限界
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それはAS-665にとって、ある種の奇跡であった。
朽ちた礼拝堂での生活は一週間を数えた。
二人はとりとめもないことを話した──ツェツィリーアの家族──AS-665の仲間──好きな食べ物──嫌いな教科──
空母の定期的な整備や調整を享けねば五日ともたないされる儚い存在──人間爆弾。
暗灰色の髪色は、もはや完全な漆黒に近かった。
「大尉は、俺ら魔導兵器の研究者の方が向いていたのではないか?」
という疑問をぶつけそうになったことがあったが、寸前で耐えた。
彼女は日に日にやつれていくAS-665の様子に、心安らかな様子ではいられなかった。
思い出したように落涙しつつ、「絶対に、だいじょうぶだから」と、祈るような声で宣った。
「どうして、そんなにも俺のことを救おうとするのか?」
AS-665の再三の疑問を、ツェツィーリアは笑ってごまかした。
そんなある日。
「王国軍の警邏部隊と鉢合わせしそうになった」と笑って報告する彼女の様子に、AS-665は危機感を募らせた。
「やはり、きましたか」
「ええ」
二人を空母から奪取させた救命艇。
ツェツィーリアは最悪、あの救命艇を使って、ここから北上することも考えていたが、王国の沿岸警備隊に発見されるリスクと隣り合わせであった。
浜に転がる配剤に紛れさせていたつもりだが、どうやら計画はご破算と言わざるを得ない。
「大尉」
「その呼び方は禁止にしたはずでしょ?」
「いえ。そうですが……そういうはなしではなくて」
話の腰を折られたAS-665は、ひとつ呼吸を解整えて、自分の意見を述べる。
「ツェツィリーア大尉は逃げてください。大尉だけなら……この〈小大陸〉のどこにでもいける。逃れることができる」
「……あなたは?」
「自分は……ここに……残ります。場合によっては……王国の警邏部隊と交戦……もとい自爆して」
「却下」
冷たい女性の声。
「絶対に自爆なんてさせません」
「しかし……万が一に……シルト王国に俺の身柄が押さえられれば、帝国の不利になります」
それは少年の言葉ではなく、魔導兵器の、生体兵装たるAS-665の言葉であった。
人間爆弾は秘中の秘であり、帝国が〈大大陸〉で覇権を握った主因の一つにあげられる。
回数制限こそがあるが、爆撃使用後に復元可能な魔導兵器など、他に類例のない強力な武器だ。
銃で例えて言えば、一回撃った弾が何十発も弾倉に回帰していくようなものだ。運用には細心の注意を払わねばならず、回数制限を超えて生存できた例もないなど課題は多いが、これからも戦場で活躍していくこと疑いない兵器群のひとつなのだ。
両者の意見は平行線をたどる中──
「ツェツィリーア大尉」
少年は強制的に相談を停止した。
礼拝堂周辺に、人の気配を感じた。
人間爆弾たる少年は、戦場で幾度も感じた戦意と闘気──敵の存在を感知したのだ。
「まさか、尾けられた」と舌打ちする大尉は窓の外を見やる──確かに、隠れた人の“群れ”が存在している。
AS-665の意見としては、ここに留まって一週間となる。街の人間がツェツィーリアの情報を保安部や王国軍にたれこむ可能性も捨てきれない。
「大尉。銃を」
貸してくださいというAS-665。
彼の方が実戦経験は豊富だが、
「けれど、その身体じゃ…………」
大尉が見据える少年の身体は、ほとんど生きているのが不思議なありさまだ。
ボコボコに浮き上がった肋骨と背骨。皮膚しか張り付いていないような手足。痩せこけ過ぎた頬。目の下の隈もひどく、衰弱状態であることは目に見えてわかる。
だが、彼は信徒席のベッドから起き上がって、ひったくるように軍服に袖を通す。
魔導兵器・人間爆弾にとって、肉体の衰弱は無視できる要素でしかない。
魔導力によって駆動する肉体を駆使し、AS-665は立ちあがる。
「俺は、恩人であるあなたを、ここで死なせるわけにはいかないんです」




