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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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第64話 平和だ。

 翌朝、星空ちゃんとロキ、爺を連れて、久しぶりに森の家へ転移した。


 以前、一度きれいにした庭には多少の草が入り込んでいたものの、家そのものは無事だった。


 問題は、結界の外である。


「……ジャングル?」


 見覚えのある森はすっかり別物になっていた。木々は以前よりも高く成長し、太い蔓が幹から幹へと伸び、巨大な葉が幾重にも重なっている。


 透明な結界を境に、内側は普通の庭なのに、外側は熱帯雨林も真っ青な状態だ。


「すごい……! これ、全部本物なんですよね?」


「うん。ちょっと肥料を撒いたら、こんなことになっちゃって」


「肥料で!?」


「効きすぎたみたい」


 星空ちゃんは目を輝かせ、早速紙と鉛筆を取り出していた。


 それにしても、よく育ったものだ。森の方は冒険者組合から手を出さないよう言われているので、どうしようもない。以前の時点ですでに、珍しい植物だけでなく、今まで周辺にいなかった魔物まで集まってきていたのだ。


 そんな森を眺めていたところで、ふと思い出した。


「あ。そういえば、竜がいたんだった」


「今頃思い出したのか」


 ロキが呆れた顔をする。爺まで苦笑していた。


 そうだった。あの竜がいるから、町へ行くときの転移先も変更していたんだっけ。結界の外へ出たら、普通の人なら命が危ない。


「あの、竜ってドラゴンですか?」


「うん。すっごく大きいのがいるよ。見てみる?」


「見たいです!」


 即答だった。


「じゃあ、ちょっと交渉してくるから待ってて」


◇


 深森竜《グランヴェルム》は、以前とほとんど変わらない場所で眠っていた。


 巨大な身体を横たえ、周囲の木々に埋もれるようにしている。相変わらず居心地がよさそうだ。


「おーい、久しぶりー」


 声をかけると、ゆっくり片目が開いた。


「ちょっとお願いがあるんだけど、モデルやんない?」


 グランヴェルムは、じっと私を見つめている。


「絵を描きたい子がいるんだよね。終わったらまた好きなだけ寝てていいから。お願い」


 しばらく動かなかったグランヴェルムは、やがて面倒くさそうに身体を起こした。


 おお、引き受けてくれるらしい。


 先に立って森の家へ戻ると、巨大な竜はゆっくりとついてきて、結界のすぐ近くに身体を横たえた。


 そして、そのまま目を閉じる。


 ……もう寝るんだ。


「星空ちゃーん、連れてきたよー」


 家から出てきた星空ちゃんは、結界の向こうに寝そべる巨大な竜を見て固まった。


「……これが、ドラゴン」


「うん。モデルやってくれるって」


 しばらく呆然としていたものの、やがて真剣な顔になり、紙と鉛筆を手に竜がよく見える場所へ移動した。


 どうやら、恐怖よりも描きたい気持ちが勝ったらしい。


「ロキ、爺。お茶にしよっか」


 爺がお茶を淹れてくれる間に、庭へテーブルと椅子を出し、収納からお菓子を取り出した。


 ロキは椅子に腰かけて本を開き、私はお茶を飲みながら星空ちゃんの様子を眺める。


 目の前にはジャングル。その手前では巨大な竜が眠り、星空ちゃんが夢中になって鉛筆を走らせている。


 うん。平和だ。


◇


 星空ちゃんが満足するまで描き終えたところで、グランヴェルムにお礼を言い、私たちは町の近くへ転移した。


 久しぶりの町は相変わらず賑やかで、通りには商人の呼び声が響き、店先には色とりどりの商品が並んでいる。


「せっかくだし、買い物してきたら?」


 そういえば、食材や日用品もそろそろ買い足しておきたい。ただ、大量に購入するとなると荷物が大変だ。


 ……そうだ。


 収納から地球産のエコバッグを取り出し、試しに家一軒分くらいの収納機能を付与してみる。


「あ、できた」


 おお。便利。


