第71話 国際交流の日。
昨日、穂月国と最初の町を行き来できる転移門を作ったから、今日は両国の偉い人たちに顔合わせをしてもらう予定だ。
とはいえ、私は難しい話なんてできないし、する気もない。
詳しいことは詳しい人たちに任せるとして、まずはアッキーたちを迎えに行こう。
◇
昨日と同じ城壁の内側へ転移すると、石造りの門の前に五人の男女が並んでいた。
「おはよー。みんな揃ってるね」
「……おはようございます、荒神様」
アッキーが頭を下げ、それに合わせて残りの四人も一斉に礼をする。
それにしても、全員顔色が悪い。目の下に隈がある人もいるし、アッキーなんて昨日より疲れて見える。
「みんな、寝不足?」
「……昨夜は、少々話し合いが長引きまして」
「そっか。お疲れさま」
偉い人たちは大変だねぇ。
アッキー以外の四人とは、ちゃんと話した覚えがないので、まずは名前を聞いておこう。
最初に名乗ったのは、アッキーより頭一つ以上大きな、いかにも武将という感じの男性だった。
「鬼塚虎丸と申す。城を預かる身にございます」
「……虎丸か。じゃあ、ニャン丸ね」
「……にゃん?」
うん。虎だって大きな猫だしね。
本人はなぜか固まっているけれど、次の人が前に出たので、そちらへ向き直った。
「金森豊久と申します。同じく、城主を務めております」
「金森……金ゴンね。よろしく」
「……金ゴン、ですか?」
「うん」
なんとなく懐かしい響きだわ。
続いて、アッキーの家臣だという男性が名乗った。
「小松平助にございます」
「平助か。じゃあ、べー助ね」
「……べー助、でございますか?」
「うん。よろしく」
最後は、ほかの人たちほど緊張していない様子の女性だった。
「福屋お春と申します。商いをしております」
「お春さんね。じゃあ、ハルちゃんで」
「ふふ、承知いたしました」
初めてすんなり受け入れてもらえた。
いい人だな、ハルちゃん。
「あ、そうだ。これ渡しておくね」
《無限収納》から、昨日レムに作ってもらったイヤーカフ型の翻訳機を五つ取り出した。
「耳につけておけば、向こうの国の人とも話せるようになるから」
アッキーが装着すると、残りの四人もそれにならって耳につけた。
これで準備完了。
携帯を取り出してギルに連絡すると、すぐにつながった。
『……由美か』
「ギル、今からそっち行くよ。みんな集まってる?」
『ああ。王子殿下をはじめ、関係者は揃っている』
「じゃあ、転移門の前に行くね」
『由美、門はまだ――』
「開通させないよ。今日は私が連れていくから」
『……わかった。到着したら案内をつける』
「ありがと。じゃ、あとで」
通信を切り、五人を振り返った。
「それじゃ、行こっか」
全員が頷いたのを確認して、転移した。
◇
目の前には、昨日設置した石造りの門がある。
警備の兵士たちは突然現れた私たちに驚いていたものの、すぐに案内役の男性が駆け寄ってきた。
「由美様ですね。ご案内いたします」
「ありがとうございます」
アッキーたちは、穂月国にあるものと同じ形の門を見上げていた。
「これがこっち側の門ね。まだ使えるようにはしてないから、今日は私が連れてきたの」
「……本当に、異国へ来たのですな」
アッキーがぽつりと呟く。
「そうだよ。ほら、向こうに町もあるでしょ?」
城壁を指さすと、五人は揃ってそちらを見た。
穂月国とは建物の形も違うし、初めて見る景色なら驚くのかもしれない。
案内の男性に促され、私たちは町の中へ向かった。
◇
冒険者組合の奥にある会議室へ通されると、大きな机を囲んで何人かの男性が待っていた。
あ、前に王宮で会った王子がいる。
その隣には上品な雰囲気の年配の男性と、書類を揃えている若い男性。さらに、ものすごく大きな体格のおじさんが座っていた。
