第70話 もう置いた。
あ、海苔。
南の島でのんびりしていたら、ふと思い出した。
そういえば、穂月国のアッキーに海苔とウニと餡子を頼んでたんだった。あれから結構経ってるし、そろそろ揃ってるんじゃない?
よし。ちょっと行ってこよう。
そうと決まれば早い。飲みかけのお茶を片づけ、アッキーの城へ転移した。
◇
城壁に囲まれた広い敷地に降り立つと、近くにいた兵士が持っていた槍を取り落とした。ほかの兵士たちも一斉にこちらを振り返り、何人かはその場で固まっている。
あれ? そんなに驚く?
「こんにちはー。アッキーいる?」
声をかけた途端、一人が慌てて走り出したので、そのまま待っていると、しばらくして見覚えのある男性が現れた。
アッキーだ。
こちらを見た瞬間、ぴたりと足を止め、なぜか空を仰いでいる。
「アッキー! 久しぶりー!」
「……こ、これは荒神様。ようこそお越しくださいました」
ちゃんと挨拶してくれるあたり、さすが偉い人だ。だけど、なんとなく顔色がよくない。
「どうした? 具合悪い?」
「いえ……。少々、予想より早いご来訪でしたので」
「え? 私、来る日なんて言ってたっけ?」
「……いえ」
「そんなことより、前に頼んでた海苔とかウニとか、どうなったかなーと思って」
そう尋ねた途端、アッキーの表情が微妙に変わった。
「餡子につきましては、すでに職人たちが作れるようになっております。海苔も似たものは見つかっておりますが、板状に加工する方法がまだ確立しておりません。ウニにつきましても、漁師たちに探させておりますが……」
なるほど。まだ揃ってないのね。
餡子ができたのは嬉しいけれど、海苔もウニもとなると、また様子を見に来なきゃいけないのか。
……めんどくさいな。
いや、待てよ。
なんで私が毎回来なきゃいけないんだ?
向こうから届けてもらえばいいじゃん。
でも、普通に運んでもらったら時間がかかるだろうし……。
うーん…。
! 転移門作ればいいじゃん!
それなら、私がいちいち運ばなくても済むしね。
「アッキー、ちょっと場所借りるねー」
「……はい?」
城壁の内側を見回し、人の邪魔にならなそうな広い場所へ移動する。
荷車も通れるくらいの大きさにして、許可した人しか使えないようにしておけばいいよね。
よし。《万能生産》!
目の前に大きな石造りの門が現れた。
ついでに対になる門も作って、そちらは《無限収納》へしまっておく。
うん。いい感じ!
振り返ると、アッキーが門を見上げたまま固まっていた。後ろにいる家臣や兵士たちも、揃って口を開けている。
「荒神様……これは、いったい?」
「転移門だよ。別の国と行き来できるようにするの。そうすれば、海苔とかウニとか、できたら持ってきてもらえるでしょ?」
「……別の、国でございますか」
「うん。せっかくだから、お互いに欲しいものを売り買いしてもいいんじゃない? 向こうには珍しいものもいっぱいあるし」
国同士のやり取りって、いろいろ面倒な決まりがあるんだろうけど、そういうのは詳しい人に任せればいいよね。
幸い、向こうにはギルがいる。
うん。何とかなりそう!
「じゃあアッキー、明日までに一緒に行く人を四人選んどいてね。アッキーも入れて五人。向こうの人と話せる道具も用意しておくから」
「……明日、でございますか?」
「うん。迎えに来るね。門はまだ使えないから、そのままにしといてー」
アッキーが何か言いかけたものの、準備もあるし、あまり長居するのも悪いよね。
「それじゃ、また明日ー!」
手を振って、南の島へ転移した。
◇
南の島に戻ると、ちょうど東屋にレムがいた。
「レムー! 翻訳機、五個作ってくれない?」
「五個か。少し待て」
事情を簡単に話すと、レムは手元の作業を中断し、ほどなく小さなイヤーカフを五つ差し出した。
耳の縁に引っかける細い輪っかで、これなら目立たないし、邪魔にもならなそう。
「ありがとー! 助かる!」
さすが宇宙人。仕事が早い。
翻訳機を《無限収納》へしまい、今度は最初の町へ転移した。
◇
町の入口から少し離れた街道脇に、広い空き地がある。荷車が通っても邪魔にならなそうなので、そこへ収納していたもう一つの転移門を設置した。
よし、これで完成!
まだ使える状態にはしていないけれど、準備はできた。
近くを歩いていた人たちが突然現れた門を見て騒いでいたものの、とりあえずギルに知らせておこう。
冒険者組合へ向かうと、いつもの窓口に見慣れた顔があった。
「ギルー! ちょっとお願いがあるんだけど」
私を見るなり、ギルが書類から顔を上げた。
「……由美。今度は何だ?」
「町の外に転移門作ったから、あとはよろしくねー」
「…………は?」
「転移門。穂月国っていう国と行き来できるやつ。町の入口の近くに置いてきたよ」
ギルはしばらく私を見つめたあと、ゆっくりと書類を机に置いた。
「……穂月国? どこにあるんだ?」
「さあ? 転移で行ってるから、距離はわかんない」
「……場所もわからない国と、行き来できる門を作ったのか?」
「うん。日本みたいな国なんだよ。お米も味噌もあってね、海苔とウニも頼んでるの。毎回取りに行くの面倒だから、持ってきてもらおうと思って」
ギルは眉間を押さえたまま、しばらく黙っていた。
「……コメとはなんだ?」
「え? 前に食べたじゃん。ほら、白くて粒々のやつ」
「…………」
あれ? 覚えてない?
