第69話 ご自由に。
今日は何もしないと決め、朝からソファでだらだらしていたところへ、ギルから電話がかかってきた。
『由美、セレス聖王国から連絡が来た』
「えー、またぁ?」
先日、神様から聞いた召喚の事情をギルに伝えたのだが、その報告が王宮を経由して聖王国にも届いたらしい。
帰還できる者とできない者がいる理由について、直接話を聞きたいとのことだった。
「まあ、そりゃ気になるよね。じゃあ行ってくるか。あ、ギルも一緒に来てよ」
『……俺までか』
「報告したのギルだし、いてくれると助かる」
『……説明はお前がしろよ』
「もちろん! じゃあ迎えに行くね」
よし。これで安心。
身支度を済ませて冒険者組合へ転移し、ギルを連れてセレス聖王国の大神殿へ向かった。
◇
大神殿では、大神官と数人の神官が待っていた。
「……神と、直接お話を?」
「はい。夢で」
「…………」
「で、召喚の件なんですけど」
神様から聞いた召喚の経緯と、三人の帰還についてひと通り説明すると、大神官は難しい顔で考え込んでしまった。
「我々が望んだのは聖女の召喚でした。まさか、そのような事情があったとは……」
神官たちも困惑しているが、今さら召喚をなかったことにはできない。
それより、少し気になることがある。
「そういえば、佐藤さんって今どうしてるんですか?」
「佐藤殿には賢者として、さまざまな面でお力添えをいただいております。生活に不自由のないよう、神殿で責任を持ってお世話しております」
立派な部屋に食事、衣服まで用意され、生活に困ることは何もないらしい。
確かに待遇はよさそうだけど……。
「佐藤さん、呼んでもらってもいいですか? 本人にも聞いてみたいことがあるので」
大神官が神官に指示を出すと、隣のギルが小声で尋ねてきた。
「……何を考えてる?」
「ちょっと気になっただけ」
「お前の『ちょっと』は信用できん」
失礼な。まだ何もしてないのに。
◇
しばらくして現れた佐藤さんは、以前と変わらず落ち着いた様子だった。召喚時のスーツではなく、こちらの世界の上質な衣服を身に着けている。
「田中さん、お久しぶりです」
「お久しぶりです。突然すみません」
席に着いてもらい、帰還についての事情を伝えると、佐藤さんは最後まで黙って聞いていた。
「……そうですか。帰れる可能性は低いと思っていましたが、はっきり聞くと、やはり堪えますね」
静かに目を伏せる姿に胸が痛んだものの、私に帰還させる方法があるわけでもない。
でも、これからの生活まで誰かに決められる必要はないと思う。
「佐藤さん、今の生活って楽しいですか?」
突然の質問に少し驚いた様子だったが、佐藤さんは考えながら答えてくれた。
「皆さんには本当によくしていただいています。仕事もやりがいがありますし、不自由はありません。ただ……楽しいかと聞かれると、どうでしょうね」
話を聞けば、賢者として次々に仕事を頼まれ、それをこなすうちに一日が終わってしまうらしい。
「じゃあ、休みの日はどこかに出かけたり?」
「いえ。召喚されてから、ずっと神殿におります。敷地の外には、ほとんど出ていませんね」
あらま。異世界に来たのに、神殿しか知らないのか。
「大神官さん。佐藤さんがここを出て、別のところで暮らすのは問題ないですよね?」
「無論、拘束しているわけではございません。しかし、賢者としてのお力は非常に貴重ですので、できれば今後も我が国に……」
「でも、佐藤さんは自分で来たいって言ったわけじゃないですよね?」
大神官が口を閉じたので、そのまま続ける。
「本人からしたら誘拐されたようなものじゃないですか。しかも、日本には帰れなくなっちゃったんですよ?」
これまで大切にしてくれたことには感謝している。ただ、それと今後も聖王国で働き続けるかどうかは別の話だ。
大神官はしばらく考え、静かに頷いた。
「……おっしゃるとおりです。佐藤殿のご意思を尊重いたしましょう」
よかった。話の分かる人で助かった。
「ねえ、佐藤さん。うちの使ってない家に住んでみません?」
「……はい?」
「今は別の場所に住んでるので、最初に建てた家が空いてるんですよ。近くに冒険者組合もあるし、仕事を探すなら相談できますよ」
「ですが、そこまでお世話になるわけには……」
「お試しでいいですよ。嫌だったら、お金を貯めて好きなところに家を買えばいいんですから」
住む場所が決まれば、聖王国から仕事を受けてもいいし、ほかの仕事を探したっていい。もちろん、しばらく休んでも構わない。
佐藤さんは少し考えたあと、小さく笑った。
「……そうですね。一度、見せていただいてもよろしいでしょうか」
「もちろん!」
大神官も本人が望むなら異存はないとのことで、今後の仕事はその都度相談することになった。
うん。これでいいんじゃないかな。
隣ではギルが、何やら諦めたような顔をしていた。
◇
大神殿を出ようとしたところで、聞き覚えのある声がした。
「あっ、田中さん!」
振り返ると、愛蘭がこちらへ駆け寄ってくるところだった。
「お久しぶりです! 星空は元気にしてますか?」
「元気ですよ」
