四十八話 ラビと一緒にかくれんぼ
誘拐された場合どうするのがいいのだろう。
まあ、誘拐自体はどうでもいい。俺の体は丈夫だから。ひっどいことしようと思っても傷つけるのに一苦労だろうさ。
だが、問題はラビだ。人質を取られているのは厄介この上ない。それにラビに何かしようというのであれば冷静でいられる自信がない。
「さて、状況は理解できたな?」
「何が目的なんだ?」
「なあに、簡単な事だ。私を持ち上げてくれるだけでよい。それだけであらゆるモノが手にはいるのだ」
「持ち上げる? よっこいせと?」
「あまりふざけるなよ……? この女が泣き叫ぶ姿がそんなに見たいのか?」
ぞわりとした。体の底からもれなく怒りがかき集められたみたいに。
ダメだ……。堪えられない!
「【放て】!」
放った魔法が鉄格子をぶち破り男に迫る。
ああ、やってしまった。力づくでどうにかするつもりは無かったんだけどな……。
だが、魔法が男に届くことはなく。
「【返せ】!」
俺の方へと向きを変えて戻ってきた。
「なっ!? 反射? ぐふっ!」
「ご主人さま!」
ぐぐっ、イテテ……。まさか、魔法を返されるとは。そんな魔法があったなんて……。
「はっはっはっ! なにも準備をしていない無能だと侮るなよ? 魔法を使ってどうにかしようと考えることぐらい想定している。手枷は吹き飛んだようだがその折れた腕では──」
「話が長いわ! 手も足も出なくても翼はだせるんだよ! くたばれっ!」
俺は、破れた鉄格子から抜け出すと、悠長に語り始めた男に向かって翼を振り上げた。
「ぶべらっ?」
ダメだダメだ。熱くなるな。落ち着くんだ。冷静に次にすべき事を考えろ。
「なっ、貴様! この女がどうなっても──」
「言うこと聞いてもどうにかするんだろうが!」
「ぐはっ!」
ああ、やってしまった。怒りに任せて制圧してしまった……。あれ? どうにかなったんじゃないかこれ。
「ご主人さまの腕が……」
「あっ、ああ。大丈夫だ。すまん。どうかしてしまった。しかし、両腕やられてしまったのは痛いな」
「それなら、ラビはまたご主人さまのお世話を頑張るのです!」
いや、日常生活の話じゃなくて、ここから脱出する時の話なんだけどね。
でもこんな時でも相変わらずなラビのおかげで冷静になれた。
早くおうちに帰ろう。
「しかし、困ったな。熱くなりすぎていきなり切り札切ってしまった。もう魔力がない」
「まだ誰かやっつけるのです?」
「出来ればそれは避けたいんだ。どんな魔法があるのか分からないし、体力的にもしんどい」
なにより、ラビを庇いきれない。
「こっそり抜け出せればいいんだけどなあ」
ここが高い建物なら、空を飛んで簡単に逃げられるのだが、恐らくここは地下牢。誰にも見付からずに抜け出すなんてそんな事が可能だろうか。
こんな施設を備えるぐらいだから、警備も厳重だろう。
はて、どうしたものか……。
うんうんと俺が頭を悩ませていると、ラビがお胸を張って人指し指で自分のお耳をビシッと指した。
「ならラビのお耳を使って欲しいのです!」
「お耳を使う? きゅっとな?」
「あ、ひゃん……! ち、違うのです! 掴んだらダメなのです! ラビはお耳が良いから全部聞こえるのです!」
うっかり腕を負傷したのを忘れて、ラビのお耳を掴んでしまった。とても痛い。しかし顔には出すまい。
「あっ。誰がどこにどれぐらい、いるか分かるって事なのか?」
「そうなのです!」
確かにそれだけ分かればどうにかなりそうだ。ここは一つラビのお耳を貸して貰おうか。
早速、ラビがお耳を立て辺りの状況を探る。
「んー。扉の外にはいないのです」
「ラビ。少し扉を開いておくれ……。うん。誰もいない。廊下に部屋が幾つかあるけど、どの部屋に人がいるか分かるかい?」
「んー。あっち側の部屋には二人、二人、二人、一人、五人いるのです」
「左側は行き止まりになってるからいいや。多分他にも捕まっている人がいるんだろう。右側は?」
「あの部屋に二人いるだけなのです」
大したもんだ。俺には全く聞こえない。これだけ分かるなら脱出は簡単そうだな。
「右に行くよ? 誰か近づいてきたら小声で教えておくれ。ここからは静かにいこう」
「分かったのです!」
大きな声で元気良く了承してくれた。
あんまり分かってなさそうだけど大丈夫だろうか。
しかし、変わった作りだよなあ。牢屋なら個室に牢屋を作るんじゃなくて、向かい合わせに牢屋を並べれば良さそうなもんだけど。
共謀して脱出させない為か?
そこまで見越してこんな物を作るなんてどんな宗教なんだ。
「ご主人さま。奥の階段から一人降りて来るのです……!」
「ありがとう。そこの部屋に隠れてやりすごそう」
ラビに扉を開いてもらい部屋のなかに身を隠した。
カツッ、カツッ、カツッ……。
ふむ。本当に一人向かってきたな。ラビさまさまだ。
ああ、何かドキドキしてきた。かくれんぼはあんまり得意じゃなかったなあ。 絶対に見付からないところに隠れるのは何だか卑怯な感じがして嫌だったから。
カツッ、カツッ、カツッ……。
はよ行けー。早く通りすぎろー。
あれ?
通りすぎるの待ってていいのか? 何か身分高そうな人ぼこぼこにしたのがバレたら……。ダメじゃないか!
ひっ掴まえてぼこぼこにしないと。
カツッ、カツッ、カツッ。
よし、誘い込もう。
「ラビ、扉を見付からないように開いてくれ……」
「ご主人さま。それだと見付かってしまうのです。それでも開くのです……?」
「誘い込んで大人しくさせるんだ……」
ラビに扉を開いてもらい。
ギィィィィ……。
開いた扉の裏に隠れる。
「む? 何だ……?」
すると狙いどおり男が部屋の中に入って来た。
「誰もいない。一体何で扉が開いたんだ……?」
そして、部屋の中ほどまで歩み始めたところで。
よし、今だ!
「おいっ!」
「なっ!? 何だ? げふっ」
俺は男の振り向きざまを翼でひっぱたき、意識を奪った。
さすがに部屋の真ん中に転がして置くわけにはいかないよな。しかし、腕で引き摺って隠すなんて出来ないし……。
まあ、足でいいか。
ズリズリズリ……。
「ふぅ……。これでよしと」
「ご主人さまえげつないのです!」
「そうな。でもえげつないなんてどこで覚えたんだい?」
「ツバーシャちゃんが教えてくれたのです」
ツバーシャ……。いったいどんな会話をラビとしているんだい。俺以外とも仲良く話せる様になったのは嬉しいけどさ。
まあ、とても気になるところではあるけれど、今はそれどころじゃあない。
先を急ごう。
流石にそうそう地下牢に何てやってくる奴はいないようで、そのまま階段にまでたどり着けた。
「ラビ、人の気配はあるかい?」
「階段の上には誰もいないのです」
「じゃあ行こう。反対側にいた人たちの中に見張りがいたかも知れないからね。急がないと最悪挟み撃ちにされてしまう」
ラビの手を引いて進みたかったんだが、それは叶わんな。やっぱり、熱くなってはいかん。
でも、似たような状況に陥ったらやっぱり熱くなってしまうんだろうな……。




