第17話
リョウ視点に戻ります。
ついでに時間も少し戻ります。
◆ ◆ ◆
フローラ様と街へ行った、そのすぐ後。
俺はレーシアさんと共にグライガン様の執務室に呼び出されていた。
今日の報告のためである。
「――さて。まずは感謝を伝えておこうか。娘は実に楽しそうに帰ってきた。ありがとう」
「もったいないお言葉です」
グライガン様が軽く頭を下げられたのに一瞬目を瞠ってしまったが、すぐに深々と頭を下げる。
「で、どうだったかね。何か問題は起きたか?」
「一つ、大きな問題がございました」
「……何?」
グライガン様は眉を顰め、身を乗り出して先を促される。
「実は、一組怪しい者がおりました。こちらへの視線はそれなりに多かったのですが、ある者の傍らに膨大な魔力を持つ者がいましたので、レーシア様に密かに伝えて見張っていてもらったのですが……」
その先は俺も知らないのでレーシアさんに目をやると、強張ったな顔で頷いて跪いた。
「申し訳ありません、逃げられました」
「逃げられただと?」
「は。どうやらこちらの尾行に気付いていたようで、お嬢様を見張っていると確認した瞬間に捕縛へ動いたのですが、動いた時点で逃げられました」
動いた時点で逃げられた?
魔力量から相当強いとは思ったが、勘も良いのか……。
「リョウからレーシアへと伝えた時に気付かれたのではないか?」
「いえ、それは殆ど有り得ないかと。私からレーシア様へ伝えるのに使った魔術は二定点を風の道で繋ぐ中級魔術です。媒体が風なので見た目からは殆ど判別出来ません。感知できるとしたら遣い手の魔力の動きからぐらいですが、対象とは150mほど離れておりましたので、それも不可能かと。万が一それが可能ならばレーシア様は尾行を開始した時点で消されていたと思われます」
「待て、ちょっと待て」
一通り説明してみせると、何故かグライガン様は頭を抱えていた。
「まず、君は下級魔術しか使えないのではなかったか?」
「魔石に貯めた魔力を使いました」
「魔石、だと?」
グライガン様は瞠目する。
魔石は、端的に言えば魔力の結晶だ。
主に魔物の体内や地中深くの魔力溜まりから採れる。
その利用方法は主に、というか殆どが魔道具のエネルギー源としてだ。
魔石には魔力を蓄積するという特異な性質があるにもかかわらず、魔道具にしか用いられない理由。
それは、圧倒的なまでの扱いづらさである。
魔力というものは、自分の体内にあるうちはかなり自由自在に操れるのだが、一度体外に出て魔石に蓄積されると途端に言うことを聞かなくなるのだ。
その扱いやすさには、長年飼い慣らされた馬と野生の暴れ馬ぐらいの差がある。
それだけ扱いづらいと、戦闘中に使うのは少々どころではなく難しい。
魔力の扱いを磨けば一応何とかなるのだが、魔石を魔力の予備タンクとして使うよりも、少し高価だが魔力回復薬を飲んだほうがよほど手軽なのだ。
だが、俺は他の人とは事情が違う。
魔力回復薬を飲んだところで発現量は変わらないので、何にもならないのである。
かといって下級魔術だけで勝負するのは中々厳しい。
どうにか手はないかと考えた結果、辿り着いたのが魔石の利用だった。
使いこなせるようになるための練習のせいで、一週間ほど睡眠時間を3時間ほど削る羽目になったが。
因みに、魔道具のエネルギー源として使うときには魔力を通すための回路があるため関係ない。
平地であれば暴れ馬を乗りこなさなければならないが、狭い一本道であればまっすぐ走るしかないというわけである。
そんなことを簡単に説明すると、グライガン様は一応納得したようだった。
「なるほどな。では、情報を伝える魔術というのは?」
「発想は私ですが、魔術として完成させたのはレーシア様です。ですが、距離に制限がある、相手の位置を完璧に把握していなくてはならない、お互い停止していなければならない、障害物があると使えないなどと欠点も多いため、使いどころは非常に限られるかと」
「ふむ……レーシアも使えるのか?」
「発動は可能です。しかしリョウほどにこれを生かすことは出来ないかと」
「どういう意味だ?」
訝しげになるグライガン様に、レーシアさんが言葉を続ける。
「リョウの周辺把握能力は、我々とは段違いですので」
「周辺把握能力?」
「はい。魔術の使える人間は、全員が魔力を感じることができます。そして、そこから自分の周辺の状況を魔力の感知のみで把握することができます」
「ふむ、まあそうだな。それがリョウは優れているということか?」
「はい。リョウは半径300m以内の魔力の流れを感知することができます」
「何――!?」
グライガン様が驚愕するのも頷ける。
