兵器
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「亡命? ボーゲン森林国へ?」
半壊の礼拝堂周辺に、一個部隊を超える人数を感知するAS-665。
彼に亡命の提案をしたツェツィーリアは、慣れない戦闘準備に勤しんでいた。彼女は小さな地図を広げ見せた。
「エルフェは魔導の大家。帝国が生み出した“人間爆弾”という存在について、何らかの解決策を持っているやもしれませんから」
その希望にすべてを託そうという帝国空軍の元大尉。
確かに、帝国に戻るなど論外である上、敵性国家である王国軍や亜人連合に身柄を抑えられるわけにはいかない。
他に良い処方などない。このまま隠れ潜み続けられるわけもないし、何よりAS-665の時間もわずか。〈小大陸〉の南西部に位置するボーゲン森林国を目指すことで合意した二人は、壊れた壁から外を窺う。
「どうです?」
「北側は人数が多い。狙うなら南側でしょうね」
人間爆弾に備わる敵味方識別能力。
それを使って敵の位置を割り出すAS-665であるが、
「大丈夫?」
「だいじょうぶ、と言いたいところですが」
少年の状態は悪化の一途をたどっている。
こうして立ちあがっているだけでも奇跡的な光景であった。
彼の中の魔導兵器としての機関が、彼を一種の武器に変えてしまっている。
ふらつく意識を鉄の意思でがんじがらめに縛りあげて、自分の正確な状況を確認。
(頭痛が酷い上、右目がまるで使えない。右半身も感覚がない、が動かすには支障なし)
狙撃や銃撃に必要な体力はこころもとない。すでにAS-665は臨界寸前の爆薬めいた存在となっている。だというのに、体は慣習通り、軍務通り、戦闘行動の通りに動き回る。
信じがたいことだが、AS-665は耐用限界を迎えながらも動作し続ける機械のように、頑健な態度と戦闘への意欲を保持することができた。
「大尉……ツェツィーリアは自分の後ろに」
「ええ……呼びづらかったら“ツェリ”ってよんでもいいからね?」
「では、ツェリ」
AS-665は作戦行動を確認する。
「自分が前衛となって南側の敵を掃討します。ツェリには後方支援として、その援護をお願いします」
「わ、わかりました」
こちらの武装は、ツェリと二人合わせて軽機関銃二丁に、小銃が予備を含め五丁。手榴弾の類は無し。笑えるほど戦力は不足しているが、
「では」
少年は黒髪に染まりはてた髪を揺らして、建物の外に躍り出た。
にわかに外の連中が騒ぎ始めるのが、かろうじて左耳に聞こえる。
「いきます」
先手必勝。
駆けだしながら、軽機関銃を乱射。乾いた破裂音が連続して敵影を打ち払い、周囲に戦塵が舞い踊る。
少年は瀕死の身でありながらも、常の戦闘のごとく行動が出来た。彼が制圧した基地の数は両手の指では足りない数だ。爆撃し破壊した方が圧倒的に多いが、敵物資の奪略などの際には、爆撃ではなく基地制圧までこなすのが魔導兵器・人間爆弾の職分であった。
突然の戦闘開始に敵は泡を喰って応戦するが、AS-665にとっては遅すぎる対応だ。
彼は左目の視界を目一杯に映しだし、その中に照準された哀れな歩兵共の群れを蹂躙する。敵指揮官らしき人物を視認し、左手の小銃で狙いをつけて発砲。側頭部に命中。先の機銃掃射と合わせて、すでに十人近くが死亡あるいは負傷を余儀なくされた。
突然、AS-665の身体がガクリとよろける。被弾ではない。ただ、彼の肉体が限界を超えつつある、どころではない次元にまで到達していた。それでも、AS-665は最期の戦場を駆け抜けた。ツェツィーリア……ツェリの援護射撃を背に感じながら。
彼は機関銃を背中に背負い、小銃とサバイバルナイフで武装して、横隊を真正面から食い破る。
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AS-665の烈戦ぶりは常軌を逸していたといってよい。
容姿を込みで、死神じみた戦闘力の発露であった。
戦闘は半刻もせず、AS-665側が完全に制した。
残弾は使いつくした。北側からの支援部隊が届く前に、敵を殲滅しおえたAS-665は、崩れるように膝を折った。大量の脂汗が彼の意識を刈り取りかけたが、
「立って!」
戦闘を見守っていたツェリに促され背中におぶさるよう指示されても、AS-665には正確には届かない。耳も聞こえなくなっていた。
背後で乾いた炸裂音と発砲音が響く──北側に陣取っていた部隊が、遅い応援に駆けつけたのだ。
このままではまずい。ツェリの速度──AS-665を背負ってのスピードでは逃げ切ることは不可能に近い。
「ごめんなさい、ツェリ」
AS-665は、敵の血を吸ったサバイバルナイフを左手に取り出して、それを感覚のうせた右上腕部を断ち切るのに使った。
「な、なにを!」
しているのかと言われる前に、AS-665は自分から切り離した右腕を敵陣中央へと投げ入れた。
呆気にとられる敵の真上で──右腕が爆ぜた。
人間爆弾の部分切除による小爆発と衝撃波が一帯を襲い、半壊していた礼拝堂がもろに全壊してしまう。
右腕からの大量出血は、魔導兵器の生存機能によって、見る見るうちにふさがれていくが、右腕が復元されることはない。
突如として熱波と衝撃に打ちのめされた北の敵陣は混沌の極みに達した。
「いまのうちに」
「わかったっ!」
ツェリは小鹿のように震える足でAS-665を支え立つ。
数発の発砲音が響いたが、二人は近場の森に難を逃れられた。追撃の気配はない。
隻腕となったAS-665は、詫びを入れるかのようにツェリの方を振り返って──
「 え?」
言葉を失う。
赤黒く染まる大地。
ツェツィーリアが左大腿部──太ももから、大量に出血しているのを発見した。




