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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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第68話 ちょっと困った。

 恐竜大陸にレムと教授を置いてきてから、二日が経った。


 帰る時に連絡してと言ったものの、二人からは何の音沙汰もない。


 そろそろこちらから連絡するかと思っていたら、携帯が鳴った。


『由美、ちょっと困ったことになった』


「あ、教授。どうしたの?」


『実は今、大型水棲生物の胃の中にいる』


「…………はい?」


『どうやら捕食されたようだ』


「食べられてるじゃん!!」


 思わずソファから飛び起きた。


『いや、心配はいらない。君の結界のおかげで身体に損傷はない。それより、実に興味深い! 生きた個体の消化器官を内側から観察できるとは!』


「感動してる場合じゃないでしょー!」


『ああ、そうだった。由美、こちらへ来てもらえるかね?』


「今行くから!」


 通話を切り、すぐに恐竜大陸へ転移した。


◇


 湖のほとりへ到着すると、浅瀬には巨大な生物が横たわっており、その近くでレムが装置を操作していた。


「レム! 教授は!?」


「まだ胃の中だ。結界は正常に機能している」


「なんでそんな落ち着いてるの!?」


「教授が捕食されたと分かった時点で、この個体は眠らせた。危険はない」


 レムが示した先では、巨大な生物が静かに呼吸を繰り返していた。


 いや、そもそも何で食べられる事態になったのよ。


「とりあえず教授を転移させるから」


 そう告げると、お腹の中から教授のくぐもった声がした。


『由美、もう少し待ってくれ! 胃壁の構造が実に興味深いのだ。観察がまだ終わっていない!』


「いやいや、胃の中で何してるのよ」


『こんな機会は滅多にないからね。あと少しだけ頼む!』


 ……この人、助けを求めて電話してきたんじゃなかったっけ?


「じゃあ、あと五分ね」


『ありがとう!』


 嬉しそうな声に呆れていると、今度はレムが巨大な生物の口元へ歩き始めた。


「……レム? 何してるの?」


「貴重な体験だ。私も内部を確認してみたい」


「レムまで!? 危ないから!」


「この個体は眠らせてある。結界もあるので安全性は確保できる」


「そういう問題じゃないって!」


 レムは当然のように巨大な口を覗き込み、内部を観察し始めた。


 教授が食べられたと聞いて心配して来たのに、今度はレムまで自分から入ろうとしてるんですけど。


「……もう、教授だけで十分でしょ。レムは入らないでよ」


「残念だ」


 残念なのはこっちだよ!


 結局、五分経っても観察を続けたがる教授を半ば強引に転移させ、ようやく胃袋から救出した。


「おお、由美! 実に素晴らしい体験だったよ!」


 目の前に現れた教授は、結界のおかげで服も汚れておらず、怪我ひとつない。


「……教授、普通は食べられたら怖がるものなんですよ?」


「もちろん危険なのは理解しているとも。だが、結界があると分かっていたからね。あれほど貴重な観察機会を逃すわけにはいかんだろう?」


「逃してくださいよ……」


 隣ではレムが真面目な顔で頷いていた。


「で、そろそろ帰る気になった?」


「いや、問題がある。水棲個体の輸送だ」


 答えたのはレムだった。


「陸上個体は収容したが、水棲個体を運ぶ手段がない。縮小は可能でも、水中環境を維持する必要がある」


「……ちょっと待って。何匹捕まえたの?」


 レムが取り出した虫籠には、小さくなった恐竜たちが何種類も眠っていた。


 ……虫籠って、恐竜を入れるものだったっけ?


「これだけでも結構いるね」


「陸上個体はまだ少ない方だ。水棲個体はこちらだ」


 案内された湖の周辺には、巨大な生物が何頭も眠らされていた。


 教授を食べたやつのほかにも、細長い首を持つものや、巨大なイルカのようなものまでいる。


「モササウルスに近い個体と、首長竜、魚竜に類似した系統だ。ほかにも数種類いる」


 教授が嬉しそうに説明してくれたが、途中から数えるのをやめた。


「……これ、全部持って帰るの?」


「その予定だ」


「どんだけ持って帰る気!?」


「まだ調査を終えていない種もいるのだがね。ひとまず、今回確保できた個体を優先することにした」


 教授が少し残念そうに言った。


 ひとまずって。これで、ひとまずなの?