まあ、食べ物の名前なんて、いちいち覚えてないよねぇ。
「とにかく、明日向こうの偉い人を連れてくるから、こっちの偉い人と話してもらえばいいんじゃない?」
「待て。先ほど、町の外に置いたと言ったな?」
「うん。もう置いたよ?」
「なぜ先に相談しない!!」
おお。久しぶりに大きな声出したねぇ。
なんでも、領主の許可が必要なんだとか。
「そっかーごめんごめん。じゃあ、森の方に移すねー」
「待て! もう設置したなら、まずは領主様に判断を仰ぐ。勝手に動かすな」
「そうなの? じゃあ、そのままにしとくねー」
ギルは大きく息を吐くと、机の上の書類を脇へ寄せた。
「……王宮にも連絡が必要だ。明日などと言わず、まずは正式な返答を待て」
「わかったー。じゃあ明日、返事を聞きに来るね!」
「由美! そういう意味じゃ――」
まあ、ギルなら何とかしてくれるでしょ。
お願いも済んだし、あとは帰ろう。
「じゃあ、よろしくねー!」
南の島へ戻った私は、さっそくお茶とお菓子を用意した。
これで海苔もウニも、わざわざ取りに行かなくてよくなるかもしれない。
しかも、明日は国同士の顔合わせ。
どんな感じになるんだろうねぇ。
楽しみだなー♪
***
荒神様が消えたあと、明智景継は城壁の内側に現れた巨大な門を見上げていた。
つい先ほどまで、ここには何もなかった。それが今では、荷車が余裕で通れるほどの石造りの門が、まるで昔から存在していたかのように鎮座している。
「……殿。いかがいたしましょう」
家臣の問いに、景継はしばらく答えられなかった。
荒神様が異国への門だと言ったのだから、恐らくそうなのだろう。かつて城主たちを強制的に集め、戦を終わらせた人物である。今さら何が起きても不思議ではない。
だが、異国との交易を自分一人で決めるわけにはいかない。
穂月国では戦が終結したものの、各城主はそれぞれの領地を治めている。突然現れた異国への道をどう扱うのか、早急に話し合う必要があった。
「近隣の城主たちへ早馬を出せ。今夜中に集まれる者は、すぐに城へ。遠方にも急報を送れ」
家臣たちが慌ただしく走り出す中、景継は翌日同行させる四人の選定にも取りかかった。
相手国がどこにあるのか、どのような国なのかさえわからない。しかも明日には、その国の者たちと顔を合わせるという。
ようやく戦が終わり、落ち着きを取り戻してきたところだったのに。
……甘かった。
荒神様がしばらく姿を見せなかったので、もう穏やかに暮らせるものと思っていた。
夜になり、駆けつけた城主たちを交えて会議が始まった。
突然できた門をどう守るのか。交易が始まれば、各領地の扱いはどうなるのか。相手国へ持参する品は何がよいのか。
議論は尽きず、日付が変わろうとしても、誰一人席を立てなかった。
景継は、ふと今回の発端を思い返した。
海苔とウニと餡子。
……たった、それだけだったはずなのだ。
以前は米を求めて現れ、国中の戦を終わらせていった。
そして今度は、食材を取りに来るのが面倒だという理由で、異国への道を作ってしまった。
手元の湯呑みに目を落とすと、まだ一口も飲んでいない茶が、すっかり冷めていた。
「……胃薬を」
小さな呟きを聞き取った家臣が、慌てて席を立った。
***
一方、リンドの町の冒険者組合では、ギルが領主への使者を送り出したところだった。
町の入口近くに、正体不明の巨大な門が出現した。
設置したのは由美。
行き先は、穂月国という聞いたこともない国。所在地は不明。
しかも、明日にはその国の責任者が、随行者四名を連れてやってくるという。
「……どう報告しろというんだ、これは」
思わず呟いたものの、書かないわけにもいかない。
門の周辺には職員を向かわせ、警備の手配も進めている。だが、問題はそこから先だった。
他国との外交や交易など、冒険者組合の権限をはるかに超えている。領主への報告だけでなく、王宮にも至急知らせなければならない。
ギルは必要事項をまとめた魔法便を送り出し、椅子に深く腰を下ろした。
せめて数日あれば、まだ準備のしようもあるのだが。
……明日。
あの女は、明日と言ったのだ。
やがて王宮から返答が届いた。
予想以上の早さに少しだけ安堵したものの、文面を読み進めたギルの手が止まる。
王宮でも早急に対応するとのことだったが、その後に続く一文が問題だった。
――王子殿下が、現地への視察を強く希望されている。
「…………」
そうだった。
あの王子は、以前から由美に興味を示していたのだ。
ならば、今回のような前代未聞の出来事を知って、黙っているはずがない。
ギルは手紙を机に置き、深くため息をついた。
領主への説明、王宮との調整、見知らぬ国から来る五人の対応。そのうえ、今度は王子の視察まで加わろうとしている。
……由美。
お前は一体、どこまで話を大きくすれば気が済むんだ。
今頃あいつは、明日が楽しみだとでも言いながら、南の島でのんびり茶を飲んでいるのだろう。
ギルは、机に積み上がった通常業務の書類を眺めた。
今日は、帰れそうにない。




