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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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第72話 おしゃれの日。

 翌朝、森の家を訪ねると、佐藤さんが玄関から顔を出した。


「昨日はありがとうございました。これ、お礼です」


 お菓子の包みを渡すと、恐縮しながらも受け取ってくれた。


「そうだ。佐藤さん、今日は予定あります? 穂月国って昔の日本みたいな町があるんだけど、よかったら行ってみません?」


「今日は協議に出る必要もありませんし、ぜひ」


「じゃあ、セイラも誘ってみましょう!」


 そのまま佐藤さんを連れて、南の島へ転移した。


◇


「……ここが、由美さんのお住まいですか?」


「そうですよー」


 青い海とヴィラを見比べた佐藤さんが、何とも言えない顔をしている。そのまま東屋へ案内すると、セイラが水槽を眺めていた。


 レムと教授は何やら話し込んでいるし、ロキは本を読んでいる。その隣には、もちろん爺もいた。


「あ、セイラー! ちょっとお出かけしない?」


 振り返ったセイラは佐藤さんに気づくと、嬉しそうに笑った。


「あれ、佐藤さんも一緒なんですね!」


 二人が話している間、佐藤さんは東屋にいる面々を不思議そうに眺めていた。


 そういえば、紹介してなかった。


「あっちがレムと教授。二人とも宇宙人ね。で、こっちがロキと爺。二人とも魔族だよ。ちなみにロキは元魔王」


「…………はい?」


「ロキだ」


 本から顔を上げたロキが短く挨拶すると、佐藤さんの目が見開かれた。


「ちょ、ちょっと待ってください。宇宙人? それに、元魔王って……あの子がですか!?」


「そうそう。まだ十歳なんだけどね」


「十歳……!?」


 あらまあ。佐藤さんが狼狽えている。


 その間にセイラを穂月国観光に誘うと、着物が売っていると聞いて目を輝かせた。


「行きたいです! 着物、着てみたかったんです!」


 そういえば、着物なら眼鏡がない方がいいかも。


「ねえ、レム。眼鏡の代わりになるものってある?」


「視力補正用のレンズがある。装着者に合わせて自動調節する汎用品だ。宇宙船から出てきた」


 おお、便利!


