第65話 ……大変だな。
翌朝、朝食を食べ終えたところで、昨日ギルと約束したことを思い出した。
そうだ。雪国に家を作るんだった。
ギルにはいつもお世話になっているし、たまにはゆっくり休める場所があってもいいだろう。食後のお茶を飲み終えると、早速雪国へ転移した。
温泉の周辺は相変わらず一面の銀世界で、遠くには雪をかぶった山々が連なっている。
ギルの別荘を建てるなら、温泉から少し離れた静かな場所がいい。
しばらく歩くと、緩やかな斜面の途中に小さな平地を見つけた。正面には雪山が広がり、周囲には針葉樹が点在している。
うん、ここにしよう。
一人で過ごすんだから、それほど広い家でなくてもいいだろう。暖炉のあるリビングに寝室、キッチンがあれば十分だし、せっかくなら雪景色を眺めながら入れる専用の露天風呂も作ってあげたい。
そんなことを考えていたところで、妙な視線を感じた。
……ん?
少し離れた岩の上に、地の精霊がいた。腕を組んで、こちらをじっと見ている。
「……何してるの?」
「それはこっちの台詞だ! また地面に穴を開ける気か!」
ああ、そっちね。
「もう龍穴はつくらないよーっ。信用ないなー」
「信用できるもんか!!!」
即答だった。
失礼な。今回はちゃんとリアのいる温泉からお湯を引くつもりだし、龍脈に手を出す予定なんてない。
そう説明しても地の精霊は動こうとせず、どうやら最後まで見張るつもりらしい。
まあ、別にいいけど。
まずは土地を整え、雪国に似合う洋風の山荘を作ることにした。
木造の平屋に大きな窓を設け、暖炉のあるリビングにはゆったりしたソファを配置する。寝室とキッチンも整え、掃除や洗濯、室温管理はすべて自動化した。
露天風呂は、大人一人が足を伸ばせる石造りの湯船にした。周囲を木の塀で囲み、正面だけは雪山が見えるようにしておく。
あとは温泉を引くだけだ。
収納にあった石材を取り出し、《万能生産》で陶管に加工する。内側を滑らかに整え、保温と漏水防止の機能も付与しておいた。
「……何をしている?」
「配管作ってるの。石でいいかなって」
「石を掘るのか!?」
「掘らないってば! 収納にあったのを使ってるよ!」
もー、何するにも疑われるんだけど。
地の精霊がじっと見守る中、完成した陶管をリアのいる温泉から別荘まで通し、元の温泉に影響が出ないよう必要な分だけお湯を引く仕組みにした。
やがて湯船に温泉が注がれ始めると、私は地の精霊を振り返った。
「ほら、龍脈には触ってないでしょ?」
「……今回はな」
まだ疑ってる。
工事終了まで見届けるなんて、現場監督かな?
ともあれ、無事完成である。
雪景色に囲まれた小さな山荘は、なかなかいい雰囲気に仕上がった。これならギルも気に入るんじゃないかな。
◇
ギルに連絡すると、仕事中なので夕方なら時間が取れるという。
そこで夕方になってから町へ迎えに行き、そのまま雪国へ連れてきた。
「お疲れー。家できたよ」
「……もうか?」
「うん。あれ」
山荘を指さすと、ギルは建物を見上げたまま足を止めた。
「……これが俺の家か」
「そうだよ。中も見てって」
玄関から入ると、暖炉の火が静かに燃え、大きな窓の向こうには雪山が広がっている。
ギルはリビングを見回し、寝室やキッチンを確認したあと、掃除などもすべて自動だと聞いて呆れたように笑った。
「……至れり尽くせりだな」
「休むための家だもん」
最後に案内した露天風呂では、湯気の向こうに広がる雪景色を眺め、しばらく黙っていた。
「……これは、いいな」
「でしょ? 一人でゆっくり入れるよ」
気に入ってくれたらしい。
「そうだ。せっかく雪国に来たんだから、宇宙船も見ていかない? ミラも近くに住んでるから、ご近所さんとして紹介するね」
昨日の報告を思い出したのか、ギルは軽く頷いた。
それでは、ちょっと見学に行きましょうか。
◇
宇宙船のある雪原へ向かうと、ミラが船体のそばで作業をしていた。
「ミラー。ちょっといい?」
振り返ったミラにギルを紹介すると、二人は簡単に挨拶を交わした。
「私はミラ=カーディス=レイ=セクター31。整備主任だ」
「ギルだ。冒険者組合に勤めている。よろしく頼む」
ギルは挨拶を終えると、改めて巨大な宇宙船を見上げた。
「……これが、北の海に沈んでいたのか」
「そうだよ。転移でここに運んだの」
「……これを丸ごとか?」
「うん」
ギルはもう一度船体を見上げ、深いため息をついた。
ミラによれば、修理はまだ使える部品の確認を進めている段階で、必要な素材がこの世界で手に入るかどうかも分からないらしい。
「そう簡単には直らないか」
「ああ。だが、できることから進めるつもりだ」
二人が宇宙船について話している間に、私はミラの住居が近くにあることを説明した。
「ギルの家は近所だし、気が向いたらお茶でも飲みに行けば?」
ミラがギルを見ると、彼は構わないと答えた。ただし、別荘に来るのは休日くらいだという。
「分かった。機会があれば寄らせてもらおう」
ミラもあっさり頷いた。
うん。ご近所付き合いも問題なさそうだ。
「あと、安置所にも寄っていこうか」
私の言葉にミラは静かに頷き、作業の手を止めた。
