第66話 明日こそ。
「由美、恐竜はいつ見に行くんだ?」
昼食を終えてソファでくつろいでいると、ロキが勢いよくやってきた。
恐竜。そういえば見に行こうって話をしてたっけ。
「そうだねぇ。特に予定もないし、今日行っちゃう?」
「……本当だな?」
「うん。せっかくだし、星空ちゃんも誘ってみようか」
ロキはもう出発する気満々で、爺に荷物の準備を頼んでいる。
「爺も行くよね?」
「もちろんでございます。坊ちゃまのお供をいたします」
そんなに急がなくても恐竜は逃げないと思うけど、まあ、楽しみなのはいいことだ。
私たちはヴィラを出て、星空ちゃんの暮らすゲストハウスへ向かった。
テーブルにはスケッチブックが広げられており、先日モデルになってもらったグランヴェルムの姿が描かれている。さすが美大生、鱗の質感まで見事に表現されていた。
「星空ちゃん、今日これから恐竜大陸に行こうと思うんだけど、一緒に行かない?」
「恐竜大陸、私も行っていいんですか?」
「もちろん。恐竜も描きたいでしょ?」
「描きたいです!」
即答だった。
よし、決まり。あとはレムたちにも声をかけよう。あの二人なら絶対についてくるだろうし。
そう思いながらゲストハウスを出たところで、ちょうど戻ってきたレムと鉢合わせた。
「由美、話がある」
「お、ちょうどよかった。今日、恐竜大陸に行こうと思うんだけど、レムも行く?」
「行く。その前に、水槽を作ってくれ」
「……水槽?」
なんで?
東屋には立派な水槽がある。あれだけ大きければ、しばらくは十分だと思うんだけど。
「今回は陸地を三分の二、水域を三分の一にしてほしい」
「……それ、水槽?」
「そうだ。陸上生物の飼育に適した構造が必要になる」
なるほど。私は恐竜を見に行くつもりだったんだけど、この人はもう持ち帰ることまで考えているらしい。
「でもさ、レムの小さくする装置って時間制限があるよね? 恐竜なんて大きいの、どうやって持って帰るの?」
「問題ない。捕獲機を作った」
「……捕獲機?」
レムが取り出したのは、細かな格子の隙間を光が走る、金属製の小さな箱だった。
……虫籠じゃん。
妙に高性能な虫籠である。
「内部に収容した生物は縮小状態を維持できる。時間制限はない」
「へぇ、すごいじゃん。いつ作ったの?」
「先日だ。教授と検証も済ませている」
仕事が早いなぁ。というか、恐竜大陸に行く前から準備してたんじゃないの?
「ちなみに、何匹くらい捕まえるつもり?」
「現地の生息状況による。可能であれば雌雄で確保したい」
「……番で?」
「繁殖行動を観察するには必要だ」
なるほどねぇ。まあ、いつものことか。
新しい水槽の場所も決めなきゃいけないので、みんなで東屋へ向かうことにした。
◇
東屋では教授が既存の水槽を眺め、何やら記録を取っていた。最近はレムと二人でここにいることが多い。私には普通の魚に見えるものでも、研究対象になるらしい。
レムが恐竜大陸への出発と飼育施設の話をすると、教授は途端に嬉しそうな顔になった。
「おお、ついに行くのか! レム、やはり雌雄一対での確保を基本とするべきだろう」
「同意する。ただし群れで生活する種は、複数個体が必要になる」
「幼体も観察したいところだな。成長過程も貴重な記録になる」
教授は手元の端末に書き込みながら、レムと飼育区画について相談し始めた。
まだ一匹も見てないのに。
「……ねえ、水槽一個で足りる?」
「現時点では不明だ」
「必要な環境も種によって違うだろう。いずれ増設することになるかもしれんな」
あ、やっぱり増えるんだ。まあ、いいか。どうせすぐ作れるし。
今ある水槽は東屋の片側にあるので、新しいものはその向かいに作ろう。間の東屋も広げれば、どちらも座ったまま眺められる。
「真ん中にテーブルとソファを置いて、作業できる場所も作ろうか」
「えっ、いいんですか?」
星空ちゃんが嬉しそうに顔を上げた。
「星空ちゃんもここで絵を描けるでしょ」
「ありがとうございます! あ、それなら画材を置ける棚があると嬉しいです」
「いいね。作っちゃおう」
レムと教授からは作業台の注文も入った。広い方がくつろげるし、まとめて作ってしまおう。
まず、既存の水槽と向かい合う位置に土台を作り、高さを揃えて少し横幅を広めに取る。透明な壁で囲った内部は、三分の二を陸地、残りを水域にして、丘や岩場を配置した。
森もあった方がいいのかな。ただ、レムの装置は生き物を縮小できても植物には使えないので、小さな植物を植える必要がある。
「レム、植物は現地で見てから決めた方がいいよね?」
「そうだな。生息環境が判明してから調整する方が合理的だ」
植える場所だけ確保し、水域にはとりあえず海水を張って、塩分濃度や水温をあとから調整できるようにした。透明な天井と空調も設ければ、ひとまず器は完成だ。
「縮小状態を維持する機構はこちらで設置する。環境制御も教授と調整しよう」
「よろしくー」
細かいところは専門家に任せるに限る。
続いて東屋を広げ、二つの水槽の間に大きなテーブルとソファ、椅子を配置した。水槽のそばには観察用の席を設け、端には作業台と収納棚。星空ちゃんの画材用の棚も忘れずに。
ソファは少し大きめにしておこう。ここでお昼寝するのも気持ちよさそうだし。
完成した東屋に立つと、片側には色とりどりの魚が泳ぎ、向かいには小さな丘や岩場が広がっていた。その真ん中でお茶を飲みながら、両方を眺められる。
うん。これはいい。
「なんだか、水族館みたいですね」
「そのうち動物園にもなるんじゃない?」
「恐竜も入るんですよね?」
「レムたちの頑張り次第かなぁ」
左右にもまだ場所がある。そのうち水槽が増えて四方を囲む形になったら、ここから動かずにいろんな生き物を眺められそう。
最高じゃない?
