第16話
引き続き、フローラ視点です。
串焼きを食べ終わると、今度はさっきとは別の通りに向かいました。
「ここは……」
「装飾品などを売っている露店が集まった通りです。さっきと違って少し静かでしょう?」
たしかに、先に行った通りほどの賑やかさは無いようです。
先ほどのところが賑やか過ぎただけではないかと思いますけれど。
ですが、賑やかではないからといって人がいないというわけではないらしく、多くの人が真剣に装飾品などを見比べたりしています。
「ここは、まだ店を持つことが出来ない新人や見習いが自分の作品を売るための露店です。露店ならば開くのにあまりお金がかかりませんから」
そう言われれば、価値が高いものはあまり多くないような気がします。
「ここにあるものは基本的に店で売っているものよりも価値が低いです。でも、稀にですが掘り出し物が見つかることもあるんです。そういったものを探してみるのも、楽しみの一つかもしれませんね」
装飾品や服装などを選ぶ目はお母様に鍛えられました。
良いものを見る目はあるはずです。
そう自信を持っていたのですが……。
「なかなか見つかりません……」
「そう簡単には見つからないから、掘り出し物と言うんですよ」
そう微笑んだリョウが突然立ち止まりました。
「どうしたのですか?」
「見つけました」
わたくしの疑問にリョウはそう答えて、その視線の先にある露店に近づいていきました。
「店主、ちょっと見ても良いか」
「はい、どうぞどうぞ」
リョウがお店の人に断って手に取ったのは、一つの髪飾りでした。
それを見て、わたくしは思わずほぅ、と息を吐いてしまいました。
それは、決して高価な材質で出来ているわけではありません。
ですがデザインや配色など全てが絶妙に組み立てられていて、素晴らしいものになっていました。
「これ、付けても?」
「構いませんよ」
髪に付けて鏡を覗いてみると、わたくしの髪の色にも良く合って、さらに輝きを増したようにすら感じました。
色々な角度から眺めてみましたが、とても気に入りました。
「リョウ、どうですか?」
この髪飾りを見つけたリョウにも、感想を尋ねてみました。
「非常によくお似合いですよ。お気に召しましたか?」
「はい。素晴らしいと思いますわ」
満面の笑みでそう答えると、リョウも嬉しそうに笑いました。
「それは良かったです。……お嬢様、少しの間静かにしていていただけますか?」
「……は、はい」
不思議に思いながらも言われた通りに頷くと、リョウはお店の人に向き直りました。
「店主、幾らだ?」
「それは銀貨5枚でございます」
お店の人がそう答えた瞬間、スッとリョウの纏う雰囲気が冷たくなった気がしました。
「……私が子供だからといって舐めているのか?銀貨5枚は吹っ掛けすぎだ。銀貨1枚」
「い、いや、幾らなんでも銀貨1枚は……。4枚でどうでしょうか」
「これに使われている素材の相場からすると、色を付けても1枚半といったところだろう」
「それでは赤字になってしまいます!……分かりました。こちらも原価ギリギリの3枚で!」
「……2枚半。これ以上は譲らん」
「……では、2枚半で」
どうやらどちらも納得したようです。
右の懐に手を差し入れて、銀貨を2枚と半銀貨を1枚取り出してお店の人に渡しました。
「ありがとうございました」
はあ、と溜息を吐きながらわたくし達を見送っていました。
◆ ◇ ◆
「あの、リョウ。売値を下げさせるのはちょっと……」
少し可哀想にも感じました。
先ほどの悲しそうな溜息を思い浮かべながらそう言うと、リョウは首を振りました。
「先ほどのは交渉ですよ。ああいった露店の品物は値切られるのが前提の価格設定をしていますから、大丈夫です」
「値切られるのが、前提?」
「はい。それゆえ、元々高めの値段設定になっております」
「……なぜ、そのようになっているのですか?最初から正しい価格ならば、面倒がないと思うのですが」
「商人が儲けるため、ですね。先ほどのように交渉に入れば、後は商人の土俵、言葉の勝負です。熟練の、或いは高い才覚を持つ商人ほど口先次第で高い利益を得ることができるのです」
