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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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第8話 来客対応もしたくない

 ここ数日、家の中はかなり平和だった。


 食料はある。金もある。仕事の依頼も断った。


 朝は好きな時間に起き、ロキと朝食を食べ、気が向けば本を読んだり動画を見たりしながら、眠くなれば昼寝をする。


 ようやく理想に近づいてきた気がする。


 ただ、一つだけ気になることがあった。


「……外まで行くの面倒なんだよな」


 ソファに寝転びながら、窓の向こうを見る。


 バルドが来た時も、ギルが来た時も、結界の外まで出て話をした。結界自体は家から少し離れたところまで広げているので、来客があるたび玄関を出て、そこまで歩かなければならない。


 大した距離ではない。


 大した距離ではないが、だからといって歩きたいわけではない。


 しかも今後、また誰か来ないとも限らなかった。


「インターフォン欲しいな」


 日本の家についていたものを思い出す。


 ただ、せっかく魔法も《万能生産》もあるのに、わざわざ壁に機械をつける必要もない気がした。


 家の前まで来た人を確認できて、声が聞こえて、こちらから話せればいい。ついでに、その場で結界の通行許可まで出せれば完璧である。


 そこまで考えたところで身体を起こした。


「作れるかな」


 試しに《万能生産》へ欲しい機能を放り込んでみる。


 結界への接触を検知。


 来訪者の映像と音声を取得。


 屋内へ表示。


 双方向通話。


 指定した相手だけ結界を通過可能。


 拒否もできる。


 少し待つと、頭の中に実行可能と表示された。


「できるんだ」


 なら作る。


 壁に穴を開ける必要もなく、結界そのものへ機能を追加するだけでいいらしい。


 処理を終えた直後、目の前の空間がわずかに揺れた。


 次の瞬間、半透明の四角い光が、ブォン、と音を立てて空中に展開する。


「おお」


 思っていたより格好いい。


 薄い青白い光の縁に囲まれた画面には、今のところ誰も映っていない。触れる必要もなく、思っただけで表示を消せるらしい。


 もう一度出してみる。


 ブォン。


「……なんかそこだけ未来だな」


 木造の家の居間に、半透明の空中スクリーン。


 違和感はかなりある。


 ダイニングにいたロキも、じっとこちらを見ていた。


「人が来たら、これに映るようにした」


 説明すると、画面へ視線を移す。


「外、行かなくていい」


「そう」


「便利」


「でしょ」


 理解が早い。


 これで今後、来客のたびにわざわざ外まで歩かなくて済む。


 満足して画面を消し、そのままソファへ戻った。


 せっかく作ったものの、しばらく使う機会はないだろう。


 そう思っていた。


 ◇


 翌日の昼過ぎ。


 昼食を食べ終えて片付けまで自動で済ませ、そろそろ昼寝でもしようかと考えていたところで、聞き慣れない音が鳴った。


 ポーン。


「ん?」


 その直後、何もなかった空中に半透明のスクリーンがブォンと現れた。


「あ、来た」


 昨日作ったばかりなので、一瞬何の音か分からなかった。


 画面には森が映っている。


 その中央に、三人の男が立っていた。


 全員、頭に角がある。


「……魔族?」


 装いは旅人というより兵士に近く、三人とも濃い色の外套をまとい、腰には武器を下げている。結界の境目に立ったまま、周囲を探るように見回していた。


 知らない人である。


「どちら様ですか?」


 試しにそのまま話しかけると、画面の中の三人が一斉に反応した。


 一番前にいた男が辺りを見回す。


「誰だ」


 声もちゃんと聞こえる。


 成功している。


「ここの家の者です。何か御用ですか?」


 三人は互いに顔を見合わせた。


 空中から声だけ聞こえているようなものなので、向こうからすれば気味が悪いのかもしれない。


 そこで、後ろから足音がした。


 ロキだった。


「誰?」


「分かんない。魔族っぽい人が三人」


 画面を見せる。


 その瞬間、ロキが止まった。


