第72話 おしゃれの日。
翌朝、森の家を訪ねると、佐藤さんが玄関から顔を出した。
「昨日はありがとうございました。これ、お礼です」
お菓子の包みを渡すと、恐縮しながらも受け取ってくれた。
「そうだ。佐藤さん、今日は予定あります? 穂月国って昔の日本みたいな町があるんだけど、よかったら行ってみません?」
「今日は協議に出る必要もありませんし、ぜひ」
「じゃあ、セイラも誘ってみましょう!」
そのまま佐藤さんを連れて、南の島へ転移した。
◇
「……ここが、由美さんのお住まいですか?」
「そうですよー」
青い海とヴィラを見比べた佐藤さんが、何とも言えない顔をしている。そのまま東屋へ案内すると、セイラが水槽を眺めていた。
レムと教授は何やら話し込んでいるし、ロキは本を読んでいる。その隣には、もちろん爺もいた。
「あ、セイラー! ちょっとお出かけしない?」
振り返ったセイラは佐藤さんに気づくと、嬉しそうに笑った。
「あれ、佐藤さんも一緒なんですね!」
二人が話している間、佐藤さんは東屋にいる面々を不思議そうに眺めていた。
そういえば、紹介してなかった。
「あっちがレムと教授。二人とも宇宙人ね。で、こっちがロキと爺。二人とも魔族だよ。ちなみにロキは元魔王」
「…………はい?」
「ロキだ」
本から顔を上げたロキが短く挨拶すると、佐藤さんの目が見開かれた。
「ちょ、ちょっと待ってください。宇宙人? それに、元魔王って……あの子がですか!?」
「そうそう。まだ十歳なんだけどね」
「十歳……!?」
あらまあ。佐藤さんが狼狽えている。
その間にセイラを穂月国観光に誘うと、着物が売っていると聞いて目を輝かせた。
「行きたいです! 着物、着てみたかったんです!」
そういえば、着物なら眼鏡がない方がいいかも。
「ねえ、レム。眼鏡の代わりになるものってある?」
「視力補正用のレンズがある。装着者に合わせて自動調節する汎用品だ。宇宙船から出てきた」
おお、便利!
レムから受け取ったケースをセイラに渡し、あとで試してみることにした。
「……この島、驚くことばかりですね」
ようやく立ち直った佐藤さんが、小さく息をつく。
「そう? 慣れると普通だよー」
「慣れの問題でしょうか……」
あはは。そうかもしれない。
◇
リンドの冒険者組合では、アッキーたちが昨日に引き続き協議をしていた。
「べー助ー。今日、穂月国へ行くんだけど、案内してくれる人いないかな?」
「穂月国へ? それでしたら、ぜひ私も同行させてください。城に戻って指示を出したいことがございまして」
おお、ちょうどよかった。
アッキーとギルにも確認し、佐藤さんとセイラ、べー助を連れて穂月国へ転移する。
アッキーの城に到着すると、べー助はさっそく家臣たちを呼び集め、留守中の仕事の確認を始めた。
代わりに案内役を任されたのは、べー助の実弟、小松喜助。二十歳くらいの青年で、兄に似た顔立ちながら、ずいぶん愛嬌がある。
「本日は私がご案内いたします!」
「喜助くんね。じゃあ、キーちゃんだ」
「キーちゃんですか! いいですね!」
べー助は微妙な顔をしていたけれど、本人は気に入ったらしい。
元気よく歩き出したキーちゃんに案内され、私たちは城下町へ向かった。
◇
呉服屋へ入ると、壁いっぱいに色とりどりの反物が並んでいた。
私は濃紺に鮮やかな黄色い花が描かれた反物を見つけ、さっそく手に取る。
これ、絶対可愛い。
セイラも深緑の反物が気に入ったようで、光の加減で浮かび上がる織り模様を熱心に眺めていた。
着物が決まったところで帯を見せてもらったのだけれど、並んでいるものはどれも細い。
あれ? 帯ってこんなに細かったっけ。