「あの子、大丈夫なんですか? こっちの言葉も話せないし、一人じゃ何もできないと思うんですけど……」
「ああ、それならもう解決しましたよ。翻訳機があるので」
「……え?」
愛蘭が何か聞こうとしたものの、こちらにも予定がある。
「じゃあ、私たち用事があるので」
軽く会釈し、ギルと佐藤さんを連れて転移した。
◇
久しぶりの森の家は、相変わらずジャングルに囲まれていた。
うん。元気に育ってるねぇ。
「ここが、田中さんのお宅ですか?」
「そうですよ。今はほとんど使ってないんですけどね」
玄関を開けて案内すると、外の景色とはまるで違う現代的な内装に、佐藤さんは目を丸くした。
「……これは、日本の家みたいですね」
「家具も家電もあるので、好きに使ってください」
リビングのテレビをつけると、見知らぬ動物が草原を歩いていた。
「テレビまであるんですか?」
「日本のとはちょっと違いますけどね」
掃除や洗濯は自動で、家電もマナで動くので電気代がかからない。日用品まで勝手に補充されると説明すると、佐藤さんは感心していた。
「……日本にいた頃より便利ですね」
「家事したくなくて作ったので」
思わず笑う佐藤さんを連れ、最後に案内したのはトイレだった。
「……これ、日本のトイレじゃないですか!」
「そうですよー」
懐かしそうに便器を眺める佐藤さんを見て、うんうんと頷く。
分かるよ。私だって、トイレだけは絶対に妥協したくなかったもの。
「しかも、排泄物を処理して肥料ペレットまで作ってくれるんです。マナも使ってるから、植物がものすごくよく育つんですよ」
「肥料まで作れるんですか。それは便利ですね」
「便利ですよー。ただし、撒くときは量に気をつけてくださいね」
不思議そうな佐藤さんに窓の外を示し、両手を広げた。
「じゃじゃーん。ジャングルになります!」
「…………」
「適量って大事だよね」
佐藤さんは窓の外と私を交互に見ている。その隣では、ギルが額に手を当てていた。
「……由美。あれだけ騒ぎになったのに、よくそんな軽い調子で説明できるな」
「ちゃんと反省してるってば。もう大量に撒いたりしないよ」
うん。あれはちょっとやりすぎた。
……ちょっとじゃなかったかもしれないけど。
「あと、外には気をつけてくださいね。結界から出ると危ないので」
「危ない、というと?」
「魔物がいっぱいいます。結構な死地です」
「……死地」
「でも大丈夫。今から町まで安全な道を作るので」
家の正面から町の外れまで、大人二人が並んで歩ける幅の結界通路を作り、途中の植物も片づけた。
「はい、できた!」
「……今ので、町までつながったんですか?」
「そうですよ。冒険者組合にも行けますから、仕事探しはギルに相談するといいですよ」
「おい、由美。俺の仕事を勝手に増やすな」
「えー。でも、冒険者組合って仕事を紹介するところでしょ?」
「……それはそうだが」
ほらね。間違ったことは言ってない。
とはいえ、佐藤さんには自分で好きな仕事を探してもらうつもりだ。
「あとは、これですね」
《無限収納》から携帯を取り出して渡した。
「私やギルに連絡できますし、転移もできます。行き先はここの玄関と、冒険者組合の裏手、それから大神殿にしておきますね」
組合の裏手についてはギルにも確認し、邪魔にならない場所を使うことにした。
「佐藤さん本人しか使えないので、そこだけ注意してくださいね」
「……これがあれば、聖王国にも自由に戻れるんですね」
「はい。荷物を取りに行くのにも便利でしょ?」
佐藤さんは携帯を手に、感心した様子で頷いた。
「ところで佐藤さん、今ってお金持ってます?」
「……いえ。必要なものは神殿が用意してくださっていたので、特には」
「じゃあ、今まで働いた分のお給料は?」
佐藤さんは少し考え、苦笑した。
「そういえば、いただいていませんね」
「それはちゃんともらってきた方がいいですよ。これから自分で生活するんだし」
衣食住を保証してもらっていたとはいえ、賢者として働いた分まで無償でいいわけじゃない。
今後の仕事を選ぶにしても、手元にお金があった方が動きやすいだろう。
「……そうですね。これまでの仕事に対する報酬を、きちんと請求してみます」
「うんうん。頑張ってください」
佐藤さんは改めて家の中を見回すと、こちらへ向き直った。
「田中さん。しばらく、こちらでお世話になってもよろしいでしょうか」
「もちろん! 好きなだけどうぞ」
それを聞いて、佐藤さんはほっとしたように笑った。
「ありがとうございます。では、荷物と報酬の件を済ませてきます」
携帯の使い方をもう一度確認すると、佐藤さんは自分で大神殿へ転移していった。
うん。さっそく行動開始だね。
ギルにも町への通路を確認してもらい、そのまま組合へ帰ってもらった。
あとは佐藤さんが、自分の好きなように暮らせばいい。
聖王国の仕事を続けてもいいし、別の仕事を探してもいい。嫌になったら引っ越したって構わない。
せっかく異世界に来たんだもの。帰れないなら、少しくらい楽しんでほしいよね。
……さて。
私も南の島に帰って、だらだらしよう。




