【128】空間列車強盗
「あの光は何だ?」
宇宙貨物列車の主任運転士は、助手の運転士に言った。
「レーダーに反応はあるか?」
助手の運転士は、レーダー担当の機関士に確かめた。
「距離90,000に船影! ここに航行届けは出ていませんので、もしかすると例の不明艦かもしれません!」
機関士は叫んだ。
「ターミナルに連絡しろ!」
主任運転士が言った。
「リゲル・ターミナル!
こちら、[スーパー・フレート・ライナー1149号]!
リゲル・ベータ・5番惑星付近で不明艦と遭遇!
緊急停車する!」
長さ50メートルの貨物宇宙船を100両連結した、全長5キロにも及ぶ宇宙貨物列車は、オリオン座リゲル・ベータ星系第5番惑星の近くを通過中に緊急ブレーキをかけた。
パシュ、パシュー!
パシュ、パシュ、パシュー!
恐ろしく長い宇宙貨物列車を緊急停車させるのは、非常に難しい。
先頭の牽引機はもちろん、10両ごとに連結している制御機が、後ろに行くにしたがって噴射量を強くしながら前方に向けてスラスターを噴射し、最後尾の補助機が列車を引っ張るかたちで制動を掛ける。
先頭の牽引機の制動力が強ければ、後ろから追突され、
最後尾の補助機の出力が強ければ、連結部が破壊されてしまう。
パシュ、パシュー!
キュ、キュ、キュイイィィーーーーーン
プシューーーーーッ!!
熟練の運転士の技術で、宇宙貨物列車は安全に停車した。
「距離80,000から本線軌道上を不明艦が接近して来ます!」
機関士が告げた。
「不明艦に警告しろ!」
「前方の不明艦に告ぐ!
宇宙空間の列車妨害は、銀河連邦空間鉄道法に違反する重大な違法行為である!
直ちに軌道上から退去しなさい!
さもなくば、武装列車による強制排除もありえる!
直ちに軌道上から退去しなさい!」
[フレート・ライナー]は警告を発したが、不明艦は依然として軌道上を接近して来る。
「距離、70,000!」
機関士が言った。
「攻撃可能な距離だが、攻撃してこないということは」
主任運転士は呟いた。
「列車強盗?」
助手が言った。
[スーパー・フレート・ライナー1149号]は、増産されたHD20,000体を、オリオン座リゲル・アルファ星系・第10番惑星へ輸送中だった。
今や人間の活動の支援として切っても切れない関係となったHDは、銀河系内のいたる所で生産されていたが、最大の生産量を誇ったのが太陽系の土星の衛星、タイタンであった。
惑星のような衛星、と言われるほど巨大で、メタンやエタンなどの石油のような海と、金属資源が豊富なことから、タイタンは移住した地球人によって太陽系開拓当初から重工業が盛んな植民地衛星であった。
そして、人類が銀河系各地へ展開するにあたって、タイタンが持つHDの基本的生産権を、ライセンス契約によって地方へ委託し、タイタンの資本家は莫大な利益を計上し続けていった。
ところが、銀河系一裕福な星と言っても過言ではないタイタンの民を悩ませているのが、現在の未知の敵によるHDの不法使用である。
銀河系の人類が違法なルートで入手した旧型HDを使用しているのであれば、銀河連邦裁判所に提訴すれば、連邦警察や宇宙軍が犯罪者を逮捕し処罰と金銭的解決が為されるが、相手が未知の敵では、訴えても損害賠償金が得られるかは定かではない。
裕福な民=貪欲な者たちは、どのような手段をもってしても、この得られるべき報酬を得ようと必死になっていた。
「知事、そろそろHDの不正使用問題にケリを着けませんといけませんなぁ」
タイタンの工業連合会の会長は、知事に思い腰を上げるよう、はっぱを掛けに来たのである。
「会長、ケリとは、どのように?」
「皇帝に働き掛けて、未知の敵とやらを、明らかにすることですがな」
「それは目下、宇宙軍が鋭意やっているではないか」
「そんな、手ぬるい。皇帝が一声お掛けになれば、誰もが震え上がって、不法行為など無くなりまひょ?」
「しかし、陛下はご多忙であり……」
「何を言ってなさるんや!わてらも、死ぬか生きるかの瀬戸際でご多忙でおますわ!」
ここ最近、タイタンの知事室では、このような話ばかりであった。
あるいは、
「知事、エウロパの森林観光一等地が、私どものご提案をご採用された暁には、ご家族皆様のご用地としてご準備させていただけますが…………」
と、手を擦り合わせて作り笑いを浮かべた、企業のCEOなどが足繁く出入りしていた。
ま、タイタンの民の思惑とは別に、HDの不正使用は銀河帝国の立法精神に反するものであり、社会に対し相反する行為である。また不正使用以前の問題として、HDを銀河帝国から強奪し、敵の軍隊組織内で兵器として使用していることが最大の問題点であることは、知事も重々承知していた。
「知事、空間鉄道管理局から緊急連絡です」
秘書が伝えてきた。
「タイタン知事、テミスだが」
「私、銀河連邦空間鉄道管理局長のケシロです。
知事、実は3時間ほど前にオリオン座リゲルで、貨物列車が未知の敵に襲われ、HD20,000体が強奪される事件が発生いたしました」
「な、なんだと? 20,000体のHDが?!」
こんな事態が露見すれば、工業連合会どころかタイタンの政財界から突き上げをくらうのは必至だ。
そもそもタイタンでは、工業力と経済力を生かして独自の防衛軍を組織し、HD輸送を護衛すべしという議会提案があった。しかしこの情報が事前に軍関係者に漏洩し、タイタンが銀河帝国の正規軍よりもレベルの高い軍備を保有する可能性が高いとして、原案提出から即廃案となってしまった。
当然、軍関係者から銀河連邦議会議員へ何か渡され、その一部がタイタン議会議員の懐へ流入した結果だ。
独自の防衛軍など無ければ、軍に経費を支払って警備を着けてもらえば、軍も潤いHDも安全だ。鉄道管理局が所有する武装列車は、運用は軍がおこなう。その軍へも鉄道管理局から委託費が支払われる。
つまり、危ない事に民は関わらず、お金を払ってくれればプロがお守りしますよ。と、いうことだった。
しかし今回20,000体ものHDが強奪され、武装列車も間に合わなかったとなると、再度「タイタン防衛軍」構想案が再提出される可能性が出てきた。
この知事にとっては、この星は裕福で安全で、このままであれば今後もそれは保証されるであろう。
しかし議案が可決され、軍を持つことによって各方面からの監視や圧力が高まって、常時、緊張を強いられることになる。
知事は、平和主義者なのであった。
以前から平和なら、今後も平和な方がいい。
いちいち問題を提起するのは得策ではない。
金で平和が買えるなら、なんぼでも買ってやる。
早い話が、面倒が嫌いなだけである。
単なる金持ちのワガママである。
しかし、軍としては、かなり大きなお得意様である。
HDを筆頭とするタイタンから輸出される工業製品は銀河系の中でも品質が高く、高額な商品が多い。
貨物船にしても、貨物列車にしても、相当の経費が計上される費用を軍に支払って警備業務委託している。
なので、オリオン座リゲルで強奪されたHDは、警備業務を受託した宇宙軍が、責任を持って警備しなければならない対象だったはずである。