あー、そっか。時代が違うんだ。
でも、これじゃちょっと物足りないな。
……作っちゃえばいいか。
黄色い生地を選び、幅広の帯に仕立てることにした。結び方も変えれば、もっと華やかになりそう。
「セイラのも、ちょっとアレンジしようか。襟元にレースとかどう?」
「レースですか? 素敵ですね!」
白い《聖糸》のレースを襟元と袖口にあしらい、髪飾りは青白い花にしよう。
そんな相談をしているうちに、佐藤さんにも和装を勧めたくなった。
「佐藤さんも着てみません? 絶対似合うと思うんですよね」
セイラと二人で生地を選びながら、長めの羽織にベスト、下はゆったりしたパンツと編み上げブーツを合わせることにした。
佐藤さんは少し困ったように笑っていたものの、好きにしていいと言ってくれた。
「キーちゃんも選ぼうよ。みんなでおしゃれしよう!」
「えっ、私もですか?」
最初は遠慮していたキーちゃんも、反物を見始めると楽しそうに説明してくれた。
特に気に入っているらしいのが、店の奥に飾られた深い青の織物。銀糸が織り込まれ、角度によって細かな模様が浮かび上がる。
「これ、綺麗だね。キーちゃんも好き?」
「はい! 名のある職人が織ったもので、一度は袖を通してみたいと思っておりました」
「じゃあ、これにしよっか」
「……え?」
店主まで固まっている。
「い、いえ! これは大変高価な品でして!」
「でも、似合いそうだよ?」
何度も遠慮するキーちゃんをなだめながら、結局その織物も購入した。
反物が揃ったので店主に奥の部屋を借り、《万能生産》で次々と仕立てていく。目の前で服が完成するのを見た店主は、口を開けたまま固まっていた。
まずは私から。
濃紺に黄色い花柄の着物へ、幅広の黄色い帯を華やかに結び、髪には透き通った橙色の鬼灯を模した簪を飾る。
うん、いい感じ!
セイラには深緑の着物に《聖糸》のレースをあしらい、淡い色の帯を合わせた。
「じゃあ、セイラ。さっきのレンズ、試してみよっか」
眼鏡を外してレンズを装着すると、セイラは辺りを見回して嬉しそうに声を上げた。
「すごい! 眼鏡がないのに、ちゃんと見えます!」
よかったねー、と顔を覗き込んだところで、思わず手が止まった。
……あら?
この子、めちゃくちゃ美人じゃない?
眼鏡の奥に隠れていた目は大きく、鼻筋もすっと通っている。赤毛とそばかすにばかり目がいっていたけれど、ずいぶん整った顔立ちをしていた。
「セイラ、ちょっとメイクしていい?」
そばかすはそのまま活かし、目元を少し強調して唇には柔らかな色をのせる。ふわふわの赤毛をまとめ、青白い花と揺れる飾りのついた櫛を挿してあげると、鏡の中の自分を見たセイラが、ぱっと笑顔になった。
「わあ……! こんなふうにもできるんですね!」
うんうん。可愛い。
一方、佐藤さんは藍色の長い羽織に墨色のベスト、裾を絞ったゆったりしたパンツと黒い編み上げブーツ。
上下が分かれた動きやすい仕立てなのに、狐目と細身の身体がなんとも知的で格好いい。
「おおー! 佐藤さん、似合う!」
セイラも感心していると、佐藤さんは少し照れたように目を逸らした。
さて、最後はキーちゃん。
深い青の着物だけでも印象が変わったけれど、私とセイラはその髪が気になっていた。
「キーちゃん、その髪ほどいてもいい?」
「構いませんよ!」
紐を外すと、豊かな黒髪が肩へ落ちた。
上半分を後ろでゆるくまとめ、サイドの髪を少しずつ取ってねじり編みにする。編んだ部分を後ろへ流してピンで留め、前髪をふんわり片側へ流せば完成。
「おおー! キーちゃん、いいじゃん!」
さっきまでの若武者が、今どきの雰囲気イケメンになっていた。
