魔物2
兵隊達は自分に与えられた仕事を素早く実行した。
戦場という環境を見て言えばそれはこれ以上ない程、迅速な行動だった。
フレデリックは、大体作業が完了したのを確認し、弾の尽きた魔道銃を捨てた。腰に差さったグラディウスを慣れた手つきで抜き、二、三回試しに振った。
それを見ていた、後方へ下がる兵隊の最後の一人が、振り返って首を傾げた。
「隊長、何してるんスか」
「ちょっと準備運動をね」
そう言って、さっと塹壕の上に這い上がる。もうもうとした煙。叫び声や爆音絶えず聞こえる。その奥から、恐ろしい呻き声が木霊して響く。
「隊長、危ないですよ! 流れ弾が当たります!」
「かもな」
「かもなじゃありません! 何の為にそんな事してるんですか!?」
フレデリックは、気難しい顔を作った。
「本隊が撤退するには俺らが止める必要がない、とは言ったが。俺らが撤退するのに、誰かが止める必要がない、とは言ってないぞ」
「面白くないですそのギャグ」
「ギャグじゃねえから当たり前だな」
「じゃあなおさら、最悪ですよ! 隊長一人で何が出来るんですか! 無駄死にですよ無駄死に! 止められませんよ! あんなおぞましい怪物の集団なんか! 死亡衝動でもあるんですか隊長は! それとも英雄気取りですか!? ふざけないで下さい!」
「お前も言うなあ……」
フレデリックはちょっと感心する。良く口が回るものだ。
「死ぬつもりはないから平気だ。すぐ、とっとこ逃げるさ。ネズミのように」
「じゃあ今すぐ逃げましょう! さあ、早くそこから降りてください!」
「平気だ。策があるからな」
そう言って、腰元にベルトで括った魔道具箱から丸薬を一つ掴みだす。魔術を使える兵なら、軍から支給される、魔力増強の薬。藍色と深紫の毒々しい色合いをして、小指の先程の大きさ。
飲み込む。
衝動はすぐにやってくる。
体がかっと、熱くなる感覚。腹、丹田の辺りに熱が渦巻き、それが全身に広がっていく感覚。頭痛と共に、熱が頭を侵食し、それを無理やり冷水で冷やされていくかのよう。気分は最悪だったが、魔力は戻った。
「た、隊長。今日、それ何個目なんですか……?」
「八つだ」
「し、死にますよ………本当にっ!」
「ノインは十二個だ。っと、しまった! そろそろ行け! 来るぞやつらだ!」
地面に移った影。見上げれば逆光。
ひゅうううううううう。風を切る音が聞こえて、それら(、、、)がフレデリックの前に舞い降りた。
ぶわっと砂埃が弾かれて飛び散る。二つの影。
『ソレ』は人の女の姿をしていた。美しい乙女の顔。
ただし、その腕はまるで猛禽類。鋭くとがった鍵爪は人間の腕ほどにある。腕の翼を広げ、フレデリックに微笑んでいる。
いや、それは本当に微笑んでいるのだろうか。作り物染みた美しさの顔に、フレデリックは、ぞっとした。
その笑顔が唇の端からかぱっと割れた。がっと開いた口はおよそ人間ではありえない程の大きさになった。覗いたのはありえない大きさの牙。
「ビェエエエエエエエエエエエエエッ!!」
威嚇の声。どこか人間のような、それでいてまるで違う、―――気色悪い叫び声。
見る者全てが嫌悪するような、美しい乙女達の姿。
「ハルピュイアだ……! 隊長、逃げて!」
兵隊は、絶望に染まった声で呟く。
「プロメテウスの炎よ眼前の敵を燃やし尽くせ!」
フレデリックの指から、魔方陣が現れ、それから深い赤の炎が生まれ、ハルピュイアの顔面にぶち当たる。人間なら即死してしまうような一撃に、ひるんだ隙に足にグラディウウスを突き刺して、体を倒させる。
