【115】パンサー・チームに、敬礼
「それがですね。この相殺電波は、全てを打ち消してしまうのではなく、一部分を残しているのです。この残された部分を繋ぐと、命令信号となることが分かりました。で、そもそもどこの部分を残すかという事が、正に暗号であって、あの1画面100ドットの映像がフィルターになっていたのです」
[もがみ]の格納庫で、HD維持管理部の技師がこれまでに解明した事実を俺に報告した。
「二重の鍵じゃないか」
俺は言った。
「そうですね。なかなか手が込んでいます」
技師は、そう言って、また端末をいじった。
「記憶は、消去されています」
HDが、自分で自分の事を喋った。
「こいつをコントロールできるようになったのか?」
情報部の大尉が驚いて聞いた。
「まだ、一部分です。しかも、命令信号だけです」
技師は言った。
「命令だけでも解読できれば、こっちのもんじゃないか!」
情報部が喜びをあらわにした。
「私もこれで完全解明であれば嬉しいですが、逆にこんな簡単であるはずがない、とも思うのですよ。最終的な命令信号の解読など、20世紀の地球上で起きた戦争で使われたくらい簡単な解読機でもすぐに分かる程度のものですから」
技師がそう言うと、情報部の大尉は落胆の色を隠さなかった。
「方位284、距離40,000、敵編隊接近中」
[はまかぜ]のレーダー担当タラン少尉が言った。
「クラスター・ミサイル、発射!」
戦術長のノリチ少尉が命じた。
シュバ、シュバーーーン!
シュバ、シュバーーーン!
両舷の発射管から、2発ずつのクラスター・ミサイルが発射された。
「方位284、距離100,000に、新たな編隊を探知!」
タラン少尉が報告した。
「なにー?」
艦長のイシダ・アツシは言った。
「クラスター・ミサイル、展開! 目標までの距離30,000」
「対空速射砲、発射準備」
「方位284、距離100,000に、また新たな編隊!」
また、タラン少尉が言った。
「なんだ?どんどん来るのか?」
アツシが言った。
「方位284の先に、何かあるのでしょう」
ウメが、アツシに言った。
「基地か?」
「かもしれませんね」
アツシの問いに、ウメは答えた。
「航海長!進路284だ!」
「進路284、アイアイサー!」
航海長のハイニ少尉が復唱した。
グウィーーーン
[はまかぜ]は取り舵を切り、10時の方向へ艦首を向けた。
「進路284、よし! 敵編隊、方位000、よし!」
ハイニ航海長は報告した。
「ベリーウェル」
ピカ、ピカ、ピカ、ピカッ!
ピカ、ピカ、ピカ、ピカッ!
「クラスター・ミサイル、数発命中」
ノリチ戦術長が言った。
「クラスター・ミサイル、発射!」
アツシが命じた。
シュバ、シュバーーーン!
シュバ、シュバーーーン!
今度は、真っ直ぐ正面に向かって、クラスター・ミサイルが発射された。
「前方、敵機、距離1,000」
「対空速射砲、掃射」
ダララララララララッ!
ダララララララララッ!
ピカ、ピカ、ピカ、ピカッ!
ピカ、ピカ、ピカッ!
「距離1,000の敵機、制圧。距離100,000に新たな編隊、続々と来ます」
レーダーのタラン少尉が言う。
「射程に入り次第、主砲を撃ちまくれ」
アツシが命じた。
「こちら[あきかぜ]!ドバシ艦長!マズいです!」
「こちら[つきかぜ]ドバシだ。どうした?!」
「パンサー・チームの着陸地点が夜明けを迎えます!」
[あきかぜ]のヤマナカ艦長が悲痛な声を上げた。
「しまった!雑魚に手こずっている間に!」
カズは、ミスった事に気付いた。
「[あきかぜ]!急行しろ!」
「了解!」
ドオオォォーーーッ
[あきかぜ]は、イオンエンジンを全開にした。
「パンサーまで、あと3,000!」
レーダー担当のトナラ少尉が言った。
「夜明けが近いです」
キクが言ったが、太陽系の夜明けのように、徐々に周囲が明るくなってくるわけではない。強烈な電磁波を発する黒い太陽が、地平線のすぐ下まで来ているということなのだ。
「パンサーまで、あと1,500」
「現在、高度1,000、降下します」
レーダー担当と航海長が交互に報告する。
バシューーーッ!
