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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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第59話 同郷だけど

「……日本の方ですか?」


「うん。田中由美」


「ギルだ」


 私たちが名乗ると、最初に近づいてきたのは黒髪の女の子だった。


「よかったぁ。本当に日本人なんですね。藤崎愛蘭(あいら)です。二十一歳です。こっちは幼馴染の高瀬星空(せいら)。私たち、同じ美大に通ってたんです」


 ぱっと花が咲くように笑う。


 可愛い。ものすごく可愛い。


 そう思いながら示された方を見ると、くるくると好き勝手に跳ねた赤い髪に、そばかすと眼鏡の女の子が小さく頭を下げた。


「高瀬星空です」


 最後に、細身のスーツ姿をした狐みたいに目の細い男性も頭を下げる。


「佐藤圭介です。三十五歳です。私は二人とは面識がありませんでした。たまたま同じ場所にいただけです」


「同じ場所?」


「コンビニの駐車場です」


 コンビニの駐車場。


 なんか、すごくベタな異世界転移っぽい。


「私たちは大学から帰る途中で、圭介さんは仕事帰りだったみたいです」


「……佐藤でお願いします」


「あ、はい」


 愛蘭ちゃんは笑ったまま、特に気にした様子もない。


 ギルと一緒に空いている椅子へ座ると、愛蘭ちゃんは当然のように私の正面へ座り、星空ちゃんはその少し後ろへ控えた。


「田中さんは、いつこちらに?」


「数ヶ月前かな」


「じゃあ、かなり先輩なんですね。最初はどこの国に召喚されたんですか?」


「召喚はされてないよ」


「え?」


「神様が間違えて私を転移させたの。本当は勇者を送るはずだったみたい」


 一瞬、三人とも黙った。


 隣を見ると、ギルまで驚いた顔をしている。


「……お前、そんな理由で来たのか?」


「言ってなかったっけ?」


「聞いてない!」


「それで、お詫びしてもらって、町の近くに送ってもらった」


「その町は、どこの国だったんですか?」


「知らない」


「……国の名前を?」


「うん」


 今度はギルが顔を覆い、佐藤さんも何とも言えない顔をしている。


「じゃあ、今住んでいる国は?」


「知らない」


「……国名を?」


「うん。無人島だから」


「世界情勢とか、国同士の関係は?」


「知らない」


 愛蘭ちゃんの笑顔が少しずつ固まっていく。


「じゃあ……魔王とか」


「ロキ?」


「え?」


「あ、知り合いに元魔王はいる」


 ギルが額を押さえた。


 愛蘭ちゃんは何か聞きたそうだったけれど、佐藤さんが先に口を開く。


「田中さんは、こちらではどのように生活されているんです?」


「家建てて、ご飯食べて、温泉入ったり」


「……それで生活が成立しているんですか?」


「してるよ」


 佐藤さんは少し考えるように黙った。


「田中さんは転移魔法が使えるんですよね?」


 愛蘭ちゃんがすぐに話を戻す。


「神官の方から聞きました。どこへでも行けるって」


「だいたい」


「よかった。これで私たちも色々な場所へ行けますね」


「ん?」


「せっかく同じ日本人なんですし」


 なんでそうなる。


「私は観光案内してないよ」


「え?」


「行きたいところがあるなら、自分で行けばいいんじゃない?」


「でも、私たちはまだこの世界のことを知らないですし、田中さんの方が慣れてますよね?」


「私も知らないよ」


 さっきから言っている。


「まあ、その辺は後で考えればいいか」


 愛蘭ちゃんはあっさり話を終わらせると、隣を振り返った。


「星空、喉渇いた」


「あ……うん」


 星空ちゃんが立ち上がり、部屋の端にある水差しへ向かう。


「自分で取れば?」


 思わず言うと、愛蘭ちゃんがきょとんとした。


「ああ。でも、昔からこうなんです。言えばやってくれるので」


 星空ちゃんは水を注いで持ってきた。


 愛蘭ちゃんはグラスを受け取ったものの、礼は言わない。


 少し引っかかる。


「星空ちゃんは、言葉分からないんだよね?」


「はい。全然」


