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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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第63話 もう少しだけ。

 朝、目が覚めて最初に思い出したのは、神様のジャンピング土下座だった。


 いやあ、すごかったなあ。あんな見事なもの、なかなか見られないよね。


 それから恐竜。まさか、この世界に本物の恐竜がいるなんて思わなかった。


 ……と、その前に星空ちゃんに話があるんだった。


 身支度を済ませて東屋へ向かうと、今日もいつもの面々が集まっていた。レムと教授は水槽に夢中で、星空ちゃんは絵を描いている。ロキも爺と一緒にくつろいでいた。


 ……なんか、ここだけ人口密度がおかしくない?


 南の島、結構広いんだけどなあ。


 ……なんか、ここだけ人口密度がおかしくない?


 南の島、結構広いんだけどなあ。


「おはよー」


「おはようございます、由美さん」


 星空ちゃんが顔を上げたので、テーブルに並んでいる絵を見せてもらった。


 透明なひれを持つ細長い生き物が丁寧に描かれており、水槽を覗いてみると、ちょうど同じ姿の生き物が岩陰から出てきたところだった。


 相変わらず上手だねえ。


「星空ちゃん、ちょっと話があるんだけど、いい?」


「はい」


 隣の椅子に座り、どう切り出そうか少し考えたものの、回りくどく話しても仕方ない。


「星空ちゃん、日本に帰れるんだって」


 鉛筆を持った手が止まった。


「…………え?」


「昨日ね、夢に神様が出てきたの。それで星空ちゃんのことを聞いたんだけど、帰りたいって言えば日本に帰してくれるって」


 星空ちゃんはしばらく私の顔を見つめていたが、何度か瞬きをすると、小さな声で尋ねてきた。


「……本当に、帰れるんですか?」


「うん。神様がそう言ってたよ。ただね、ちょっと注意しなきゃいけないこともあるんだ」


 神様から聞いた話を、必要なところだけ説明することにした。


 星空ちゃんは、この世界に来るときに身体を適応させる処置を受けていないらしい。そのため、長く滞在すると魔力の影響で身体が変質し、最終的には魔物になってしまうという。


「……魔物、ですか?」


「そう。でも、すぐにどうこうなるわけじゃないんだって。普通の場所なら召喚されてから一年くらいが限界らしいから、帰るならそれまでに、ってことになるね」


 星空ちゃんは驚いたように自分の手を見つめたあと、ゆっくりと頷いた。


「今は普通に生活できてるし、神様がいつでも帰してくれるって言ってたから、そこは安心していいと思うよ」


「……はい」


 何かを考えているようだったので、そのまま待っていると、やがて描きかけの紙に目を落としたまま、小さく口を開いた。


「あの……もう少しだけ、ここにいてもいいですか?」


「うん、いいよ」


「……いいんですか?」


「もちろん。帰るときは神様に連絡するから、決まったら教えてね」


 星空ちゃんはほっとしたように息をつくと、テーブルの上に並んだ絵へ目を向けた。


「私、もう少し絵を描いていたいんです。ここには、見たことがないものがたくさんあって……」


「うんうん。好きなだけ描いていいよ。ただ、身体のこともあるから、無理はしないでね」


「はい。ありがとうございます」


 嬉しそうに笑った星空ちゃんの横から、不意に声がした。


「……確認したい」


 振り向くと、それまで水槽を覗いていたレムがこちらを見ていた。


「星空の肉体は、この惑星への適応処置を受けていないのか?」


「うん。そうらしいよ」


「……興味深い」


 レムは星空ちゃんをじっと見つめると、手元の端末に何かを入力し始めた。


「地球人本来の肉体構造を維持したまま、異なる生体環境に置かれているわけか。しかも、環境中の魔力によって身体が変質する可能性がある……」


 その言葉を聞きつけた教授まで、浮遊式の椅子をこちらへ滑らせてきた。


「ほう! 未改変の地球人とな!?」


 教授は身を乗り出して何やらレムに尋ね始め、レムも端末を操作しながら説明している。


 ……研究者が二人いると、こうなるのか。


「ちょっと待って。星空ちゃんは実験材料じゃないからね?」


「理解している。本人の同意なく検査はしない」


 レムはあっさり答えると、星空ちゃんへ向き直った。


「星空。身体に負担をかけない範囲で、定期的な状態確認を行いたい。許可をもらえるか?」


「……私、ですか?」


「そうだ。魔力による変化が起きていないかを確認する意味もある」


 星空ちゃんは少し戸惑った様子だったものの、説明を聞いて頷いた。


「それなら……お願いします」


「理解した」


 即座に端末へ何かを入力し始めるレムを見て、教授も嬉しそうにしている。


 さて、星空ちゃんの話も一段落したことだし。


「あ、そうだ。みんな、恐竜って知ってる?」


 その途端、今まで本を開いていたロキが顔を上げた。


「聞いたことがないな。どんな生き物だ?」


「地球に大昔いた生き物だよ。すっごく大きいのもいて、家より大きなやつもいるんだって」


「家より大きいだと!?」


 ロキは目を輝かせると、本を脇へ置いて身を乗り出した。


「どんな姿をしている?」


「えーっと、種類によって全然違うんだけど……」


 言葉で説明するより、見せた方が早いかな。


 そう思って空中に画像を表示しようとしたところで、レムが口を開いた。


「地球の恐竜なら記録がある。すでに絶滅した生物群だな」


「そうそう、それ!」


「なぜ突然、恐竜の話になった?」


「昨日、神様から聞いたんだよ。この世界にもいるんだって」


 レムの手が止まった。


「……生存しているのか?」


「うん。どこかの大陸に、たくさんいるらしいよ」


 その返事に教授まで反応し、二人は顔を見合わせた。


「教授。これは確認する価値があります」


「当然じゃ! 地球で絶滅した生物が、別の惑星で生存しておるとは!」


 あ、また始まった。


「由美、その大陸の位置は分かるのか?」


「分かんない。でも、探せばいいんじゃない?」


 映像球に恐竜のいる大陸を探すよう指示すると、目の前の空中にブォンと画面が現れた。


 広大な陸地には深い森と草原が広がり、その向こうには大きな山脈が連なっている。映像を移動させながら探索していると、草原をゆっくりと歩く巨大な生物の群れが見えてきた。


