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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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第70話 もう置いた。

 あ、海苔。


 南の島でのんびりしていたら、ふと思い出した。


 そういえば、穂月国のアッキーに海苔とウニと餡子を頼んでたんだった。あれから結構経ってるし、そろそろ揃ってるんじゃない?


 よし。ちょっと行ってこよう。


 そうと決まれば早い。飲みかけのお茶を片づけ、アッキーの城へ転移した。


◇


 城壁に囲まれた広い敷地に降り立つと、近くにいた兵士が持っていた槍を取り落とした。ほかの兵士たちも一斉にこちらを振り返り、何人かはその場で固まっている。


 あれ? そんなに驚く?


「こんにちはー。アッキーいる?」


 声をかけた途端、一人が慌てて走り出したので、そのまま待っていると、しばらくして見覚えのある男性が現れた。


 アッキーだ。


 こちらを見た瞬間、ぴたりと足を止め、なぜか空を仰いでいる。


「アッキー! 久しぶりー!」


「……こ、これは荒神様。ようこそお越しくださいました」


 ちゃんと挨拶してくれるあたり、さすが偉い人だ。だけど、なんとなく顔色がよくない。


「どうした? 具合悪い?」


「いえ……。少々、予想より早いご来訪でしたので」


「え? 私、来る日なんて言ってたっけ?」


「……いえ」


「そんなことより、前に頼んでた海苔とかウニとか、どうなったかなーと思って」


 そう尋ねた途端、アッキーの表情が微妙に変わった。


「餡子につきましては、すでに職人たちが作れるようになっております。海苔も似たものは見つかっておりますが、板状に加工する方法がまだ確立しておりません。ウニにつきましても、漁師たちに探させておりますが……」


 なるほど。まだ揃ってないのね。


 餡子ができたのは嬉しいけれど、海苔もウニもとなると、また様子を見に来なきゃいけないのか。


 ……めんどくさいな。


 いや、待てよ。


 なんで私が毎回来なきゃいけないんだ?


 向こうから届けてもらえばいいじゃん。


 でも、普通に運んでもらったら時間がかかるだろうし……。


 うーん…。


 ! 転移門作ればいいじゃん!


 それなら、私がいちいち運ばなくても済むしね。


「アッキー、ちょっと場所借りるねー」


「……はい?」


 城壁の内側を見回し、人の邪魔にならなそうな広い場所へ移動する。


 荷車も通れるくらいの大きさにして、許可した人しか使えないようにしておけばいいよね。


 よし。《万能生産》!


 目の前に大きな石造りの門が現れた。


 ついでに対になる門も作って、そちらは《無限収納》へしまっておく。


 うん。いい感じ!


 振り返ると、アッキーが門を見上げたまま固まっていた。後ろにいる家臣や兵士たちも、揃って口を開けている。


「荒神様……これは、いったい?」


「転移門だよ。別の国と行き来できるようにするの。そうすれば、海苔とかウニとか、できたら持ってきてもらえるでしょ?」


「……別の、国でございますか」


「うん。せっかくだから、お互いに欲しいものを売り買いしてもいいんじゃない? 向こうには珍しいものもいっぱいあるし」


 国同士のやり取りって、いろいろ面倒な決まりがあるんだろうけど、そういうのは詳しい人に任せればいいよね。


 幸い、向こうにはギルがいる。


 うん。何とかなりそう!


「じゃあアッキー、明日までに一緒に行く人を四人選んどいてね。アッキーも入れて五人。向こうの人と話せる道具も用意しておくから」


「……明日、でございますか?」


「うん。迎えに来るね。門はまだ使えないから、そのままにしといてー」


 アッキーが何か言いかけたものの、準備もあるし、あまり長居するのも悪いよね。


「それじゃ、また明日ー!」


 手を振って、南の島へ転移した。


◇


 南の島に戻ると、ちょうど東屋にレムがいた。


「レムー! 翻訳機、五個作ってくれない?」


「五個か。少し待て」


 事情を簡単に話すと、レムは手元の作業を中断し、ほどなく小さなイヤーカフを五つ差し出した。


 耳の縁に引っかける細い輪っかで、これなら目立たないし、邪魔にもならなそう。


「ありがとー! 助かる!」


 さすが宇宙人。仕事が早い。


 翻訳機を《無限収納》へしまい、今度は最初の町へ転移した。


◇


 町の入口から少し離れた街道脇に、広い空き地がある。荷車が通っても邪魔にならなそうなので、そこへ収納していたもう一つの転移門を設置した。


 よし、これで完成!


 まだ使える状態にはしていないけれど、準備はできた。


 近くを歩いていた人たちが突然現れた門を見て騒いでいたものの、とりあえずギルに知らせておこう。


 冒険者組合へ向かうと、いつもの窓口に見慣れた顔があった。


「ギルー! ちょっとお願いがあるんだけど」


 私を見るなり、ギルが書類から顔を上げた。


「……由美。今度は何だ?」


「町の外に転移門作ったから、あとはよろしくねー」


「…………は?」


「転移門。穂月国っていう国と行き来できるやつ。町の入口の近くに置いてきたよ」


 ギルはしばらく私を見つめたあと、ゆっくりと書類を机に置いた。


「……穂月国? どこにあるんだ?」


「さあ? 転移で行ってるから、距離はわかんない」


「……場所もわからない国と、行き来できる門を作ったのか?」


「うん。日本みたいな国なんだよ。お米も味噌もあってね、海苔とウニも頼んでるの。毎回取りに行くの面倒だから、持ってきてもらおうと思って」


 ギルは眉間を押さえたまま、しばらく黙っていた。


「……コメとはなんだ?」


「え? 前に食べたじゃん。ほら、白くて粒々のやつ」


「…………」


 あれ? 覚えてない?


