正しく映す世界に、虚像を望む。
雨で世界が滲む。乾燥器の匂いが鼻を少し突く。世界は正しく映されている。見えている世界が全ての世界。高揚感がまるで湧いてこない。この古びた劇場を目にしては。
「あそこだ」
徒歩五分の有料駐車場に車を止め、やってきた徒歩三分のチェーン店のカフェ。その窓が隣にあるテーブル席から、指さされた建物。それが目的地らしい。
正直、思っていたのと違った。仮に目的地がガチガチのオフィスビルだったらならば、それはそれで予想外というか、気味が悪いが、ショックだった。あの日の会議で、金を稼ぐシステムがあると聞いたが、そんな事は無いらしい。築何十年と言った様な、いかにも古めかしい建物だ。隣接するビルの隙間から覗けた側面は、びっしりとツタが生えており、手入れの行き届いてなさが窺える。
「本当にあそこなんですか?」
グッジョブ榎川さん。言いたい事をよくぞ言ってくれた。そう頭の中で賞賛する。
「ああ。残念ながらな」
そして細谷さん。トドメを刺さないでくれ。
「ご注文のブラックコーヒーとアップルティーと、ココアになります」
「どうも」
ありがとう店員さん。この空気に一味加えてくれて。
「というか注文の時に思ったけど、透くんは紅茶なのね」
「そういうあなたこそ、ココアって」
「こういう日には丁度良いでしょう?」
「じゃあアイスじゃなくてホットで注文すれば良いじゃん」
「猫舌なの」
「冷やせば良いじゃん?」
「私は今すぐ飲みたいの」
そう言って彼女は一口すすった。
「それに、」
「それに?」
「透くんこそ、アップルティーって何よ」
「リンゴが好きなの」
「果汁は使っていないでしょう」
「知ってるよ。でも使うのもあるよ」
「ならあなたはリンゴ味が好きなのね」
「そうさ」
「そう」
「おいおい、痴話喧嘩もよせよ」
「「なにが痴話喧嘩だ」」
「そういうとこだろ」
「おい」
知らない声がした。さっきの店員でもない。男声だ。だがさっき店内を見た時は男性の店員は見えなかった。一体、
「おお、和泉」
「お守りって聞いてはいたが、全然ガキじゃねぇじゃねえか」
着崩したスーツ、雑に伸ばした髭、くたびれた上に濡れた赤のスニーカー、おまけに目の下の濃いクマ。見て分かる絵に描いた様な社畜。自分が彼、和泉に対して抱いた第一印象は、とても残念な大人の姿そのものであった。
本当にこの大人に頼って、大丈夫なのだろうか。
あと細谷さん、大して会話していない女の人との会話を即痴話喧嘩と断定するのはどうかと思う。車内のあの空気をもう一回体験するべきじゃないか?




