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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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第69話 ご自由に。

 今日は何もしないと決め、朝からソファでだらだらしていたところへ、ギルから電話がかかってきた。


『由美、セレス聖王国から連絡が来た』


「えー、またぁ?」


 先日、神様から聞いた召喚の事情をギルに伝えたのだが、その報告が王宮を経由して聖王国にも届いたらしい。


 帰還できる者とできない者がいる理由について、直接話を聞きたいとのことだった。


「まあ、そりゃ気になるよね。じゃあ行ってくるか。あ、ギルも一緒に来てよ」


『……俺までか』


「報告したのギルだし、いてくれると助かる」


『……説明はお前がしろよ』


「もちろん! じゃあ迎えに行くね」


 よし。これで安心。


 身支度を済ませて冒険者組合へ転移し、ギルを連れてセレス聖王国の大神殿へ向かった。


◇


 大神殿では、大神官と数人の神官が待っていた。


「……神と、直接お話を?」


「はい。夢で」


「…………」


「で、召喚の件なんですけど」


 神様から聞いた召喚の経緯と、三人の帰還についてひと通り説明すると、大神官は難しい顔で考え込んでしまった。


「我々が望んだのは聖女の召喚でした。まさか、そのような事情があったとは……」


 神官たちも困惑しているが、今さら召喚をなかったことにはできない。


 それより、少し気になることがある。


「そういえば、佐藤さんって今どうしてるんですか?」


「佐藤殿には賢者として、さまざまな面でお力添えをいただいております。生活に不自由のないよう、神殿で責任を持ってお世話しております」


 立派な部屋に食事、衣服まで用意され、生活に困ることは何もないらしい。


 確かに待遇はよさそうだけど……。


「佐藤さん、呼んでもらってもいいですか? 本人にも聞いてみたいことがあるので」


 大神官が神官に指示を出すと、隣のギルが小声で尋ねてきた。


「……何を考えてる?」


「ちょっと気になっただけ」


「お前の『ちょっと』は信用できん」


 失礼な。まだ何もしてないのに。


◇


 しばらくして現れた佐藤さんは、以前と変わらず落ち着いた様子だった。召喚時のスーツではなく、こちらの世界の上質な衣服を身に着けている。


「田中さん、お久しぶりです」


「お久しぶりです。突然すみません」


 席に着いてもらい、帰還についての事情を伝えると、佐藤さんは最後まで黙って聞いていた。


「……そうですか。帰れる可能性は低いと思っていましたが、はっきり聞くと、やはり堪えますね」


 静かに目を伏せる姿に胸が痛んだものの、私に帰還させる方法があるわけでもない。


 でも、これからの生活まで誰かに決められる必要はないと思う。


「佐藤さん、今の生活って楽しいですか?」


 突然の質問に少し驚いた様子だったが、佐藤さんは考えながら答えてくれた。


「皆さんには本当によくしていただいています。仕事もやりがいがありますし、不自由はありません。ただ……楽しいかと聞かれると、どうでしょうね」


 話を聞けば、賢者として次々に仕事を頼まれ、それをこなすうちに一日が終わってしまうらしい。


「じゃあ、休みの日はどこかに出かけたり?」


「いえ。召喚されてから、ずっと神殿におります。敷地の外には、ほとんど出ていませんね」


 あらま。異世界に来たのに、神殿しか知らないのか。


「大神官さん。佐藤さんがここを出て、別のところで暮らすのは問題ないですよね?」


「無論、拘束しているわけではございません。しかし、賢者としてのお力は非常に貴重ですので、できれば今後も我が国に……」


「でも、佐藤さんは自分で来たいって言ったわけじゃないですよね?」


 大神官が口を閉じたので、そのまま続ける。


「本人からしたら誘拐されたようなものじゃないですか。しかも、日本には帰れなくなっちゃったんですよ?」


 これまで大切にしてくれたことには感謝している。ただ、それと今後も聖王国で働き続けるかどうかは別の話だ。


 大神官はしばらく考え、静かに頷いた。


「……おっしゃるとおりです。佐藤殿のご意思を尊重いたしましょう」


 よかった。話の分かる人で助かった。


「ねえ、佐藤さん。うちの使ってない家に住んでみません?」


「……はい?」


「今は別の場所に住んでるので、最初に建てた家が空いてるんですよ。近くに冒険者組合もあるし、仕事を探すなら相談できますよ」


「ですが、そこまでお世話になるわけには……」


「お試しでいいですよ。嫌だったら、お金を貯めて好きなところに家を買えばいいんですから」


 住む場所が決まれば、聖王国から仕事を受けてもいいし、ほかの仕事を探したっていい。もちろん、しばらく休んでも構わない。


 佐藤さんは少し考えたあと、小さく笑った。


「……そうですね。一度、見せていただいてもよろしいでしょうか」


「もちろん!」


 大神官も本人が望むなら異存はないとのことで、今後の仕事はその都度相談することになった。


 うん。これでいいんじゃないかな。


 隣ではギルが、何やら諦めたような顔をしていた。


◇


 大神殿を出ようとしたところで、聞き覚えのある声がした。


「あっ、田中さん!」


 振り返ると、愛蘭がこちらへ駆け寄ってくるところだった。


