第7話 働きたくない
一週間後、冷蔵庫を開けた私は、しばらく中を眺めてから扉を閉めた。
「……またか」
卵も牛乳もほとんど残っておらず、野菜も使い切りかけている。肉や米、乾麺はまだ十分にあるが、それだけで食卓を回したいわけではないので、結局また町へ行かなければならない。
ソファへ戻りかけたところで足を止めた。
「ん?」
前回買ったのは一週間分だった。なぜ一週間分だったのかと考えてみれば、単にいつもの癖である。
《無限収納》の中では時間が止まっているので、卵を一パック買おうが十パック買おうが腐らない。野菜も牛乳もパンも同じだ。
「……まとめて買えばいいじゃん」
今さら気づいた。
異世界へ来てから散々便利に使っているくせに、買い物だけ元の生活の感覚が抜けていなかったらしい。
朝食を食べていたロキがこちらを見る。
「今日、町行くよ。今度はしばらく行かなくていいくらい買う」
「うん」
少し考えてから返事をしたロキは、そのまま朝食を続けた。
前回と同じように二人で森を抜け、町へ着くと、そのまま市場へ向かった。一度来ているので店の場所も大体分かる。卵や乳製品を多めに買い、葉物や根菜も種類を変えながら収納へ入れていく。パンもどうせ劣化しないので何種類かまとめて買い、前回おいしかった焼き菓子も忘れない。
ひと月くらいは来なくて済む量を揃えていると、店の人たちは次第にこちらの姿を見つけるたび、積極的に声をかけてくるようになった。
「卵なら今朝入ったばかりのがあるよ!」
「こっちのチーズもおすすめだ。まとめて買うなら少し安くするよ!」
どうやら、収納へ次々と商品を消していく客として伝わったらしい。こちらとしても品物を探す手間が省けるので、勧められるままに新しい商品まで買い込んでいく。
「これでしばらく買い物しなくていいな」
かなり満足しながら次の店を探していると、後ろから名前を呼ばれた。
「由美さん」
振り返ると、四十代くらいの男がこちらへ歩いてくるが、顔を見てもすぐには思い出せなかった。
「……すみません、どちら様でしたっけ」
正直に聞くと、男は少しだけ笑った。
「先日、冒険者組合で素材を査定したガレスです」
「ああ」
言われて思い出した。魔物の革や牙を広げた時に、妙に真剣な顔で一つずつ確認していた人だ。
「その節はどうも」
「こちらこそ。ちょうどお会いできてよかった。少しお時間いいですか?」
「少しなら」
買い物はほとんど終わっていたのでそう答えると、先日の素材について話があるらしく、組合まで来てほしいと言われた。
「何かありました?」
「悪い話ではありません。少しご相談したいことがありまして」
ガレスの様子を見る限り問題が起きたわけではなさそうなので、そのままついていくことにした。ロキも何も言わず隣を歩いている。
組合へ着くと、前回とは違って奥の小さな部屋へ通された。テーブルを挟んで座るなり、ガレスは先日買い取った素材がどれも非常に状態がよく、加工品を扱う職人からもかなり評判がよかったのだと話し始めた。
「特に革ですね。傷が少ないうえ、鞣しにもむらがない。あの状態で継続的に入ってくるなら、欲しがる職人はかなりいます」
「そうなんですか」
《万能生産》に任せただけなので、どの程度すごいのかは相変わらず分からない。
「それで、もし可能なら、組合で仕入れた皮の加工をお願いできないかと考えています。皮の状態でお渡しして、前回のような革にしていただく。もちろん加工料はお支払いします」
それくらいならできる。《万能生産》へ入れて処理を指定すればいいだけなので、手間というほどの手間もない。
「量はどのくらいです?」
ガレスの表情が少し明るくなった。
「最初は少量からになりますが、問題がなければ定期的にお願いできればと。週に一度か、量によっては二度ほど素材をお渡しして――」
「やりません」
言い終わる前に断ると、ガレスの動きが止まった。
「……加工自体が難しいということでしょうか」
「いえ、簡単です」
「では、何か条件が?」
「定期的なのが嫌です」
週に一回、場合によっては二回、素材を受け取って加工して返す。それでは完全に仕事だった。
「決まった日に来たり、納期を気にしたりするのはしたくないので」
しばらくこちらを見ていたガレスは、やがて小さく頷いた。
「なるほど。では、単発ならどうでしょう。こちらから毎回お願いする形ではなく、気が向いた時だけでも」
「それも約束はできないです」
期待させておいてやらない方が面倒なので、最初に言っておいた方がいい。
「自分で倒した魔物を加工して持ってくることはあるかもしれません。それを買い取ってもらえるなら助かりますけど、人から預かって何日までにっていうのは嫌です」
「つまり、依頼としては受けないと」
「はい」
少し考えたあと、ガレスは苦笑した。
「分かりました。では、由美さんが持ち込んだ素材については、これまで通り状態を見て買い取らせてください」
「それならお願いします」
必要になった時に森で魔物を倒し、加工した素材を売ればいい。その方が、決まった仕事を抱えるよりずっと気が楽だった。
部屋を出ると、待っていたロキがこちらを見る。
「終わったよ」
「仕事?」
「危なかった」
危うく週一勤務が発生するところだった。
買い物はもう済んでいるので、そのまま町の出口へ向かう。今回はひと月分の食料を買えたうえ、生活費もまだ残っているし、足りなくなればまた魔物の素材を売ればいい。それなら当分、決まった時間に起きる必要も、誰かの都合に合わせて働く必要もなさそうだった。
「よし」
これで安心して、何もしない生活に戻れる。
少なくとも、今のところは。