「おおおおお!」


 思わず声が出た。


 長い首に、太い四本の脚。背中の模様は見た事ないけど、どう見ても恐竜だ。


「すごーい! 本当にいる!」


「由美、もっと近くを映してくれ。」


 隣へ飛んできたロキに急かされて画面を拡大すると、巨大な生物が長い首を伸ばして木の葉を食べていた。その足元には小さな個体が何頭も集まっている。


「想像以上だな……!」


「でしょー!」


 興奮するロキの後ろでは、爺が穏やかに微笑んでいた。


「これはまた、見事な生き物でございますな」


「爺、実物を見に行くぞ。これほどの生き物、見逃す手はない」


「もちろん、お供いたします」


 だよねえ。


 隣にいた星空ちゃんも画面に釘づけになっており、巨大な生物が動くたびに目で追っている。


「……これ、本当に生きてるんですか?」


「うん。すごいよねえ」


「私、描いてみたいです……!」


 おお、いいね!


 恐竜のスケッチなんて、地球じゃ絶対にできないもんね。


「じゃあ、みんなで見に行こうか」


 ロキは満足そうに頷き、レムと教授も当然のように賛成した。二人はすでに恐竜の生態について議論を始めており、星空ちゃんも映像を眺めながら、どんなふうに描こうか考えているらしい。


 ……ただ、レム。


 また何か採取しようとしてない?


 そんなことを考えていると、携帯が鳴った。


 画面を見ると、ギルからだ。


「あ、ギルだ。もしもしー」


『由美、今いいか?』


「うん。どうしたの?」


『……聖女の件だ』


 あー、愛蘭ちゃんか。


「何かあった?」


『高瀬星空の居場所について、聖王国側から何度も問い合わせが来ている。聖女本人が、どうしても会いたいと騒いでいるらしい』


「ええー……」


 うへえ。


『こちらからは本人の所在について答えていないが、何度断っても問い合わせが来るんだ』


「そっかあ。ちょっと待ってね」


 私は星空ちゃんへ向き直り、愛蘭ちゃんが会いたがっていることを伝えた。


 その名前を聞いた途端、星空ちゃんの表情が曇ったものの、少し考えると、まっすぐこちらを見て答えた。


「……会いたくありません」


「うん、分かった。ギル、本人が会いたくないって」


『……そうか。分かった。そのように伝えておく』


「よろしくねー」


 これでおしまいかと思ったんだけど、電話の向こうからギルが続けた。


『それと、もう一つある。王宮からも問い合わせが来ているんだ』


「王宮? また?」


『お前のところにいる異星人の件だ。最初の一人だけでも相当な話だったのに、今度は宇宙船が見つかって、生存者が二人増えただろう。こちらも最低限の報告はしているんだが、王宮側から詳しい事情を確認したいと言われている』


「えー。でも、助けただけだよ?」


『その「助けただけ」で済む話じゃないんだよ……』


 電話の向こうから深いため息が聞こえてきた。


 そうかなあ。


 海の底に船が沈んでて、中に生きてる人がいたから助けただけなんだけど。


『それに聖女召喚の件もある。王宮としては一度、お前から直接話を聞きたいらしい』


「ふーん。じゃあ、王宮に行けばいいの?」


『いや、まずはこっちに来てくれ。俺も話を整理しておきたい』


「あー、なるほど。分かった。じゃあ明日行くね」


『……頼む』


 なんだか疲れた声だった。


 電話を切ると、ロキがこちらを見ていた。


「何かあったのか?」


「うん。ギルから、ちょっと町に来てって。王宮からも話があるんだって」


「……またか」


「まただねえ」


 とりあえず明日は町へ行くことになったので、楽しみにしていた恐竜見物は延期することにした。


「……待て。恐竜はどうする。いつ行くんだ?」


「大丈夫だよ。恐竜は逃げないから」


 明らかに不満そうなロキをなだめて画面を閉じると、星空ちゃんが遠慮がちに声をかけてきた。


「あの、由美さん。明日は私も一緒に行っていいですか?」


「もちろんいいよ。最初の町も見てみる?」


「はい。まだ、この世界の町ってちゃんと見たことがなくて……」


 そういえば、星空ちゃんは召喚されてから大神殿にいただけで、普通の町を見て回る機会なんてなかったんだよね。


「じゃあ、ついでに森の家にも寄ろうか。私が最初に住んでたところなんだ」


「森の家、ですか?」


「うん。今は南の島に住んでるけど、あっちにも家があるの」


 随分帰っていないし、ちょうどいい機会かもしれない。


「ロキも爺も、一緒に行く?」


「行く。森の家も久しぶりだ。どうなっているか見ておきたい」


「では、明日はそちらへ参りましょう」


 よしよし。


 明日は久しぶりの最初の町と森の家だね。


 あの辺りなら珍しい植物もたくさんあるし、星空ちゃんのスケッチにもよさそうだ。


 ……そういえば、庭の草、今どうなってるんだろう。

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