「お久しぶりです! 星空は元気にしてますか?」


「元気ですよ」


「あの子、大丈夫なんですか? こっちの言葉も話せないし、一人じゃ何もできないと思うんですけど……」


「ああ、それならもう解決しましたよ。翻訳機があるので」


「……え?」


 愛蘭が何か聞こうとしたものの、こちらにも予定がある。


「じゃあ、私たち用事があるので」


 軽く会釈し、ギルと佐藤さんを連れて転移した。


◇


 久しぶりの森の家は、相変わらずジャングルに囲まれていた。


 うん。元気に育ってるねぇ。


「ここが、田中さんのお宅ですか?」


「そうですよ。今はほとんど使ってないんですけどね」


 玄関を開けて案内すると、外の景色とはまるで違う現代的な内装に、佐藤さんは目を丸くした。


「……これは、日本の家みたいですね」


「家具も家電もあるので、好きに使ってください」


 リビングのテレビをつけると、見知らぬ動物が草原を歩いていた。


「テレビまであるんですか?」


「日本のとはちょっと違いますけどね」


 掃除や洗濯は自動で、家電もマナで動くので電気代がかからない。日用品まで勝手に補充されると説明すると、佐藤さんは感心していた。


「……日本にいた頃より便利ですね」


「家事したくなくて作ったので」


 思わず笑う佐藤さんを連れ、最後に案内したのはトイレだった。


「……これ、日本のトイレじゃないですか!」


「そうですよー」


 懐かしそうに便器を眺める佐藤さんを見て、うんうんと頷く。


 分かるよ。私だって、トイレだけは絶対に妥協したくなかったもの。


「しかも、排泄物を処理して肥料ペレットまで作ってくれるんです。マナも使ってるから、植物がものすごくよく育つんですよ」


「肥料まで作れるんですか。それは便利ですね」


「便利ですよー。ただし、撒くときは量に気をつけてくださいね」


 不思議そうな佐藤さんに窓の外を示し、両手を広げた。


「じゃじゃーん。ジャングルになります!」


「…………」


「適量って大事だよね」


 佐藤さんは窓の外と私を交互に見ている。その隣では、ギルが額に手を当てていた。


「……由美。あれだけ騒ぎになったのに、よくそんな軽い調子で説明できるな」


「ちゃんと反省してるってば。もう大量に撒いたりしないよ」


 うん。あれはちょっとやりすぎた。


 ……ちょっとじゃなかったかもしれないけど。


「あと、外には気をつけてくださいね。結界から出ると危ないので」


「危ない、というと?」


「魔物がいっぱいいます。結構な死地です」


「……死地」


「でも大丈夫。今から町まで安全な道を作るので」


 家の正面から町の外れまで、大人二人が並んで歩ける幅の結界通路を作り、途中の植物も片づけた。


「はい、できた!」


「……今ので、町までつながったんですか?」


「そうですよ。冒険者組合にも行けますから、仕事探しはギルに相談するといいですよ」


「おい、由美。俺の仕事を勝手に増やすな」


「えー。でも、冒険者組合って仕事を紹介するところでしょ?」


「……それはそうだが」


 ほらね。間違ったことは言ってない。


 とはいえ、佐藤さんには自分で好きな仕事を探してもらうつもりだ。


「あとは、これですね」


 《無限収納》から携帯を取り出して渡した。


「私やギルに連絡できますし、転移もできます。行き先はここの玄関と、冒険者組合の裏手、それから大神殿にしておきますね」


 組合の裏手についてはギルにも確認し、邪魔にならない場所を使うことにした。


「佐藤さん本人しか使えないので、そこだけ注意してくださいね」


「……これがあれば、聖王国にも自由に戻れるんですね」


「はい。荷物を取りに行くのにも便利でしょ?」


 佐藤さんは携帯を手に、感心した様子で頷いた。


「ところで佐藤さん、今ってお金持ってます?」


「……いえ。必要なものは神殿が用意してくださっていたので、特には」


「じゃあ、今まで働いた分のお給料は?」


 佐藤さんは少し考え、苦笑した。


「そういえば、いただいていませんね」


「それはちゃんともらってきた方がいいですよ。これから自分で生活するんだし」


 衣食住を保証してもらっていたとはいえ、賢者として働いた分まで無償でいいわけじゃない。


 今後の仕事を選ぶにしても、手元にお金があった方が動きやすいだろう。


「……そうですね。これまでの仕事に対する報酬を、きちんと請求してみます」


「うんうん。頑張ってください」


 佐藤さんは改めて家の中を見回すと、こちらへ向き直った。


「田中さん。しばらく、こちらでお世話になってもよろしいでしょうか」


「もちろん! 好きなだけどうぞ」


 それを聞いて、佐藤さんはほっとしたように笑った。


「ありがとうございます。では、荷物と報酬の件を済ませてきます」


 携帯の使い方をもう一度確認すると、佐藤さんは自分で大神殿へ転移していった。


 うん。さっそく行動開始だね。


 ギルにも町への通路を確認してもらい、そのまま組合へ帰ってもらった。


 あとは佐藤さんが、自分の好きなように暮らせばいい。


 聖王国の仕事を続けてもいいし、別の仕事を探してもいい。嫌になったら引っ越したって構わない。


 せっかく異世界に来たんだもの。帰れないなら、少しくらい楽しんでほしいよね。


 ……さて。


 私も南の島に帰って、だらだらしよう。

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