湿気臭いと、その場に信頼性が生まれたり。
一万と少しを支払う事となったキクさん。不憫だなあと思いつつも、まあそういう人なんだろうと逆に納得と安心感を覚え始めた。多分不本意だろうなとは思うけど、もうアイデンティティじゃないかと受け入れていると、本人は半ば、というか本気めに諦めていた。
雨が小雨よりも弱くなって、もう傘が要らないくらいの雨になって、この時期なら降るならこれぐらいで良いだろうと内心思う。そういえばそろそろ雪の時期だなと思う。この雨も、雪のなり損ないなのだろうか。
「いいか、絶対に捜三の事は黙っとけよ」
和泉さんから、再び念を押された。ならせめて劇場からもう少し離れた所の方が良いのでは?と思う。けどそんな事を言ったら何が飛んでくるか分かった物じゃあないので、黙って頷いておく。
「じゃあ行くぞ」
雨で濡れた彼の背中は、くたびれた上着をよりくたびれている様にしている様で、頼りなさがより一層増した。本当に大丈夫かと、本当に思う。
「入るぞ」
和泉さんが入口のドアノブに手を掛けた。古びた重々しい扉は、意外にも軋む音を上げずに開いた。中は意外と整備しているのかな?
「そこに傘置いとけ」
指さされた傘置き場には、数十本の傘があった。大抵はビニール傘で、自分のか見分けが本当につくのか心配になる量だった。黒い傘で本当に良かったと思う。
劇場と聞いていたから、フロントがあるのかと思ったが、何でもない普通の通路で残念だった。こう、アンティーク調のオシャレなイメージをしていたんだけど、普通の木造の通路だった。あとやっぱり湿気臭い。昔行った雨の日の古屋敷を思い出す。
「よう、『残業』」
「おう、『海』」
ん、残業?海?
「新入りか?大量だな」
「ああ。知り合いがな、子供を頼むって」
「へぇ」
あ、そういう設定ね。
「じゃあ座長ントコ行くん?」
「そうだな。今空いてるか?」
「そろそろ終わるハズだから、今から行けば丁度良いンじゃないか?」
「おう、あんがとな」
ヒラヒラと手を振って行く和泉さんの後を三人で着いて行く。迷路の様な古びた建物を、迷いなく和泉さんは進んでいく。
「あの、迷わないのですか?」
「ああ。もう二年はいるからな」
「そんなに長く潜入やってんすね」
「まあな」
「あの、さっきの」
「ん?」
「残業とか、海とかって…」
「ああ、それはすぐ分かる」
階段を上り始めた。上るほど湿気臭い。なんだか無性に暑苦しく感じる。
「ここだ」
入口のよりもより重厚な扉。開くとその厚さが分かる。これは、遮音用の物だ。という事は
「もっと盛り上げていけよ、お前等!!」
会場全体が揺れている様な、熱くやかましい声が響いた。
ああ、嫌な予感しかしない。




