【87】巨大ドック船[ドク・ワン]、出航
「距離は?」
「10万キロです」
「そろそろ狙ってるかもしれないな」
「そうですね」
俺の質問に、パイロットHDが答える。
「色々な電波が飛び交っていますから、レーダーに捕捉されたか、判別しにくい状態です」
サクラが言った。
「[もがみ]とは通信できるんだろ?」
「もちろん可能ですが、敵にも筒抜けですよ?」
「そうか」
「司令、どうしますか?」
「ここまで来たら、着陸を試みてみるか」
俺は、行ってみたいと思った。
「了解。No.11、撃たれないように」
サクラが言った。
No.11? あ、パイロットHDのことか。
「正面下の明るい部分の縁ではどうだ?」
俺は、提案した。
「降りてみなければ、良いか悪いか分かりません」
パイロットHDは、冷たい。
「距離は?」
「10,000メートル。高度と言った方がいいでしょう」
「そっか、飛行機が飛ぶ高さか」
「全灯火、オフ」
パイロットHDは舟艇の灯火を全て消した。
「サクラ、大気の組成は?」
「窒素79.2%、酸素20.5%、二酸化炭素0.1%、他」
「有害成分は?」
「微量の化学合成物質がありますが、問題無いでしょう。放射線や電磁波も夜側は問題ありません」
サクラは、分析結果を報告した。
「ちなみに、重力は火星の、あ、地球と比較した方が分かりやすいですね。
この星の重力は、地球の約1.8倍。星自体が地球の約4倍の大きさで地球の約2倍の速さで自転しています」
「了解だ。息はできるが、体が2倍重いってことだな」
「はい」
サクラが言った。
「高度、4,000メートル」
「この山のふもとに」
俺は、地形センサーの画像を指差して指示した。
「了解。高度2,000メートル」
「窓際の者は、周囲を赤外線索敵せよ」
「サクラが他のHDに指示した」
「高度500メートル。さらに降下中」
「ギア、ダウン」
プシュー
パシュッ
パシューッ!
ゴゴッ、ゴツッ
舟艇が着陸した。
「エンジン、アイドル」
「下船、展開!」
舟艇のドアが開いて、HDが飛び出した。
舟艇は非常時に備えてエンジンは止めず、調査にあたるHDを降ろして周囲の安全な場所に展開させた。
俺とサクラも、舟艇から飛び降りた。
うわっ、俺は前のめりに転がりそうになった。
銃やヘルメットや背負っているパックが重い。
舟のドアから飛び降りたが、着地の時に曲がった膝を伸ばすのが非常にしんどい。
ここでの活動は、とても体力を消耗する。
「とりあえず今回は、サンプル採取のみにしておこう」
俺は、サクラに言った。
「周囲をサーチして記録しておいてくれ。次回の訪問の際の目的地選定の資料にできるようにな」
「了解しました」
「民家のチャイムを鳴らしても、収穫は無いだろ?」
「そうですね」
* * *
火星の山のふもとが、横に細長く口を開けている。
幅100メートル、高さ50メートルはあるだろう。
その口の中には、大きな箱状の四角い物体が納まっていた。
しばらくすると、そのデカい箱の下の部分に光が煌めき、箱が浮いた。
箱は巨大なドック船で、下部スラスターを噴射して空中に浮き上がったのだ。
そしてその口の奥のほうでも一瞬光が煌めくと、ドック船は口からせり出して来た。
「すげーな!」
「見事な操船だ」
周りにいた作業員や、基地から見ていた人たちは驚いていた。
普通だったら、ガイドレールやらアンカーやらクレーンやら、あるいはタグボートなどを駆使してハンガーから苦労して引っ張り出すのだが、今回は狭いハンガーから馬鹿デカいドック船が自力で出てきたのだ。
長さ300メートル、幅100メートル、高さ50メートル。
横倒しにしたビルのような巨体のドック船だ。
宇宙空間に行ってしまえばどれだけ大きくても問題無いが、この火星でも多少の重力はあるので、操船には相当の技術が必要だ。
一応、サッカー場2面以上の上甲板の先端に申し訳程度の操縦所がちょこんと着いているが、そこで操縦しようとしても周りは全く見えないだろう。
この巨大なドック船が姿を現す様子を、シモダ艦長はすでに22番ハンガー上空100メートルで静止している[きぬかぜ]のブリッジから見ていた。
「モモ、あのドック船の乗船名簿とかあるのか?」
「第1級機密事項です」
シモダ艦長の質問に、モモが答えた。
「任務も人数も分からないで、連れて行くのか」
「この方法は、これまでの反乱軍に対する処置に準じていると考えられます」
モモが解説した。
「私も、そう思う」
シモダ艦長も同意した。
「ドク・ワンから[きぬかぜ]へ」
「こちら[きぬかぜ]、どうぞ」
「ドク・ワンは出庫した。予定通りジャンプ・アップ・ポイントへ向かい、そこからPS72星系へワープする」
「こちら[きぬかぜ]了解。グッドラック」
馬鹿デカい四角い箱が、ゆっくりと上昇していくのを、シモダ艦長は[きぬかぜ]から見守っていた。