 表情が変わったのが分かった。


「知り合い?」


 しばらく返事がない。


 画面の中では、三人のうち一人が何かに気づいたように顔を上げた。


「……ロキ様?」


 ロキが小さく息を呑む。


 やっぱり知り合いらしい。


 前に出ていた男もこちらを見据えた。


「ロキ様! そこにいらっしゃるのですか!」


 様。


 その呼び方だけ少し引っかかった。


 ロキは十歳だ。


 魔族では子ども相手にも様をつける文化なのだろうか。


「知ってる人?」


「……知ってる」


「会う?」


 ロキは首を横に振った。


「会わない」


 なら話は早い。


 画面へ向き直る。


「本人は会わないそうです」


「お待ちください!」


 男の声が大きくなった。


「我々はロキ様をお迎えに来たのです。どうかお通しください」


 迎え。


 帰る場所があるらしい。


 ロキを見る。


「帰りたい?」


「帰らない」


 今度は迷いがなかった。


「だそうです」


 画面の向こうで、三人が黙る。


 一番若そうな男が前へ出かけたが、隣の男に腕を掴まれて止められた。


「しかし、ロキ様は本来、このような場所にいらっしゃる方ではありません」


 どういう意味なのかは分からないが、本人が嫌だと言っているのに連れていく話でもない。


「でも、帰りたくないって言ってますけど」


「事情がおありなのです」


「本人が知ってる事情ですか?」


 男が言葉に詰まる。


 それなら、私が聞くことでもない。


「ロキが行くって言うなら通しますけど、行かないなら通しません」


 後ろでロキがこちらを見ている気配がした。


 男たちはしばらく黙っていたが、やがて一人が結界へ手を伸ばした。


 触れた瞬間、透明な壁にでも当たったように指が止まる。


 何度か場所を変えて試したあと、顔つきが変わった。


「この結界は……」


 隣の男も手を触れる。


「誰が張った」


「私ですけど」


 三人の視線が一斉にこちらへ向いた。


 正確には、こちらの姿は見えていないはずなのだが、画面越しでも圧を感じる。


「あなたが?」


「はい」


「何のために」


「虫が嫌なので」


 しばらく誰も喋らなかった。


 ロキが横で瞬きをする。


「……虫?」


 画面の向こうから確認された。


「虫です」


 間違ってはいない。


 元々は防虫目的だった。


「そのために、これを?」


「はい」


 三人とも何とも言えない顔になった。


 やがて、一番前の男が表情を整える。


「ではせめて、ロキ様へお伝えください。我々は敵ではありません。お戻りいただきたいだけです」


 その横で若い男が口を開く。


「ですが、あのお方は本来――」


「やめろ」


 低い声で遮られた。


 ロキを見る。


 本人は何も言わない。


 聞かない方がよさそうだった。


「伝えるも何も、本人ここにいますけど」


 三人がまた黙る。


 そういえば画面越しなので、向こうからロキが見えているのかは分からない。


 少し考えて、表示範囲を切り替える。


 ブォン、と画面の端に小さな光が走り、こちら側の映像も送れるようにした。


「これで見えます?」


 三人の顔が、今度こそ完全に止まった。


 たぶん映った。


 ロキが私の横に立っている。


「ロキ様……」


 呼ばれた本人は、少し間を置いてから口を開いた。


「帰らない」


 それだけだった。


 男は何か言おうとしたものの、結局言葉を飲み込んだ。


「……承知しました。今日は退きます」


 今日は。


 また来る気らしい。


「分かりました」


 こちらとしても、いつまでも立ち話をするつもりはない。


 三人が森の奥へ消えていくのを確認し、スクリーンを閉じた。


 ブォン、と光が消え、居間がいつもの景色に戻る。


 ロキはまだその場に立っていた。


「大丈夫?」


「うん」


「そっか」


 それ以上は聞かなかった。


 話したくなったら話せばいい。


 私はソファへ戻り、さっき途中になっていた昼寝の続きをするためクッションを抱える。


「……作っといてよかった」


 外まで行かずに済んだ。


 今日一番大事なのは、そこだった。

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