「……分かった。じゃあ小さくして。私が水ごと運ぶから」


「助かる」


 レムが装置を操作すると、眠ったままの生物たちが次々に縮んでいった。


 私はそれぞれを水ごと魔法で包み、浮かせていく。透明な水の球の中には、小さくなった古代生物が一頭ずつ眠っていた。


 ……金魚すくいの景品にしては、ずいぶん物騒だな。


「それじゃあ、帰るよー」


 虫籠を持ったレムと教授を連れ、南の島へ転移した。


◇


 南の島に戻ると、まずは陸上の恐竜たちを先日作った飼育水槽へ移した。


 レムが虫籠から眠ったままの恐竜たちを一頭ずつ取り出し、植物の間へ配置していく。その様子を教授が嬉しそうに眺めていたが、私には別の問題があった。


 既存の海洋水槽にはすでに多くの生き物が暮らしているし、恐竜用の水槽は陸地が三分の二を占めている。


「……これ、どこに入れるのよ」


「新しい水槽が必要だな。東屋の右側が空いている」


「……あのさ、レム。なんで作ってもらえる前提なの?」


「由美なら短時間で作れる」


 いや、そうなんだけどさ。


 最初は小さな熱帯魚を眺めるつもりだったのに、海洋魔物が増え、恐竜用まで作って、今度は古代の海棲生物専用水槽って。


 私、いつから水族館の建設係になったんだろう。


「由美、できれば深さも確保してもらいたい。水中を立体的に移動する種が多いのでね」


 教授まで当然のように注文を追加してきた。


「……はいはい。分かりましたよー」


 結局、東屋の右側に三つ目の水槽を作り、深さを確保して岩場などを設けた。捕食者同士が接触しないよう区画も分け、細かな調整は二人に任せる。


 生物たちを移して飼育環境を確認したあと、休眠状態を解除すると、長い首を動かす生物の向こうを流線形の魚竜が泳いでいった。


 ……うわぁ。なんか、すごいことになっちゃった。


 東屋の正面には海洋水槽、手前には恐竜用、右側には古代の海棲生物たち。


 ついこの間まで一つしかなかったのに、もう三つである。


 ……左側は空けておこう。いや、増やす予定はないけどね?


◇


 作業が一段落して東屋でお茶を飲んでいると、星空ちゃんがスケッチブックを持ってやってきた。


「わあ! また増えたんですね!」


「増えちゃったんだよー」


 以前から水槽の生き物たちを描いて図鑑にまとめているので、新しい恐竜にも興味津々だ。


 さっそく絵を描き始めた星空ちゃんを見て、教授が声をかけた。


「星空、今回の個体もぜひ記録してほしい。それと、私が捕食された個体の胃の内部構造も描いてもらいたいのだ!」


「……胃の中、ですか?」


「そうとも! 胃壁のひだが実に興味深くてね!」


 教授が身振り手振りで説明を始めると、レムまで加わり、星空ちゃんは二人に質問しながら紙に線を引いていく。


 ……すごいなぁ。私だったら説明を聞く前に断ってると思う。


 そこへロキと爺がやってきた。


「由美、水槽を増やしたのか?」


「そうなのよー。レムたちがいっぱい捕まえてきちゃって」


 ロキは新しい水槽を眺めていたが、教授たちの話が気になったらしく、スケッチブックを覗き込んだ。


「何を描いてる?」


「胃の中だよ。教授が食べられたんだって」


「……食べられたのか?」


「そうなんだよ! いやあ、実に貴重な体験だった!」


「中は暗かったのか?」


「もちろん暗いとも! だが照明を使えば観察できる。胃壁には実に興味深いひだがあってね」


 教授が嬉しそうに説明すると、ロキは椅子を引き寄せて腰を下ろした。


「胃液はどうだった?」


「おお、いい質問だ! それがまた面白くてね――」


 教授は胃液の性質や消化器官の仕組みについて語り始め、ロキも熱心に耳を傾けながら、時折短い質問を挟んでいる。


 爺が静かにお茶を置いても、二人は話に夢中だった。


 ……あら。すっかり仲良くなってない?


 その隣では、レムが星空ちゃんの絵を確認していた。


「そこはもう少し厚みがある。断面も描いた方がいい」


「えっ、断面もですか? ちょっと待ってくださいね」


 星空ちゃん、頑張れ。


 ロキはいつの間にか教授の隣へ移動していた。レムにも生き物の話をよく聞いていたし、こういう話が本当に好きなんだろう。


「教授、ほかにも入ったことがあるのか?」


「もちろんだとも! ウルタ星には、実に多様な生物がいてね――」


 ……え?


 ほかにも入ったことあるの?


 思わず教授を見たが、本人は楽しそうに話を続けていた。


 ……まあ、いいか。


 そんなことを考えながらお茶を飲んでいると、レムがこちらへやってきた。


「由美、ひとつ頼みがある」


「なに?」


「我々の携帯に、恐竜大陸を転移先として追加してほしい」


「……え? また行くの?」


「当然だ。まだ調査できていない生物が多数いる」


 教授も話を聞きつけ、大きく頷いた。


「今回の調査で、ますます興味が湧いてね! ぜひ続きを調べたいのだよ!」


 ……この二人、懲りてないな。


「まあ、自分たちで行って帰ってくるならいいけどさ」


 二人の携帯に転移先を追加してから、念のため釘を刺しておく。


「でも、恐竜水槽はもう増やさないからね?」


「了解した」


 レムはあっさり頷くと、教授と次の調査について話し始めた。


「次は陸上個体を中心に調査しよう。恐竜用の水槽には、まだ収容できる余裕がある」


「おお、それはいい! まだ調べたい種がたくさんいるからね!」


 ……ちょっと待って。


 水槽は増やさないって言ったけど、生き物を増やすなとは言ってない。


 ……しまった。


 私は目の前に並んだ三つの水槽を眺めながら、さっき転移先を追加したばかりの携帯を見た。


 ……これ、登録しない方がよかったんじゃない?

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