隣ではレムと教授が新しい水槽を前に、真剣な顔で話し合っている。この二人、研究のことになると本当に楽しそうだ。
◇
「由美、そろそろ恐竜を見に行かないか?」
ひととおり作業が終わったところで、ロキが待ちきれない様子で声をかけてきた。
「あ、そうだった。旅行に行くんだったね」
「……忘れていたな?」
「いやいや、忘れてないよ。ちょっと水槽作ってただけ」
ロキはなんとも言えない顔をしながらも、気を取り直して出発を促してくる。
そうだね。じゃあ行こうか。
……と思ったところで、ふと気づいた。
「あれ? 向こうに着いてから、どうやって移動する?」
恐竜大陸の地形はよくわからない。道があるとも思えないし、徒歩じゃ面倒だ。星空ちゃんも安全に見て回れる乗り物が欲しいところだけど……。
「空飛ぶキャンピングカーにしよう!」
「キャンピングカー、ですか?」
「そう。ご飯も食べられるし、寝られるし、トイレもある車。空を飛べたら便利でしょ?」
星空ちゃんはすぐに納得したものの、ロキは首を傾げている。家みたいな車だと説明すると、途端に目を輝かせた。
「……家が空を飛ぶのか?」
「そんな感じ。屋根の上を展望台にすれば、恐竜もよく見えるしね」
「それはいいな」
星空ちゃんも、上から景色を描けると喜んでいる。展望台は結界で守ればいいし、飛行も《万能魔法》に任せればいい。
あとは材料か。万能収納にも色々入っているけど、それだけ大きなものならかなり必要になる。
「材料は……向こうで調達すればいいか」
森があれば木材を使えるし、岩や鉱物も見つかるだろう。足りないものは収納から出して、《万能生産》で形にすればいい。
「じゃあ、車は現地に着いてから作るね」
「由美、採集した個体を収容する場所も確保してほしい」
「虫籠があるじゃん」
「捕獲機だ。輸送中の安定性を考慮する必要がある」
「はいはい。荷物置き場も作るよ」
教授まで車内の設備を考え始めたので、その辺は現地で相談することにした。とりあえず、私が快適に過ごせることが最優先だからね。
さて、今度こそ出発だ。
そう思って空を見上げると、太陽がずいぶん傾いていた。
「……もう夕方じゃん」
さっきまで今日中に出かけるつもりだったのに、すっかり時間が経っていたらしい。今から行けないこともないけど、せっかくなら朝からゆっくり楽しみたい。
「……明日にしよっか」
「由美!!」
ロキが叫んだ。ごめんごめん。でも今日はちゃんと準備もできたし、明日なら朝から楽しめるじゃない。
「明日は絶対行くから。ね?」
「……本当だな?」
「本当本当。朝ご飯食べたらすぐ行こう」
ようやく納得したロキは爺と一緒に明日の荷物を確認し、星空ちゃんも画材を揃えにゲストハウスへ戻っていった。レムと教授は虫籠の最終点検をするそうだ。
私はいつものように食べ物と飲み物を収納しておけば十分だし、あとは明日の朝を待つだけ。
新しいソファに腰を下ろすと、向こうから二人の声が聞こえてきた。
「教授、大型種を複数確保した場合、現在の飼育施設では不足する可能性がある」
「うむ。その場合は増設するしかあるまい。幸い、周囲にはまだ空きがある」
「そうだな。由美がいる」
……聞こえてるよ?
まだ一匹も捕まえてないのに、もう増築の相談してるんだけど。
まあ、いいか。
明日こそ、のんびり恐竜観光を楽しもう。
……できるよね?