「星空ちゃん、これ使って。収納をつけたから、家一軒分くらい入るよ」


「家、一軒……?」


 星空ちゃんが不思議そうにバッグを覗き込む。


 さらに、まとまったお金を渡した。


「食材とか日用品とか、しばらく買い物しなくて済むように大量にお願い。あと、自分の欲しいものも好きに買ってきていいから」


「えっ、でも、こんなに……」


「大丈夫。お金はあるから、遠慮しないでね」


 嬉しそうに頷く星空ちゃんを見て、ロキと爺にも案内をお願いする。


「承知いたしました」


 そう答えた爺が、星空ちゃんの持つエコバッグをじっと見ていた。


「……爺もいる?」


「よろしいのですか。でしたら、ぜひ」


 妙に嬉しそうだ。


 もうひとつ作って渡すと、爺は丁寧に礼を言い、大事そうに受け取った。


 そんなに欲しかったんだ。


 ロキと爺なら町の店もよく知っているし、星空ちゃんにはレムが用意してくれた翻訳機もある。


 三人を見送った私は、冒険者組合へ向かった。


◇


「お疲れー」


「……来たか」


 いつもの部屋を訪ねると、ギルは書類の山に囲まれていた。


 ずいぶん疲れているように見える。


「王宮から問い合わせが来ている。新しく現れた異星人と聖女召喚についてだ。詳しく聞かせてくれ」


「うん。じゃあ、まず宇宙人の方からね」


 椅子に腰を下ろし、北の海で宇宙船を見つけたことから説明を始めた。


「……待て。宇宙船が北の海に沈んでいたのか?」


「うん。引き上げて雪国に移したよ」


「お前、そんなこと一言も言ってなかっただろう!」


「あれ? 言ってなかったっけ?」


「宇宙人が増えたとしか聞いていない!」


 そうだったかな。


 まあ、今話しているからいいか。


 ついでに亡くなった乗組員たちの安置所を雪国に作ったことと、整備主任のミラが宇宙船の修理を試みていることも伝えた。


 ギルは額を押さえながら、必要な内容を書き留めていく。


「……お前の周りはどうなっているんだ」


「知らないよ。私が呼んだわけじゃないし」


 実際、みんな向こうからやってきたのだ。


 ギルは深いため息をつくと、次の書類を取り上げた。


「それで、聖女召喚だが……藤崎愛蘭が相変わらず星空の居場所を聞き出そうとしている」


「星空ちゃんは会いたくないって言ってるからね。居場所は教えないであげて」


「それは分かっている。ただ、聖王国も絡んでいる以上、王宮としては事情を把握しておきたいらしい」


「ああ、それならちょうどよかった。神様から詳しい話を聞いたんだよね」


 ギルの手が止まった。


「……神?」


「うん。夢に出てきたの」


 私は神様から聞いた聖女召喚の経緯を、ひと通り説明した。


 ギルは途中から書き留める手を止め、眉間を押さえていた。


「……それで、その弟子はどうなったんだ?」


「資格も権能も翼も取り上げられて、恐竜大陸に追放されたって」


「……恐竜大陸?」


「あ、そこは今度でいい?」


 ギルは何か言いかけたものの、結局黙って続きを促した。


「……確認するぞ。帰れるのは星空だけなんだな?」


「うん。でも、長くいると身体が魔物になっちゃうんだって」


「本人は知っているのか?」


「話したよ。帰れることも、身体のことも。それでも、もう少しこっちで絵を描きたいんだって」


「……そうか。佐藤と聖女の方は?」


「二人は帰れないって。身体をこっちの世界に適応させてあるから、地球には戻せないらしいよ」


「……それを、ほかに誰が知っている?」


「今のところ私だけかな。星空ちゃんにも、二人のことは話してないし」


「……お前なぁ」


 両手で顔を覆ってしまった。


 いや、私だって昨日知ったばっかりなんだけど。


「そういうことだから、王宮への報告よろしくね。聖王国との話は王宮に任せればいいでしょ?」


「……簡単に言うな」


「だって私、召喚とは関係ないし」


「俺だって関係ないんだが!? なんで冒険者組合の俺が、神の話を王宮に報告しなきゃならないんだ!」


 あー、確かに。


 ギルも関係ないよね。


 でも、王宮から問い合わせが来てるんでしょ?