ギルもいる。
「ギル、連れてきたよ」
「ああ。こちらへ」
案内された席につくと、アッキーが穂月国の代表として立ち上がった。
「穂月国の城主、明智景継と申します。本日は、このような機会を設けていただき、感謝申し上げます」
続いて残りの四人も、それぞれ名前と立場を名乗り、丁寧に挨拶を交わした。
今度は王子が立ち上がる。
「ようこそお越しくださいました。私はレイヴェル王国第一王子、アルフレディウス・マクシミリアン・レオポルド・レイヴェルと申します」
「長っ! あ、すみません。どうぞ続けて」
思わず口に出してしまった。
それにしても、長い! 長すぎるよ……。
アルにしよう。
そう決めて、私は王子の挨拶の続きを聞いた。
それに、ここはレイヴェル王国っていうのね。知らなかった。
王子が席に戻ると、今度は年配の男性が立ち上がり、オズワルド・クラウスと名乗った。どうやら宰相さんらしい。
続いて、書類を揃えていた若い男性がエリオット・リースと自己紹介した。
エリオット……愛しのエリーか。うん、エリーでいいや。
最後に大柄なおじさんが立ち上がる。
「バルト・グレインだ。この地を治める辺境伯を務めている。遠路はるばる、よくお越しくださった」
立ち上がると、ますます大きい。
短く切った髪には少し白いものが混じっているけれど、がっしりした体格で、いかにも強そうなおじさんだ。
双方の挨拶が終わったところで、バルトさんが私に向き直った。
「さて、由美殿。あの転移門を置いたのは君だと聞いたが」
「あ、それ。勝手に置いちゃってごめんなさい。ダメなら森の方に移すけど」
「はっはっは! もう置いてあるんだろう? ならば、活用しない手はないじゃないか!」
「そう? よかった」
「ただし、異国へ通じる門だからな。開くのは条件を決めてからにしてくれ。設置場所はあのままで構わんし、警備はこちらで引き受けよう」
「まだ開けてないから大丈夫」
「うむ。それなら問題ない」
話が早い人で助かった。
すると、宰相さんが穏やかな声で口を開いた。
「では、門の設置場所については辺境伯閣下のご判断をいただけましたね。エリオット、後ほど必要な記録をお願いします」
「承知いたしました」
「交易条件については、まず双方のご希望を伺うところから始めましょう」
宰相さんは微笑みながら必要な指示を出していく。周りの人たちも慣れているのか、すぐに動き始めた。
仕事のできる人なんだなぁ。
門の設置場所も問題ないみたいだし、あとは偉い人同士で話してもらえばよさそうだ。
ただ、アッキーたちは初めての異国で、しかもこれから何日か滞在する予定なんだよね。
言葉は通じても、文化は結構違うはずだ。穂月国なんて、ほとんど昔の日本みたいだったし。
ん? 佐藤さんなら、少しは相談に乗ってくれるかもしれない。
「ちょっと行ってくる。手伝ってくれそうな人がいるから」
「……由美?」
ギルがこちらを見たものの、私は手を振って会議室を出た。
◇
森の家の玄関前に転移して扉をノックすると、しばらくして佐藤さんが顔を出した。
「……由美さん? どうしました?」
「急にごめんね。ちょっとお願いがあるんだけど、今、時間ある?」
「ええ。何でしょう?」
穂月国から外交の使節団が来ていること、その国が日本の戦国時代によく似た文化を持っていることを説明し、文化面での補佐をお願いできないか聞いてみた。
「なるほど。正式な交渉は両国の方々が行って、私は文化的な面でお手伝いする、ということですね」
「そうそう。無理なら全然いいんだけど」
「いえ、興味があります。私にわかる範囲でよろしければ、ぜひ」