 レムから受け取ったケースをセイラに渡し、あとで試してみることにした。


「……この島、驚くことばかりですね」


 ようやく立ち直った佐藤さんが、小さく息をつく。


「そう? 慣れると普通だよー」


「慣れの問題でしょうか……」


 あはは。そうかもしれない。


◇


 リンドの冒険者組合では、アッキーたちが昨日に引き続き協議をしていた。


「べー助ー。今日、穂月国へ行くんだけど、案内してくれる人いないかな?」


「穂月国へ? それでしたら、ぜひ私も同行させてください。城に戻って指示を出したいことがございまして」


 おお、ちょうどよかった。


 アッキーとギルにも確認し、佐藤さんとセイラ、べー助を連れて穂月国へ転移する。


 アッキーの城に到着すると、べー助はさっそく家臣たちを呼び集め、留守中の仕事の確認を始めた。


 代わりに案内役を任されたのは、べー助の実弟、小松喜助。二十歳くらいの青年で、兄に似た顔立ちながら、ずいぶん愛嬌がある。


「本日は私がご案内いたします!」


「喜助くんね。じゃあ、キーちゃんだ」


「キーちゃんですか! いいですね!」


 べー助は微妙な顔をしていたけれど、本人は気に入ったらしい。


 元気よく歩き出したキーちゃんに案内され、私たちは城下町へ向かった。


◇


 呉服屋へ入ると、壁いっぱいに色とりどりの反物が並んでいた。


 私は濃紺に鮮やかな黄色い花が描かれた反物を見つけ、さっそく手に取る。


 これ、絶対可愛い。


 セイラも深緑の反物が気に入ったようで、光の加減で浮かび上がる織り模様を熱心に眺めていた。


 着物が決まったところで帯を見せてもらったのだけれど、並んでいるものはどれも細い。


 あれ? 帯ってこんなに細かったっけ。


 あー、そっか。時代が違うんだ。


 でも、これじゃちょっと物足りないな。


 ……作っちゃえばいいか。


 黄色い生地を選び、幅広の帯に仕立てることにした。結び方も変えれば、もっと華やかになりそう。


「セイラのも、ちょっとアレンジしようか。襟元にレースとかどう?」


「レースですか? 素敵ですね!」


 白い《聖糸》のレースを襟元と袖口にあしらい、髪飾りは青白い花にしよう。


 そんな相談をしているうちに、佐藤さんにも和装を勧めたくなった。


「佐藤さんも着てみません? 絶対似合うと思うんですよね」


 セイラと二人で生地を選びながら、長めの羽織にベスト、下はゆったりしたパンツと編み上げブーツを合わせることにした。


 佐藤さんは少し困ったように笑っていたものの、好きにしていいと言ってくれた。


「キーちゃんも選ぼうよ。みんなでおしゃれしよう!」


「えっ、私もですか?」


 最初は遠慮していたキーちゃんも、反物を見始めると楽しそうに説明してくれた。


 特に気に入っているらしいのが、店の奥に飾られた深い青の織物。銀糸が織り込まれ、角度によって細かな模様が浮かび上がる。


「これ、綺麗だね。キーちゃんも好き?」


「はい! 名のある職人が織ったもので、一度は袖を通してみたいと思っておりました」


「じゃあ、これにしよっか」


「……え?」


 店主まで固まっている。


「い、いえ! これは大変高価な品でして!」


「でも、似合いそうだよ?」


 何度も遠慮するキーちゃんをなだめながら、結局その織物も購入した。


 反物が揃ったので店主に奥の部屋を借り、《万能生産》で次々と仕立てていく。目の前で服が完成するのを見た店主は、口を開けたまま固まっていた。


 まずは私から。


 濃紺に黄色い花柄の着物へ、幅広の黄色い帯を華やかに結び、髪には透き通った橙色の鬼灯を模した簪を飾る。


 うん、いい感じ!


 セイラには深緑の着物に《聖糸》のレースをあしらい、淡い色の帯を合わせた。


「じゃあ、セイラ。さっきのレンズ、試してみよっか」


 眼鏡を外してレンズを装着すると、セイラは辺りを見回して嬉しそうに声を上げた。


「すごい! 眼鏡がないのに、ちゃんと見えます!」


 よかったねー、と顔を覗き込んだところで、思わず手が止まった。


 ……あら?


 この子、めちゃくちゃ美人じゃない?


 眼鏡の奥に隠れていた目は大きく、鼻筋もすっと通っている。赤毛とそばかすにばかり目がいっていたけれど、ずいぶん整った顔立ちをしていた。


「セイラ、ちょっとメイクしていい?」


 そばかすはそのまま活かし、目元を少し強調して唇には柔らかな色をのせる。ふわふわの赤毛をまとめ、青白い花と揺れる飾りのついた櫛を挿してあげると、鏡の中の自分を見たセイラが、ぱっと笑顔になった。


「わあ……! こんなふうにもできるんですね!」


 うんうん。可愛い。


 一方、佐藤さんは藍色の長い羽織に墨色のベスト、裾を絞ったゆったりしたパンツと黒い編み上げブーツ。


 上下が分かれた動きやすい仕立てなのに、狐目と細身の身体がなんとも知的で格好いい。


「おおー! 佐藤さん、似合う!」


 セイラも感心していると、佐藤さんは少し照れたように目を逸らした。


 さて、最後はキーちゃん。


 深い青の着物だけでも印象が変わったけれど、私とセイラはその髪が気になっていた。


「キーちゃん、その髪ほどいてもいい?」


「構いませんよ!」


 紐を外すと、豊かな黒髪が肩へ落ちた。


 上半分を後ろでゆるくまとめ、サイドの髪を少しずつ取ってねじり編みにする。編んだ部分を後ろへ流してピンで留め、前髪をふんわり片側へ流せば完成。


「おおー! キーちゃん、いいじゃん!」


 さっきまでの若武者が、今どきの雰囲気イケメンになっていた。


 鏡を見た本人も驚いていたけれど、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「こんな髪型、初めてです! ありがとうございます!」