パシュッ
パシュッ
[あきかぜ]は、スラスターを微噴射しながら、パンサーに近付きつつ、降下して行った。
「パンサー、見えました!」
「夜明けです!」
航海長とキクが、ほぼ同時に言った。
「両舷停止!!急速反転!!」
ヤマナカ艦長が叫んだ。
ドオオオオオオオーーーーーンッ!!
メインエンジンの噴射が止まり、前部左舷と後部右舷のスラスターが最大噴射され、[あきかぜ]はコマのように急速おも舵を切った。
「全員、掴まれー!」
艦内は、激しい横Gに見舞われ、色々な物が左へふっ飛んで行く。グラビティ・コントロール・シューズがハイパワーモードになり、足だけは床に吸着され、体は自動ベルトで座席に固定されるが、強烈に左へ引っ張られる。
20秒ほど、そんな状態が続き、ツイテ航海長が言った。
「スラスター、調整逆噴射!反転完了まで15秒!」
おも舵反転を止めるため、今度はスラスターが逆噴射され、右へのGが襲いかかる。
パシューーッ
パシュッ
パシュッ
15秒後、艦は安定した。
ブリッジは物が散乱し、浮遊している。
席に座っていた者は、自動ベルトで固定されたが、強烈なGにより、鼻や耳から出血している者もいた。
「全艦、被害を報告せよ」
艦長は通達した。
「くぅーー、こんなのシミュレーション以来ですよ」
カヤニ副長が言った。
「鼻血が止まらないです」
レーダー担当のトナラ少尉が鼻をつまんで言ったが、彼の周りに赤い球になった血液がいくつも浮いていた。
「機関、工具や機材が飛散しましたが、負傷者なし」
「CIC、被害無し」
「格納庫、人的被害無し。周りはメチャメチャですが」
艦長がふと横を見ると、キクがいなかった。
さっきまでいた所を見ると、銀色の膝から下の2本の足だけが床にくっ着いていた。
「私は、ここです」
膝から下を失ったキクが、壁にへばり着いていた。
「足がモゲちゃったのか」
艦長が言った。
「HD維持管理部に、膝を強化するように、進言しておきます」
キクは答えた。
「[あきかぜ]より、パンサー・チーム、応答せよ」
「………………」
「[あきかぜ]より、パンサー・チーム、応答せよ」
「………………」
通信のダレン少尉の呼び掛けに、応答は無かった。
「くそっ……」
ヤマナカ艦長は、浮遊していた制帽を取って目深にかぶって、うつ向いてしまった。
「艦長、報告は自分がやりましょうか?」
副長が進言した。
「いや、自分でやる。ありがとう」
艦長は言った。
「[あきかぜ]ドバシより、[もがみ]クロダ司令へ」
「こちらクロダ。ドバシ艦長どうぞ」
「申し訳ありません。
パンサー・チームは、間に合いませんでした」
ヤマナカ艦長は、謝罪した。
「分かった。ご苦労だった。
ただ、謝罪は私にではなく、それなりの仇を討って、パンサーの英雄たちに報告してほしい」
「ヤマナカ、肝に銘じました」
ヤマナカ艦長は、通信を終えて言った。
「夜明けが近付いてきた。ここから離れるぞ」
「[つきかぜ]の位置へ戻ります」
ツイテ航海長が言った。
ドオォーーーーー!
[あきかぜ]はエンジンを噴射し、夜の深部へと飛んだ。
ブリッジの後ろで背後に向けて敬礼を贈っていた艦長を見たのは、キクだけだった。




