魔物
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モチベーションが上がります。
「隊長!? 前線が崩れました! もう、持ちません! や、やつら、がこっちに迫ってきます!」
「魔道砲による砲撃を続けろ! 弾幕を張って足止めしろ! 本陣の命令が下り次第、俺らも撤退する! 指示は待たなくていい! 各自移動しろ!!」
怒号が飛び交う、煙に覆われた灰色の大地で、血に染まった塹壕でフレデリックは大声を上げた。
その合間、倒れ付した仲間に必死に、手当てをしているルインが目に映った。仲間を抱きかかえた腕は既に真っ赤にそまっていた。止血はした。薬も打った。そして今、回復魔術をかけている。かけ続けている。
血は、止まらない。
「止まれ……! 止まれ、止まれ、止まれ……!」
「――馬鹿ヤロウ! 止めろッ! ソイツはもう死んでる!」
フレデリックは、金色の髪は固まった血で薄汚れ、魔力の使いすぎによって真っ青な顔になったルインの腕からその兵士をもぎ取った。戦友だった。つい、先刻まで会話した仲間の、死体だった。
ルインは、泣き喚く体力すらなく、気を失う。限界を超えて、魔力を行使し過ぎた結果だ。フレデリックは手で涙を拭って、ルインを担いだ。顔が血で真っ赤に染まったが、気にしている余裕なんて無い。 第一、血を拭く布など、もうとうに無くなった。
魔力はもうこれっぽっちも残っていない。先の魔道砲によって全て使い尽くした。
「アイルは居るか!? おいアイル! 居ないのか!? 誰でもいい! 誰か!」
辺り中を立ち込める煙をかき分けて、兵隊が数人息を切らせて走ってきた。
「隊長、魔道砲、全弾撃ち尽くしました! 玉切れです!!」
「アッシュ、ノロウエ、エイル! 丁度いい! ノロウエ、こいつを担いで、お前はもう下がれ!」
「隊長! しかし!」
「このままでは全滅する! さっさと下がれ命令だッ!」
ルインを押し付け、塹壕から押し出す。担ぐ時、自分の左腕の感覚がない事に気が付いた。動かない。
―――こりゃあ、もう駄目かもな。
フレデリックは動かない左腕を無視した。かまっている暇はなく、治療している暇も無かった。
入れ替わるようにして、人影が塹壕に飛び込んできた。
赤茶の腕章。二人の伝令兵だ。涙目で、荒い息を吐いている。その体は真っ赤に染まっていた。
そのうち一人が叫んだ。
「伝令! 報告ですッ! 本隊が後退を始めています! 撤退です!」
「後退……! 今更やっとか……!」
塹壕に並べられた兵隊の死体、重傷を負った負傷兵達を見て、フレデリックは吐き捨てた。明らかな敗北に本隊がマゴマゴとしている内、何人の仲間が犠牲になったか。
「それで……! その……!」
言いよどむ、伝令兵。
「その、前線は、本隊が、その、後方へ下がりきる間、徹底抗戦、その足止めをせよ、と……」
一瞬、全員が呆然となった。つまり、それは、死ね、という命令だと理解出来るまでに、時間がかかる。
近くにいた兵隊が、伝令兵の胸倉を掴んだ。
「ふざけんな! 俺たちに死ねってのか!」
「で、ですが……! 命令で……」
フレデリックが止める暇も無く、兵隊は伝令兵を殴り飛ばした。
「それで自分たちはノコノコと生き延びるのか!」
胸倉を掴んだまま二度、三度、続けて殴る。
もう一人の伝令兵とフレデリックが慌てて止めに入る。
「おい、止めろ!」
「俺達だって!」
顔面を血で染めた伝令兵は、叫んだ。
無茶苦茶に、殴られながらも殴り返した。
「俺だって死にたくない! お前たちだけが怖いんじゃない! さっき仲間が目の前で吹っ飛ばされたのを見た! さっきまで一緒に喋ってた奴がだ!」
「そんなの俺たちだって」
気色ばんだ、兵隊に畳み掛ける。
「この状況じゃ、もう本隊には戻れない! 俺だってここで戦うしかないんだ! 家族だっている! だけど死ぬしかないんだよ! 馬鹿が! 死にたくない! 死にたくないのに!」
嗚咽する。兵隊は、憮然とした顔になって手を離す。
「じゃあ、どうしろってんだよ……!」
呟くような掠れた声。
この瞬間にも、兵隊たちは死んでいく。沈黙している暇はなかった。フレデリックは目を閉じた。左腕は動かない。しかし、他はまだ動かせる。
「全員を集めろ」
「隊長……」
フレデリックは断言した。
「撤退する」
「し、しかし、命令が」
「軍法会議の軍隊除名でも死ぬよりましだ。必死こいて逃げてる本隊が追いつかれるわけもないだろう。そういう軍だ。俺達は絶対に生き延びる。いいな」
明らかな軍機違反に、しかし、誰も逆らう気持ちが起きなかった。一人が頷き、塹壕の向こう側に走っていく。この隊の人数はそもそも少ない。直ぐに揃うはずだ。
「しかし、隊長。これで俺らも一躍、売国奴の仲間入りッスね。本隊、敵に売るようなモンなんスから」
兵隊が一人、自嘲するように冗談のように少しチャラけて言う。
「アホ。本隊が襲われるような状況になったら俺ら皆死んでるんだから、関係ねーよ」
最高のギャグを言ったと言わんばかりの顔の、フレデリック。
一瞬、兵隊達はここがどこかも忘れて、呆れて呟いた。
「最後かもしれないんで、言いますけど。隊長、ジョークのセンスだけは最悪でした」
「俺も言っておきます隊長。隊長、剣の腕と魔法の腕は凄いですけどジョークはいつも寒いと思ってました」
「俺も」「俺も」
「……お前ら、帰ったら覚えて置けよ……」
「全員揃いました!」
走っていった兵隊が戻ってくる。
一、二、三―――。少ない。フレデリックは、不意に込み上げてくるもの抑えながら、
見渡す。十二人。三十人以上いた後方支援部隊の筈のフレデリックの隊は半分以下まで、減っていた。皆、全身が、薄茶の制服を赤く滲ませている。
「これからこの隊、最後の命令をする!」
戦場の中、双眼鏡で敵を観察している兵隊と、負傷兵を除き、全員一糸乱れずに背筋を伸ばす。
「わが隊はこれより撤退する! 比較的無事な者は残って他の隊に撤退するよう促し、残りは負傷兵を抱えて後方へ走る! 以上だ!」
「「はいっ」」
来る間に、伝えに行った兵からあらかた説明を受けていたので、戸惑った様子もなく全員が頷いた。
「散開!」
長いので分けます。そのまま次に続きます。