 いやー、楽しいわ。着せ替え。


 四人揃って店先へ出ると、店主と店員たちが目を丸くした。


 私の幅広の帯と見慣れない結び方、セイラのレースに二人の髪飾り。佐藤さんの上下が分かれた和装やブーツ、キーちゃんの髪型まで、何もかも珍しいらしい。


 店主が熱心に仕立て方を尋ねてきたので、真似できそうな部分をいくつか教えておいた。


◇


 そのまま城下町を散策すると、これが思いのほか目立った。


 特に顔なじみの多いキーちゃんは、通りを歩くたびに声をかけられているし、セイラの着物も女性たちに大好評だった。


 途中で立ち寄った小間物屋では、キーちゃんが細工物を眺めながら楽しそうに説明してくれたので、気に入った品をいくつか買ってあげた。


 遠慮するものの、渡せば素直に喜んでくれる。


 こういう子、ついつい甘やかしたくなっちゃうのよね。


 すっかり買い物を楽しんだところで、べー助を迎えにアッキーの城へ戻った。


◇


「べー助ー。そろそろ帰るよー」


 書類から顔を上げたべー助が、私たちを見回してぴたりと動きを止めた。


「……お前、誰だ?」


「兄上! 喜助です!」


「……喜助!? なんだその格好は!」


 あら、本当にわからなかったのね。


 べー助は弟に駆け寄ると、髪型を確かめ、着物の袖を手に取ったところで顔色を変えた。


「これは……まさか、あの織物か!?」


「はい! 由美様にいただきました!」


「荒神様! この品がいかほどのものか、ご存じでございますか!?」


「えーと、綺麗だったから買っちゃった」


「城下に屋敷が一軒建ちますぞ!」


「へえー。そんなにするんだ」


「へえー、ではございませぬ!」


 さらに羽織紐や細工物まで見つけてしまい、今にも倒れそうな顔をしている。


「兄上、私もとても気に入っております!」


 嬉しそうに着物の袖を撫でる弟を前に、べー助はとうとう頭を抱えてしまった。


◇


 さて、べー助を会議に戻さないとね。


 そうだ。せっかくだから、みんなにも見せちゃおう!


 セイラに目配せして、全員まとめて冒険者組合の会議室へ転移する。


「じゃじゃーーん!」


 突然現れた私たちに、会議室中の視線が集まった。


「見て見てー! 穂月国でおしゃれしてきたの!」


 セイラと並んでくるりと回ると、真っ先にバルトさんが豪快に笑った。


「はっはっは! こいつは見事だ! ずいぶんと華やかになったな!」


 ギルは額を押さえているけれど、金ゴンとハルちゃんは私たちの着物を見た途端、身を乗り出してきた。


「その仕立ては、穂月国のものですか?」


「反物は向こうで買ったけど、形は私がちょっと変えたの」


 ハルちゃんはセイラのレースや私の帯に興味津々で、金ゴンは佐藤さんの和装やキーちゃんの髪型を熱心に観察している。


 やがて二人で何やら相談を始めると、キーちゃんへ声をかけた。


「喜助殿、新しい仕立てを試してみたいのですが、ご協力いただけませんか?」


「私でよろしければ、喜んで!」


 おお、キーちゃん、人気者だねえ。


 隣でべー助がまたしても頭を抱えているけれど、ハルちゃんと金ゴンはもう試作品の相談で盛り上がっていた。


 どうやらキーちゃん、しばらく着せ替え人形になりそうね。


 その横で、ギルが深いため息をついた。


「……由美。お前は観光に行ったんじゃなかったのか?」


「行ってきたよ? 楽しかったー!」


「そうか……」


 ギルはそれ以上何も言わなかった。


 ただ、机に広げられた交易関係の書類が、いつの間にか一枚増えていた。

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