例えば、と先ほどの商人について話してくれました。
あの髪飾りは、仕入れ値は銀貨1枚いかないそうです。
かなり出来が良かったため少し色を付けたので、結果的に銀貨2枚半。
あれ一つで銀貨1枚半以上の利益である。
がっかりしながら見送ってはいたものの、内心ホクホクしていたに違いない、と。
「そうだったんですか……」
普段は自分で買い物をすることもほとんどなく、たまにお母様が屋敷に商人を呼んで服などを買う時も言われた値段の通りにお金を払っているので、知りませんでした。
「うちに来る商人もそうなのでしょうか」
「いや、貴族の御用商人はそんなことはしないと思いますよ。万が一それに気付かれて機嫌を損ねたら、首が飛びかねませんから」
それもそうかもしれません。
お父様やお母様はそこまではしないかもしれませんが、貴族にはそういう人もいるそうですから。
「リョウはこういうことはどこで勉強したんですか?」
「町で買い物していたら、自然と身に付きますよ」
リョウはそう言って微笑みました。
「さて、そろそろ時間ですね。屋敷へ戻りましょうか」
「……はい」
リョウが先ほど浮かべた微笑みは。
屋敷で見たのと同じ、とても寂しそうなものでした。
◆ ◇ ◆
そして、その日の夕食。
わたくしは、いつもと同じようにお父様とお母様と一緒に食卓に着きました。
夕食が終わった後は、少しの間ですが家族で話すことが出来る貴重な時間です。
お父様もお母様もお忙しいので、毎日この時間がとても楽しみなのです。
今日の話題は、もちろん街へのお出掛けのことでした。
「フローラ、街はどうだった?」
「知らなかったことをたくさん知ることができましたし、色んなものを見ることが出来ました。とっても楽しかったです!」
「そうか、それは良かった」
お父様も嬉しそうです。
「フローラ」
「はい?」
「その……頭につけている髪飾りは今日買ったのかしら。そんな髪飾りは持っていなかったわよね?」
お母様は、この髪飾りが気になったみたいです。
「はい。街には店を持てない職人さん達の作品を売る露店があるのです」
「店も持てないって……その髪飾りを作れるのに?」
「この髪飾り、お母様も素敵だと思いますか?」
「ええ。貴女に良く似合っていますよ」
「ああ、綺麗だぞ」
「ありがとうございます。……その露店には、時々掘り出し物があるそうなのです。こういうものを見つけるのも、楽しみの一つなのだそうですよ。これはリョウが見つけてくれたものなのです」
「まあ、リョウ君が?」
まさかリョウ君に目利きが出来るとは、とお母様は驚いています。
「はい。リョウはすごいんですよ。商人との交渉も手慣れた感じでこなしていましたし」
「ほう、商人との交渉をか」
その言葉に興味を持ったのは、お父様でした。
「はい。この髪飾りの値段、最初は銀貨5枚だったんです。でも、リョウが交渉してその半分にまで値切ったんですよ」
「まあ、値下げさせたの?」
お母様は眉を顰めます。
まあ、わたくしも同じように思いましたから当然のことでしょう。
「街ではそういうものなんだそうです。相手も値切られる前提の価格らしいですわ」
「――ちょっと待て、フローラ。その髪飾り、銀貨2枚半だったのか?」
お父様は訝しげな顔をしていますが、何かおかしなことがあったのでしょうか。
「はい。……あ、今日使ったお金を出してくれたのはお父様ですよね?ありがとうございました」
「あ、ああ。それはいいんだが……」
「あなた、どうかしたんですか?」
「減っていたのは銅貨数枚だけで、銀貨2枚半も使ってはいなかったぞ?」
「え?」
でも、確かにリョウはあの時懐から財布を……出していませんでした。
「ということは、リョウは自分のお金で……?」
「あらあら、リョウ君もなかなか粋なことをするわね」
髪飾りを、そっと撫でます。
リョウが、これを買ってくれたんですね。
そう考えると、少し嬉しいようなくすぐったいような……そんな不思議な気持ちになりました。
お読みいただき、ありがとうございました。