「ほんと? ありがとう、助かる」
身支度を整えに戻った佐藤さんを玄関先で待ち、準備ができたところで、一緒に冒険者組合へ転移した。
◇
「ただいま。助っ人を連れてきたよ」
会議室に戻り、佐藤さんを紹介する。
「こちら、佐藤さん。私と同じ日本人なの」
「佐藤圭介と申します。よろしくお願いいたします」
丁寧に頭を下げる佐藤さんに、宰相さんも笑顔で応じた。
「これは心強い。ぜひ、お力添えをお願いいたします」
「私でお役に立てることでしたら」
これなら安心かな。
「穂月国ってね、日本の戦国時代に近い文化の国なの。建物とか服とかも、すごく似てるんだよ」
「それは興味深いですね」
「つい最近まで、本当の戦国時代だったんだけどね」
佐藤さんの表情が少し変わった。
「……つい最近まで、とは?」
「お米と味噌と醤油が欲しかったからさ、戦争やめてもらったの」
「…………」
会議室が静まり返った。
佐藤さんは口を開きかけて、そのまま止まっている。
アルも宰相さんも、私を見つめたまま動かない。エリーなんて、持っていたペンが宙で止まってる。
アッキーは遠い目をしているし、ニャン丸と金ゴンは下を向いている。べー助は眉間を押さえ、ハルちゃんだけが小さく笑っていた。
……え? なんで?
戦争してたら、落ち着いて買い物もできないじゃない。
すると、突然、大きな笑い声が響いた。
「はっはっは! 買い物のために戦を終わらせたのか! それはまた豪快な話だな!」
バルトさんだった。
「米のためなら、えんやこらでしょ」
「はっはっは! なるほど、実に面白い!」
佐藤さんがなんとも言えない顔をしている。
王国側の人たちは、なぜか首を傾げていた。
まあ、いいか。
「……由美さん。念のため確認したいのですが、戦争をやめてもらったというのは、具体的には?」
「戦争してる偉い人たちを集めて、戦争やめるために話し合ってってお願いしたの」
「……お願い、ですか」
「そうだよ」
佐藤さんはしばらく黙っていた。
「……わかりました。詳しい経緯は、また後ほど伺います」
「オッケー」
宰相さんが小さく咳払いをした。
「では、穂月国の皆様が落ち着いて協議できるよう、まずは今後の日程についてお話しいたしましょう」
それからは、双方の代表者たちが宿泊場所や今後の予定について相談を始めた。
バルトさんが、穂月国の五人には町の宿を用意していると伝えると、アッキーが深々と頭を下げる。
「ご厚意、痛み入ります」
「遠くから来た客人だからな。滞在中は不自由のないよう手配させよう」
どうやら、しばらくはここに滞在して、交易の条件や門の使い方を決めるらしい。
宰相さんは必要なことをエリーに任せながら話を進め、佐藤さんも尋ねられたことに丁寧に答えていた。
これなら私がいなくても大丈夫そうだ。
「じゃあ、あとはよろしくね」
席を立つと、ギルがこちらを振り返った。
「……どこへ行く?」
「帰るよ。難しい話はみんなに任せるね」
「お前な……」
「あ、佐藤さんも無理しないでね。今日は手伝ってくれてありがとう」
「いえ。私も興味がありますので、もう少しお話を伺ってから戻ります」
「そっか。じゃあ、またね」
バルトさんもこちらを向いた。
「由美殿。また面白い話があったら、ぜひ聞かせてくれ」
「うん。バルトさんもね」
「はっはっは! 楽しみにしているよ」
なんだか気が合いそうな人だ。
アッキーたちにも挨拶をして、最後にギルへ声をかけると、私は南の島へ転移した。
◇
南の島へ戻って、ふと佐藤さんのことを考えた。
今日は突然押しかけて、お願いまでしちゃったな。
お礼に、ちょっといいお菓子でも持っていこうかな。
そう決めて、パントリーへ向かった。