鏡を見た本人も驚いていたけれど、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「こんな髪型、初めてです! ありがとうございます!」
いやー、楽しいわ。着せ替え。
四人揃って店先へ出ると、店主と店員たちが目を丸くした。
私の幅広の帯と見慣れない結び方、セイラのレースに二人の髪飾り。佐藤さんの上下が分かれた和装やブーツ、キーちゃんの髪型まで、何もかも珍しいらしい。
店主が熱心に仕立て方を尋ねてきたので、真似できそうな部分をいくつか教えておいた。
◇
そのまま城下町を散策すると、これが思いのほか目立った。
特に顔なじみの多いキーちゃんは、通りを歩くたびに声をかけられているし、セイラの着物も女性たちに大好評だった。
途中で立ち寄った小間物屋では、キーちゃんが細工物を眺めながら楽しそうに説明してくれたので、気に入った品をいくつか買ってあげた。
遠慮するものの、渡せば素直に喜んでくれる。
こういう子、ついつい甘やかしたくなっちゃうのよね。
すっかり買い物を楽しんだところで、べー助を迎えにアッキーの城へ戻った。
◇
「べー助ー。そろそろ帰るよー」
書類から顔を上げたべー助が、私たちを見回してぴたりと動きを止めた。
「……お前、誰だ?」
「兄上! 喜助です!」
「……喜助!? なんだその格好は!」
あら、本当にわからなかったのね。
べー助は弟に駆け寄ると、髪型を確かめ、着物の袖を手に取ったところで顔色を変えた。
「これは……まさか、あの織物か!?」
「はい! 由美様にいただきました!」
「荒神様! この品がいかほどのものか、ご存じでございますか!?」
「えーと、綺麗だったから買っちゃった」
「城下に屋敷が一軒建ちますぞ!」
「へえー。そんなにするんだ」
「へえー、ではございませぬ!」
さらに羽織紐や細工物まで見つけてしまい、今にも倒れそうな顔をしている。
「兄上、私もとても気に入っております!」
嬉しそうに着物の袖を撫でる弟を前に、べー助はとうとう頭を抱えてしまった。
◇
さて、べー助を会議に戻さないとね。
そうだ。せっかくだから、みんなにも見せちゃおう!
セイラに目配せして、全員まとめて冒険者組合の会議室へ転移する。
「じゃじゃーーん!」
突然現れた私たちに、会議室中の視線が集まった。
「見て見てー! 穂月国でおしゃれしてきたの!」
セイラと並んでくるりと回ると、真っ先にバルトさんが豪快に笑った。
「はっはっは! こいつは見事だ! ずいぶんと華やかになったな!」
ギルは額を押さえているけれど、金ゴンとハルちゃんは私たちの着物を見た途端、身を乗り出してきた。
「その仕立ては、穂月国のものですか?」
「反物は向こうで買ったけど、形は私がちょっと変えたの」
ハルちゃんはセイラのレースや私の帯に興味津々で、金ゴンは佐藤さんの和装やキーちゃんの髪型を熱心に観察している。
やがて二人で何やら相談を始めると、キーちゃんへ声をかけた。
「喜助殿、新しい仕立てを試してみたいのですが、ご協力いただけませんか?」
「私でよろしければ、喜んで!」
おお、キーちゃん、人気者だねえ。
隣でべー助がまたしても頭を抱えているけれど、ハルちゃんと金ゴンはもう試作品の相談で盛り上がっていた。
どうやらキーちゃん、しばらく着せ替え人形になりそうね。
その横で、ギルが深いため息をついた。
「……由美。お前は観光に行ったんじゃなかったのか?」
「行ってきたよ? 楽しかったー!」
「そうか……」
ギルはそれ以上何も言わなかった。
ただ、机に広げられた交易関係の書類が、いつの間にか一枚増えていた。




