生前
◇
薬品の効いてきたAS-665は、久方ぶりに前世の──つまり生前の記憶を夢に見た。
どうということはない。
どこにである話。
くだらないイジメ。
友達なんて一人もいない。
味方さえも一人としていなかった時代。
それでも親のいう通りに通い続け、イジメられ恫喝され恐喝され続け、何のために生きているのか──そんなくだらない妄想にとらわれていた夕暮れのなか、
にゃあ
という声が聞こえた。
今にも消え入りそうな、か細い声。
河川敷公園の土手の下──よくイジメの連中に連行されていた底に棄てられていた、小さな命。
ひどいことをする人間がいるものだと呆れつつ、俺は自分の弁当を分けようとして、イジメ野郎どもに酷い状態にされたのを思い出す。
(しようがない)
そう思って近所のコンビニで猫缶と猫ミルクを買ってきた。今日は金を財布ではなく携帯ケースに挟んでいたので無事だった。
俺が供した食料とミルクを、捨て猫は嬉しそうに喰いつき舐め啜った。
さてどうしたものか。親に相談して家で飼うなど論外。両親ともに動物が大嫌いだった。さりとて、保健所に持っていったり連絡するのも忍びない。
俺はそいつが捨てられていた段ボールをもって、近所の空き地に移動した……あそこにおいたままでは、イジメ野郎の衆に見つかってしまう可能性が高い。
あいつらの人格では、最悪こいつをサッカーボールのごとく虐待する場面しか思いうかばない。実際、俺は連中にとって野球のボールみたいな扱いを受けていた。
(またくるからな)
そう約束した茶色の子猫は意味も分からず「にゃあ」と鳴いていた。俺の与えた猫缶とミルクでよほど眠くなったのか、子猫は眠りについた。
それから数日後。
子猫は保護団体に連絡を入れた俺によって引き取られ、里親募集にだされ、幸せな家庭に引き取られたのだった──
●
「おはよう、よく眠れましたか」
「おかげさまで」
朽ちて壊れた礼拝堂、その信徒席を使った簡易ベッドの上で、AS-665は目覚めた。
随分と懐かしい夢だった。夢を見ることさえ久方ぶりのようにも思える。
「はい、朝食と水」
正直、食欲とは無縁な身体であったが、喰わねば死ぬことは確実な未来。
軍用レーションを、AS-665は文句ひとつ言わず平らげる。いつかの猫のように、遠慮なく。
「そんなにおいしいですか?」
金髪の元大尉が訪ねてくるので、正直に告げた。
「そこまででもありませんが、腹は膨れます」
確かにと笑う女性の微笑を見て、何かを思い出しかけるAS-665だったが、
「じゃあ、私はまた街に行って必要な物資調達に行ってきます」
亜人の格好に擬態する耳付きフードを被りながら、ツェツィーリアは礼拝堂を後にした。
後すこしで完結する予定




