。
「[身体強化――」
斬り掛かりながら、男は思った。
何故わざわざ呪文を唱えるのだろうか。
[身体強化]程度なら誰でも無詠唱で使えるだろうし、そもそも既に[身体強化]は発現しているのに、と。
その答えは、すぐに分かる。
「――二重]」
目の前の少年を莫大な魔力が包む。
思わず驚愕に目を見開いた男は――次の瞬間吹き飛ばされていた。
「くっ……!」
空中で体勢を立て直す。
今の衝突で、侮る気持ちは完全に消えていた。
一撃で殺す。
相手の剣ごと叩き潰そうと剣を振り下ろす。
それを、少年は身体を捻りながら軌道から僅かに外れ、同時に振り下ろされる剣の横っ腹に剣を叩きつけた。
手を思い切り弾かれた次の瞬間には、刃が戻ってきて男の首を狙う。
慌てて仰け反り、そのまま後ろへ跳んで距離を開けた。
「……なかなか無茶をする。確かにこれならば俺とも渡り合えようが、果たしてそれがいつまで持つかな?」
[身体強化]の重ね掛け。
そもそも[身体強化]とは、自身の身体に魔力を流して強化することである。
これが身体ではなく物質――例えば剣――を強化するのならば[物質強化]と呼称が変わるのだが、それは良いとして。
[身体強化]などの強化系には内側を循環させるものと外側に纏わせるものの二種類が存在する。
内側を循環させるものは、身体或いは物質そのものを強固にする効果があり、外側に纏わせるものは対象に沿うようにして魔力の膜のようなものが出来る。
前者は頑丈にはなるが少しは衝撃が通る。
一方後者はダメージを完全に防ぐことができるが、ある一定のラインを超えるダメージを与えられると内部にまで通ってしまう。
この場合、内部は無強化状態でダメージを受けることになる。
後者が鉄の鎧を装備するのに対し、前者は身体を鉄製のものに作り替えてしまう、と言えば伝わるだろうか。
正確には実際に起きていることは少し違うのだが、まあイメージとしてはそんな感じだ。
このように、効果に関してはどちらにもメリットとデメリットがあるのだ。
では魔力効率はというと、これは[身体強化]ならば内部型、[物質強化]ならば外部型の方が良い。
これは[身体強化]の場合は魔力が対象の内部にあり、[物質強化]は外部にあるからだと言われている。
それはさておき、この少年は自分の魔力を内側に循環させ、魔石に蓄えられた魔力を外側にまとっているのだが。
上質な魔石なのか、魔石の魔力の方が多い。
つまり。
重ね掛けにより肉体への強化以上の力を発揮しているのだ。
それはまだ7歳の子供がSSランクにも匹敵する男と対等に戦えるだけの力を引き出しはするが、それゆえに負荷も生半可なものではない。
成長途中の身体では、引き出される力についていけないのだ。
先ほどの全力での振り下ろしからの強引な切り返しは、少年の手首に大きな負担を掛けたようだった。
少年の右の手首が腫れていた。
「ふっ、これぐらいでは動きに支障はない。お前こそ、時間が無いのではなかったのか?」
そう。
この無茶な動きも、ライアンが来るまでと思えばこそのこと。
数分間しか持たなくても、その数分間を凌げれば勝ちなのだ。
そう考えたゆえの動き。
しかし、敵の戦力はこの男だけではなかった。
「確かに、アーノルド=ライアンが来れば面倒なことになるだろう。だが、奴がいるのが分かっていて、俺が単身乗り込んできたとでも思ったのか?」
「……どういうことだ?」
「奴を足止めするために、腕利きを雇ったんだよ。あの『道化師』をな」
男の出した名前。
それを聞いて、少年は驚愕に目を見開いた。
◇ ◇ ◇
そこから少し離れた、リースト伯爵邸付近。
そこに、2人の男が対峙していた。
1人は、言わずと知れたリースト伯爵軍の軍団長、アーノルド=ライアン。
そして、もう1人は。
「やあ、ライアン君。久しぶりだね。殺し合いに来たよー」
「貴様――!」
その男は、戦場を闊歩する傭兵であった。
そして同時に、強者との戦いを何より好む戦闘狂でもあった。
「よりにもよって、何故今ここに来た――!」
黒衣を身に纏い、大鎌を携えて死を振り撒くその男は、「死神」と呼ばれ恐れられている。
またの名を――。
「ジャック=クラウン――!!」
――五帝が一、「道化師」ジャック=クラウン。
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