 まあ、食べ物の名前なんて、いちいち覚えてないよねぇ。


「とにかく、明日向こうの偉い人を連れてくるから、こっちの偉い人と話してもらえばいいんじゃない?」


「待て。先ほど、町の外に置いたと言ったな?」


「うん。もう置いたよ?」


「なぜ先に相談しない!!」


 おお。久しぶりに大きな声出したねぇ。


 なんでも、領主の許可が必要なんだとか。


「そっかーごめんごめん。じゃあ、森の方に移すねー」


「待て! もう設置したなら、まずは領主様に判断を仰ぐ。勝手に動かすな」


「そうなの? じゃあ、そのままにしとくねー」


 ギルは大きく息を吐くと、机の上の書類を脇へ寄せた。


「……王宮にも連絡が必要だ。明日などと言わず、まずは正式な返答を待て」


「わかったー。じゃあ明日、返事を聞きに来るね!」


「由美! そういう意味じゃ――」


 まあ、ギルなら何とかしてくれるでしょ。


 お願いも済んだし、あとは帰ろう。


「じゃあ、よろしくねー!」


 南の島へ戻った私は、さっそくお茶とお菓子を用意した。


 これで海苔もウニも、わざわざ取りに行かなくてよくなるかもしれない。


 しかも、明日は国同士の顔合わせ。


 どんな感じになるんだろうねぇ。


 楽しみだなー♪


***


 荒神様が消えたあと、明智景継は城壁の内側に現れた巨大な門を見上げていた。


 つい先ほどまで、ここには何もなかった。それが今では、荷車が余裕で通れるほどの石造りの門が、まるで昔から存在していたかのように鎮座している。


「……殿。いかがいたしましょう」


 家臣の問いに、景継はしばらく答えられなかった。


 荒神様が異国への門だと言ったのだから、恐らくそうなのだろう。かつて城主たちを強制的に集め、戦を終わらせた人物である。今さら何が起きても不思議ではない。


 だが、異国との交易を自分一人で決めるわけにはいかない。


 穂月国では戦が終結したものの、各城主はそれぞれの領地を治めている。突然現れた異国への道をどう扱うのか、早急に話し合う必要があった。


「近隣の城主たちへ早馬を出せ。今夜中に集まれる者は、すぐに城へ。遠方にも急報を送れ」


 家臣たちが慌ただしく走り出す中、景継は翌日同行させる四人の選定にも取りかかった。


 相手国がどこにあるのか、どのような国なのかさえわからない。しかも明日には、その国の者たちと顔を合わせるという。


 ようやく戦が終わり、落ち着きを取り戻してきたところだったのに。


 ……甘かった。


 荒神様がしばらく姿を見せなかったので、もう穏やかに暮らせるものと思っていた。


 夜になり、駆けつけた城主たちを交えて会議が始まった。


 突然できた門をどう守るのか。交易が始まれば、各領地の扱いはどうなるのか。相手国へ持参する品は何がよいのか。


 議論は尽きず、日付が変わろうとしても、誰一人席を立てなかった。


 景継は、ふと今回の発端を思い返した。


 海苔とウニと餡子。


 ……たった、それだけだったはずなのだ。


 以前は米を求めて現れ、国中の戦を終わらせていった。


 そして今度は、食材を取りに来るのが面倒だという理由で、異国への道を作ってしまった。


 手元の湯呑みに目を落とすと、まだ一口も飲んでいない茶が、すっかり冷めていた。


「……胃薬を」


 小さな呟きを聞き取った家臣が、慌てて席を立った。


***


 一方、リンドの町の冒険者組合では、ギルが領主への使者を送り出したところだった。


 町の入口近くに、正体不明の巨大な門が出現した。


 設置したのは由美。


 行き先は、穂月国という聞いたこともない国。所在地は不明。


 しかも、明日にはその国の責任者が、随行者四名を連れてやってくるという。


「……どう報告しろというんだ、これは」


 思わず呟いたものの、書かないわけにもいかない。


 門の周辺には職員を向かわせ、警備の手配も進めている。だが、問題はそこから先だった。


 他国との外交や交易など、冒険者組合の権限をはるかに超えている。領主への報告だけでなく、王宮にも至急知らせなければならない。


 ギルは必要事項をまとめた魔法便を送り出し、椅子に深く腰を下ろした。


 せめて数日あれば、まだ準備のしようもあるのだが。


 ……明日。


 あの女は、明日と言ったのだ。


 やがて王宮から返答が届いた。


 予想以上の早さに少しだけ安堵したものの、文面を読み進めたギルの手が止まる。


 王宮でも早急に対応するとのことだったが、その後に続く一文が問題だった。


 ――王子殿下が、現地への視察を強く希望されている。


「…………」


 そうだった。


 あの王子は、以前から由美に興味を示していたのだ。


 ならば、今回のような前代未聞の出来事を知って、黙っているはずがない。


 ギルは手紙を机に置き、深くため息をついた。


 領主への説明、王宮との調整、見知らぬ国から来る五人の対応。そのうえ、今度は王子の視察まで加わろうとしている。


 ……由美。


 お前は一体、どこまで話を大きくすれば気が済むんだ。


 今頃あいつは、明日が楽しみだとでも言いながら、南の島でのんびり茶を飲んでいるのだろう。


 ギルは、机に積み上がった通常業務の書類を眺めた。


 今日は、帰れそうにない。

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