平均的な感知能力を持つ魔術師は、せいぜい半径1m程度しか把握できない。
半径10mまで行くと、相当優秀といえる。
所詮はその程度でしかないからこそ、魔力感知による周辺把握はあまり認識されていないのだ。
「こと魔力感知においては、リョウは空前絶後の天才と言えるでしょう」
俺としては、そんなものより普通に魔術の才能が欲しかった。
大体、これもそんなに万能ではないのだ。
範囲が広くなるにつれて、処理しなければならない情報量も加速度的に増加する。
半径300mと言っても最大でそれだけ探れるというだけで、動いたり何か別のことをしながらだとだと当然範囲は狭まる。
確かに、それでも破格の範囲ではあるのだが。
「リョウほどは生かせない、とはそういうことか。発動には相手の位置も把握しなければならないのだったな。……話を戻そう。相手の情報は何か掴めたか?」
グライガン様の問いに、レーシアさんが跪いたまま答える。
「背丈は1.8mほど。フードを被っていたので顔は確認できませんでしたが、体格から男だと思われます。得物や戦い方は交戦していないため不明です。が、中級魔術を[身体強化]のみで防がれたので、恐らくその実力は我々領主軍の幹部を上回るかと。個人で相手になるのは軍団長だけでしょう」
「ほう……」
グライガン様は軽く目を見開く。
外には出さないが、俺も同じ気持ちだ。
ライアンさんの実力は、本人曰くSSランク。
そのライアンさんでなければ相手にならないとなると、その男はSSランク級ということだ。
ライアンさんは今でこそ一伯爵家の軍団長だが、同じ貴族でライアンさんほどの強者を抱えているのは殆どいない。
王家の次に位の高いアウール公爵ぐらいのものだろう。
王家の懐刀である王国騎士団でも5本の指に収まる程度しかいないはずだ。
もちろん冒険者や傭兵を含めればもっといるのだが、それでも希少なことに違いはない。
SSランクにまでなると、国家間の戦争においても単体で戦況を左右しうるだけの力を持つ。
そんな戦力を保有しているとは……あの男は一体何なんだろうか。
「ふむ……それだけの力を持っているとなると、迂闊に手は出せんな。せめて正体が分かれば手の打ちようもあるのだが……。一体何が目的だ?」
「まず思いつくのは、フローラ様の拉致でしょうか」
レーシアさんがそう言うと、グライガン様は顔を顰めながら頷く。
「一番可能性が高いのはそれだろう。だが、問題はその先だ。拉致してどうするのか」
「思いつくことは幾つかありますが……どれも推測の域を出ません。しばらくの間、無理をしない程度に敵を探る方が良いのでは?」
俺の提言に、グライガン様は首を振る。
「闇雲に探しても見つかるとは思えん」
「では、一月ほど探っても尻尾すら掴めないようでしたら、敵を誘き出してみましょう」
「何か腹案があるのか?」
「はい。といっても、至極単純な策ですが」
そう前置いて、俺は説明を始めた。
◆ ◆ ◆
「ふむ……なるほど。だが、その策が成功するか否かは君次第だ。下手すると最悪の事態を招きかねんぞ」
俺の説明を聞いたグライガン様は、まずそう言った。
「分かっております。ですから、一月なのです」
「なるほど、準備期間ということですか」
レーシアさんの呟きに頷く。
「日々訓練を重ねてはおりますが、未だ軍団長の実力には遠く及ばず、数分の時間を稼ぐことすらままなりません」
「ならば、一月でそこまで劇的に強くなるのは不可能ではないか?」
「多少の無茶をすれば、短時間ならば何とかなると思います」
「何をする気だ」
「成功すれば、お伝えします」
「……自信はあるのか?」
「はい」
俺の即答にグライガン様は一瞬目を細め、一つ頷いた。
「レーシア。これより一月、敵の居場所を探れ。ただし手出しや接触は禁物だ。君が指揮を執れ」
「承知しました。では、失礼します」
「ああ」
レーシアさんが一礼して部屋を出て行った。
「グライガン様、私もそろそろ……」
「ああ、下がって構わん」
「失礼します」
お辞儀をして、部屋を退出した。
◆ ◆ ◆
執務室を出ると、そのまま屋敷を抜け出して森へと向かった。
今日から一ヶ月、また訓練に明け暮れる日々になるだろうか。
まあ、仕方がないか。
俺が蒔いた種だしな。
フローラ様を外に連れ出そうとしなければこんなことにはならなかったのだから。
「――さて。本気のライアンさん、それに匹敵する人相手に数分を稼ぐ、か。あれを試してみるしかないよな……」
そう独りごちて一つ息を大きく吐き、懐の魔石を握った。
お読みいただき、ありがとうございました。
どうにかこうにか、正月休みのうちに書き終わりました。
次は……3月かな……。




