第61話 帰るまで。
停止したままのポッドを開くのは、これで何度目になるだろう。
ミラは表示の消えた操作盤から手を離し、開いた内部をしばらく見つめた。
横たわっている乗員に外傷はほとんどない。生命維持機能が正常に働いていたなら、今も眠っているように見えただろう。
だが、もう起きることはない。
個体識別を確認して記録と照合すると、ミラは携帯端末を操作した。身体がわずかに浮き上がり、そのままポッドの外へ滑るように移動していく。
抱き上げる必要はない。
通路を抜け、開放してある搬出口から船外へ出ると、雪原にはすでに何人もの乗員が並んでいた。
一人分の間隔を空け、その隣へ静かに降ろす。
雪は降っていない。
白く広がる地面の上で、彼らの姿だけが妙にはっきり見えた。
ミラは船内へ戻った。
まだ残っている。
機能を停止したポッドを一基ずつ確認し、識別情報を記録して、中にいる者を外へ運び出していく。途中でレムも来たが、余計なことは言わなかった。教授も同じだった。
最後の一人を雪原へ降ろしたところで、ミラは端末に表示された乗員名簿を開いた。
並んでいる人数と照合する。
足りない。
「船内にいる者は、これで全員だ」
レムが雪原を見た。
「記録と合わないな」
「ああ」
墜落時の記録を呼び出すと、船体の一部が大きく損傷した時点で複数の区画が閉鎖されている。その後、海底へ沈むまでのデータにも欠損があった。
破損した外壁。開放された区画。水圧で崩れた隔壁。
船内にいない以上、可能性は限られる。
「海へ出た可能性が高い」
ミラは端末を閉じた。
この惑星の海底を自分たちだけで広範囲に探すのは効率が悪い。
携帯を取り出し、由美へ連絡した。
◇
由美は事情を聞くと、それほど時間を置かずに雪原へ現れた。
転移してきた直後こそいつもの調子でこちらへ歩いてきたものの、並べられた乗員を見たところで足を止める。
「……この人たち?」
「ああ。船内に残っていた全員だ」
由美は雪原へ目を向けたまま、少し黙った。
「まだ足りないんだよね」
「乗員記録と合わない。海へ流出した可能性が高い」
「分かった。探そう」
それだけ言うと、由美は船が沈んでいた海域へミラたちを連れて転移した。
海底には、まだ宇宙船の破片が点々と残っている。
由美が周囲を探り始めてしばらくすると、最初の一人が見つかった。船体の残骸から少し離れた岩場に引っかかるようにして残っていた。
ミラが浮遊装置を向ける。
ゆっくりと身体を持ち上げ、こちらへ引き寄せた。
次はさらに離れた場所だった。
その次は、崩れた船体の一部の下。
由美が位置を見つけ、ミラたちが回収する。
誰も急がなかった。
一人ずつ確認して、雪原へ連れ戻す。
最後の一人を並べたあと、ミラはもう一度乗員記録を開いた。
名前を上から順に確認していく。
今度は、数が合った。
「……全員いる」
レムも教授も何も言わなかった。
由美は少し離れた場所から並んだ乗員を見ていたが、やがてミラのそばまで来る。
「この人たち、ここに埋める?」
「埋めない」
由美がこちらを見る。
「ウルタでは、身体を土へ戻す習慣はない」
「じゃあ、どうするの?」
「還元する」
宇宙船には非常時用の葬送装置が残っている。
本来なら航行中に死亡者が出た場合、その身体を長期間保存して持ち帰る必要はない。身体を構成する物質を分解し、安定した状態へ再構成して、故郷へ持ち帰る。
魂や記憶を保存する装置ではない。
ただ、残った身体をそのまま失わず、家族のもとへ返すためのものだ。
装置を雪原まで運び出し、一人ずつ内部へ収めた。
低い作動音とともに淡い光が内部を満たし、やがて光が消える。
扉を開けると、そこに身体はなかった。
代わりに、小さな半透明のキューブがひとつ残っている。
内部には淡い色が揺れていた。
次の一人は青みが強く、その次はほとんど透明に近い。同じ形をしていても、内部の模様は一つとして同じではなかった。
ミラは完成したものを一つずつ取り出し、名前と識別情報を確認して並べていった。
最後の一人が終わるまで、誰もその場を離れなかった。
「これ、本当ならどうするの?」
由美が並んだキューブを見ながら聞いた。
「家族へ返す。家族がいなければ、本人が指定した場所か所属施設へ戻される」
「そっか」
短く答えた由美も、それ以上は何も聞かなかった。
帰る方法がないことは、全員が分かっている。
しばらくして、由美が雪原の向こうへ目を向けた。
「じゃあ、置く場所作ろうか」
ミラは彼女を見た。
「ここに?」
「宇宙船の横だと落ち着かないでしょ。もうちょっと静かなところ」
そう言って由美が歩き出したので、ミラたちもあとを追った。
選んだのは宇宙船から少し離れた崖の上だった。
背後には白い雪原が広がり、前方には海が見える。風は強いものの視界を遮るものはなく、晴れていれば水平線まで見渡せそうだった。
「ここならいいかな」
由美は周囲を一度見回すと、《万能生産》を使った。
何もなかった崖の上に、柱と屋根を持つ小さな建物が形を作っていく。完全に閉じた建物ではなく、海側は大きく開いていたが、雪や風が直接吹き込まないよう壁の位置が調整されている。
内部には低い台座が作られ、その上へ透明なケースが並んだ。
「ここに入れればいい?」
「ああ」
一つずつ、キューブをケースへ納めていく。
すべてを並べ終えると、由美がケースへ手を触れた。
淡い光が一瞬だけ表面を走る。
「何をした?」
「結界。ここに来るのは誰でもいいよ。この島に関係ある人なら、好きな時に来ればいい」
由美はケースを軽く叩いた。
「でも、これを勝手に持っていくのはダメ。持ち出す時は私に言って」
「なぜだ?」
「大事なものなんでしょ」
由美はそれだけ言った。
許可のない者が触れても、ケースからキューブを取り出せないようにしたらしい。
ミラは並んだ透明な箱を眺めた。
ここはウルタ星ではない。
空の色も、大気も、海も違う。
背後に広がる雪原も、眼下にある海も、彼らが生まれた星とは何の関係もない。
それでも、壊れたポッドの中でもなければ、暗い海底でもなかった。
透明なケースの中に並ぶキューブを見てから、ミラは海の向こうへ目を向けた。
ここは故郷ではない。
だから、いつか連れて帰る。