宇宙船から少し離れた崖の上には、亡くなった乗組員たちを納めたキューブが整然と並んでいる。
ギルはひとつひとつに目を向けたあと、ゆっくりと頭を下げた。
雪の降る中、しばらく誰も口を開かなかった。
「……故郷へ帰れるといいな」
「ああ」
ミラの短い返事が、静かな雪原に響いた。
◇
見学を終えてギルを別荘まで送り届けた頃には、すっかり夜になっていた。
「じゃあ、私は帰るね。今日はゆっくりしていって」
「……由美」
「ん?」
振り返ると、ギルが少し困ったような顔をしていた。
「ありがとうな」
おや。珍しく素直だ。
「どういたしましてー。いつもお世話になってるからね」
これくらいは当然でしょ。
食べ物や飲み物も用意してあるし、帰るときは携帯を使えばいいことを伝えると、ギルはもう一度礼を言った。
「じゃ、またねー」
手を振って南の島へ転移する。
さて、今日のやる事はこれで終了。
ギルにも、たまには静かな休日を楽しんでもらおう。
***
由美が帰ったあと、ギルは改めて室内を見回した。
暖炉の火が静かに燃え、大きな窓の向こうには夜の雪景色が広がっている。
仕事の書類も、王宮からの問い合わせも、ここにはない。
「……まったく、あいつは」
何かをするとなれば、とことん規格外だが、今回ばかりは素直にありがたかった。
着替えを済ませて露天風呂へ向かい、湯船に身体を沈めると、凝り固まっていた身体に温泉の熱がじわじわと染み込んでいく。
「……ああ、生き返る」
月明かりに照らされた雪山を眺めながら、ギルは湯船の縁に頭を預けた。
静かだった。
誰もいない。何も起こらない。
実に素晴らしい。
しばらく目を閉じてくつろいでいたところで、ふと気配を感じた。
目を開けると、湯船の向こうに見知らぬ存在が立っている。
「……誰だ?」
相手はギルをじっと見つめ、突然声を上げた。
「お前か!!」
「……は?」
「会員番号一番! お前、あの女の被害者の会にいた奴だろう!」
「何の話だ!? 勝手に人を妙な会に入れるな!」
まったく身に覚えがない。
しかし相手は何か思い当たったらしく、ひとりで納得したように頷いた。
「ああ、そうか。あれは夢だったな」
「夢?」
「気にするな。俺は地の精霊だ」
地の精霊。
そういえば、以前この温泉に連れてこられたとき、由美がそんな話をしていた気がする。
あのときは次から次へと常識外れの話を聞かされ、ろくに頭に入っていなかったのだが……。
「……実在したのか」
「当たり前だ!!」
地の精霊は呆れたようにギルを見たあと、腕を組んだ。
「しかし、夢で聞いた通りだな。冒険者組合にいるばかりに、あの女の後始末を押しつけられておるのだろう?」
「……どこまで知っているんだ」
「被害者の会で聞いた分はな。あれだけ散々な目に遭って、まだ付き合いが続いておるとは」
「……好きで付き合っているわけじゃない」
思わずため息が漏れた。
地の精霊は深く頷くと、今日も由美の工事を監視していたことを話し始めた。
「また龍脈に穴でも開けられたらたまらんからな。最後まで見張っておったわ!」
「……すまんな」
「なぜお前が謝る?」
「癖だ」
地の精霊はしばらくギルを見つめると、心底気の毒そうに頷いた。
「……やはり大変だな」
「ああ」
妙なところで話が通じてしまった。
それから少し話してみると、地の精霊も由美には相当振り回されているらしい。お互い事情を説明するまでもなく、あの女の名前を出すだけで話が通じる。
「……お前とは、気が合いそうだな」
「俺もそう思っていたところだ」
人間ではないというのに、これほど気兼ねなく話せる相手は久しぶりだった。
ギルはしばらく考えてから、口を開いた。
「酒は飲めるか?」
「飲めるぞ」
「なら、付き合わないか。せっかく家もできたことだしな」
「よかろう!」
◇
風呂から上がったギルがリビングへ戻ると、地の精霊も当然のようについてきた。
キッチンの棚には由美が用意したらしい酒瓶が何本か並んでいたので、適当なものを一本選び、杯を二つ出して暖炉の前に腰を下ろす。
「……しかし、あの女は本当に何を考えているんだ」
「何も考えておらんのだろう」
「……そうかもしれんな」
ギルは思わず笑ってしまった。
今日聞かされた宇宙船や神様の話をこぼすと、地の精霊も呆れたように酒をあおった。
この先も何が起こるか分かったものではない。
「それで、あの女は次に何をするつもりなんだ?」
地の精霊が杯を置きながら尋ねてきた。
「……知らん」
「聞いておらんのか?」
「聞きたくもない」
「……そうだな」
互いに頷き、杯を軽く合わせた。
「また飲みに来てもいいか?」
「ああ。俺がここにいるときなら、いつでも来い」
「そうか! では遠慮なく来るとしよう」
地の精霊は満足そうに笑い、空になった杯を差し出した。
仕事が減るわけではないし、由美が突然何かを始めるのも、きっと今後は変わらないだろう。
それでも、こうして愚痴を言い合える相手がいるのは悪くない。
ギルは相手の杯に酒を注ぐと、自分の杯も満たした。
暖炉の火がぱちりと音を立て、窓の外では静かに雪が降り続けている。
相手が人間ではないことなど、もはや些細な問題だった。