「た、隊長ぉ!」
「早く逃げろ!」
そう叫んだきり、確認する暇も無い。もう一匹の恐ろしい勢いで迫る爪。体が裂かれる。軍服と肉を切り裂さかれながらも避けて、抜いた勢いのグラディウスで切り付ける。
「プロメテウスの炎よ眼前の敵を焼き尽くせ!」
ありったけの魔力を込めて翼に当てる。燃え上がりながら後方に吹き飛んで行く。死にはしないだろうがもう飛べもしないだろう。足を刺した方が起き上がろうとしている。飛び掛って翼にグラディウスを付きたてる。爪が、頬を掠める。恐ろしい形相の顔を睨み返しながら、渾身の力を込めて翼を切る。 この世の物とは思えない絶叫が聞こえた。
「これでもう、追えないだろ……!」
裂かれたわき腹を押さえながら笑う。
翼を切られたことによる怒りか、直ぐに起き上がってくる。この程度では死なないのは良く分かっていた。首と胴体を分けなければ、あっという間に回復してしまう。
取りあえず飛べはしないだろうが、一匹、一匹を殺しきる自身は流石にフレデリックには無かった。
魔物。それが、こいつらだ。人よりも強靭な肉体を持ち、人よりも強力な魔力を持つ存在。人よりも速く走り、人の剣より遥かに強力な牙と爪を持つ者達、それらは皆、魔物と呼ぶ。それ以上の事はフレデリックはあまり知らない。とにかくこいつらは倒すべき敵なのだと、そう思うだけだ。
ハルピュイアの無事な方の足を切り裂いて再び転ばせる。悔しげな鳴き声を上げた。
後ろを振り返る。無事逃げられているのだろうか。粉塵でもはや見通す事は出来ない.
ずくん。傷口が傷んだ。今まで戦ってきた疲労、その全てがその一点に集中したかのような激痛に、 膝が折れた。倒れこみそうになる体を、ぎりぎりで支える。
フレデリックは狙っている事が一つだけあった。
この粉塵。巻き上げられた煙幕のもっとも中心地。そこに歩いていく。まだ交戦中の兵隊による悲鳴、断末魔が響く。
そこを、ゆっくりと這いずるように、歩く。
魔道砲による砲撃の心配がない事だけが、唯一の救い。もう戦は掃討戦に変わっている。
もう少し、もう少し。
「っ!」
粉塵の中、猛烈な速さでフレデリックに迫る影にとっさに横とびにかわした。もの凄い勢いで狼の顔をした魔物が通り過ぎていく。急激な運動にびきびきと体が痛む。
「っち、ワーウルフか……!」
粉塵の中、影が、一つ、二つ、三つ。いやそれ以上か。わからない。とにかくいくつもの魔物がフレデリックの目の前に現れる。偶然、最悪にも、敵の本軍とかち合ってしまったのだろうか。
万全ならともかく、この傷ではまるで勝ち目はない。
どうしようもない。死ぬしかない。しかし、この状況、逆にチャンスでもあった。
少し遠いが、しょうがないか。
歌うように呟く。使うのはほんの少しの魔力。
「プロメテウスの炎よ」
ワーウルフが驚いたような声を上げた。フレデリックの呟きが聞こえたのだ。だが、ありえない。このような場所ではありえない。初めて見た魔物の驚いた顔を見て、フレデリックは少しだけ親近感を覚えた。
牙が迫る。だが、遅い。
「燃えろ」
ぼっと、指先に小さな火が点る。それは、粉塵が色濃いこの場所で、赤々と輝き、そして、接触する。これは砂煙ではない。人間が、塹壕を造った時に積み上げた砂袋に入った、石灰。
フレデリックは瞬間、自分の魔力障壁を最大限まで発動した。
轟音が響いた。
お疲れ様です。
続きは二日後ぐらいに。