「じゃあ、王宮に伝えておいてね」


「……結局、俺なのか」


 うん。よろしく。


 ちなみに今後は蒼い小鳥を通じて神様と連絡が取れるらしい、と伝えたところ、ギルはとうとう天井を見上げてしまった。


 星空ちゃんのことは私が面倒を見るけれど、国同士の問題まで引き受けるつもりはない。必要な情報は全部渡したし、あとは王宮に任せるのが一番だろう。


 それにしても、ギルは本当に大変そうだ。


「ねえ、ギル。雪国に家作ってあげようか?」


「……家?」


「うん。温泉もあるし、静かでいいところだよ。休みの日にのんびりできるでしょ」


 ギルは少しだけ表情を緩めた。


「……それはありがたいが、南の島じゃないのか?」


「え? だってギル、うるさいじゃん」


「誰のせいだと思ってるんだ!!」


 ほら、うるさい。


 まあ、ギルもそれなりの年齢だろうし、温泉は好きなんじゃないかな。見た目は私より若そうだけど。


 エステに行きたければ、携帯で南の島にも行けるんだから十分でしょ。


「じゃあ、今度作ってあげるね」


「……好きにしろ」


 ギルは疲れ切った顔で答えた。


 よし。決まり。


◇


 組合を出てしばらくすると、買い物を終えた三人と合流できた。


「おかえりー。買い物どうだった?」


「すごかったです……。市場に着いた途端、ロキくんを見つけた商人さんたちが、あちこちから集まってきて」


「あー……」


 そういえば、以前はよくロキを連れて大量購入していたっけ。


「次々に商品を勧められるし、ほかの露店の人まで呼びに来るし、最初は何事かと思いました」


「おかげで買い物は早く済んだぞ」


 ロキは平然としている。爺も、商人たちには大変親切にしてもらったと満足そうだ。


 どうやら困惑していたのは星空ちゃんだけらしい。


「でも、すごく楽しかったです! 画材のお店も教えてもらえたので」


 星空ちゃんがエコバッグから取り出したのは、大量の紙や筆、色とりどりの顔料が入った小瓶だった。


「こっちの絵の具、石とか宝石から作られてるんですって! 色によって材料が違うらしくて」


「へぇー。地球でも昔はそうだったよね。青い石から絵の具を作ったりとか」


「そうなんです! だから、色々買っちゃいました」


 さらに、別の包みを取り出す。


「それと、こんなものも見つけたんです。光の絵筆っていう魔道具らしくて」


 見た目は普通の筆だけれど、星空ちゃんが空中で動かすと、その軌跡に沿って光の線が浮かび上がった。


「おおっ!」


 さらさらと動く筆先から光が伸び、あっという間に小さな竜の輪郭が現れる。さっき見てきたグランヴェルムによく似ていた。


「すごいね、それ!」


「でしょう? しばらくすると消えるらしいんですけど、面白くて」


 さらに、見たものの色を記録して、絵の具で再現するための《色写しの魔石》まで買ってきたらしい。


 そんな便利なものが売ってたんだ。


「帰ったら色々試してみたいです」


 星空ちゃんは嬉しそうに魔道具をしまい、エコバッグを抱え直した。


 私はこれまで、必要なものは大抵魔法でどうにかしていたから、町で売られている魔道具にはほとんど興味がなかった。


 でも、探せば色々あるものなんだね。


「ねえ、星空ちゃん。今度、魔道具のお店も見に行こうか」


「いいんですか!?」


「うん。私もちょっと興味出てきた」


 嬉しそうに頷く星空ちゃんの隣で、ロキまで興味を示したように顔を上げた。


 久しぶりの町だったけれど、なかなか面白い一日になった。


 ……ギルにとってもいい一日だったかどうかは、考えないことにしよう。

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