「大変じゃない?」


「……まあ」


「でも私がいるので大丈夫なんです」


 愛蘭ちゃんが横から口を挟んだ。


「神官の方との話も私が全部してますし、この子、昔から人と話すの苦手なんですよ。放っておくと何も言えないので」


 星空ちゃんは何か言いたそうにしたものの、結局口を閉じた。


 佐藤さんも何か思うところがあるのか、二人を交互に見ている。


「星空ちゃんは、こっちに来てから何してるの?」


「私のお手伝いです」


 聞いたのは星空ちゃんだったのに、愛蘭ちゃんが答えた。


「聖女って覚えることが多いんですよ。だから星空には、身の回りのことをやってもらってます。この子には能力もないので、他にできることもないですし」


 あ。


 なんか今、すごく嫌だった。


「星空ちゃん。それ、やりたいの?」


「やりたいとかじゃなくて、昔からそうなんですよ。私たち」


「愛蘭ちゃんには聞いてないよ」


 愛蘭ちゃんの笑顔が止まった。


 私は星空ちゃんを見る。


「やりたい?」


 しばらくして、星空ちゃんが視線を落とした。


「……別に、やりたくはないです」


「またそういうこと言う」


 愛蘭ちゃんが困ったように笑う。


「星空って、人前だと急にこういうこと言うんですよ。嫌なら嫌って言えばいいのに」


「今、言ったよ」


「え?」


「やりたくないって」


 愛蘭ちゃんは少し眉を寄せた。


「でも、何の力もないんですよ?」


「だから何?」


「私は聖女で、佐藤さんは賢者。星空だけ何もないなら、せめて私の手伝いくらい――」


「自分のことくらい自分でやれば?」


 今度は完全に笑顔が消えた。


「田中さん、私たちのこと何も知らないですよね?」


「うん。だから本人に聞いてるんだよ」


 私は星空ちゃんを見る。


「で、あなたはどうしたいの?」


「……私?」


 なぜか驚かれた。


 少し待つと、星空ちゃんは眼鏡の奥で何度か瞬きをしたあと、ぽつりと言った。


「……帰りたいです」


「そっか」


 それなら、召喚した側にも聞いておいた方がいい。


 扉の外にいた人へ声をかけ、神官を呼んでもらった。


「この子、今どういう扱いなの?」


「高瀬様ですか? 聖女様のご友人であり、現在は身の回りのお世話をされている方と認識しております」


「本人がやるって言ったの?」


 神官が星空ちゃんを見る。


「藤崎様からは、昔から身の回りの世話をされていると伺っておりますが」


 もちろん星空ちゃんには通じないので、私がそのまま伝える。


「違います」


 星空ちゃんがすぐに答えた。


「何回も嫌だって言いました。愛蘭の世話係じゃないって言ったし、ここにずっといるのも嫌だって。でも誰にも通じなくて」


「そんな言い方してないでしょ。混乱してただけじゃん」


「違う。首も振ったし、愛蘭にもやめてって何回も言った!」


 部屋が静かになった。


 神官は困惑したように二人を見比べる。


「高瀬様が何かを訴えておられる様子は、確かに何度かありました。ただ、我々には言葉が理解できず……藤崎様からは、環境が変わったことで混乱しているのだと」


 神殿としては、愛蘭ちゃんには言葉が通じる。星空ちゃんには通じない。そのうえ片方は聖女で、もう片方は何の能力もない一般人。


「……やっぱり、そうだったんですね」


 佐藤さんが小さく呟いた。


「気づいてたの?」


「はっきりとは。ただ、藤崎さんの説明と高瀬さんの反応が噛み合わないことが何度かあったので」


「だって本当に昔からこうなんですよ」


 愛蘭ちゃんはまだ納得できないらしい。


「星空は昔から人前だと変なこと言うし、私がいないと何も決められないのに」


「それ、本人がそう言ったの?」


「言わなくても分かりますよ。ずっと一緒なんだから」


 ああ。


 無理だ。


 この子、本気で自分が星空ちゃんのことを一番分かっていると思っている。


 生理的に無理。


「で、帰す方法はあるの?」


 神官へ聞くと、表情が曇った。


「現在調べておりますが、今のところ分かっておりません」


「召喚したなら戻せないの?」


「帰還の術については、我々にも……」


「そっか」


 なら、今すぐ帰るのは無理らしい。


「じゃあ、帰れるまでどうするの?」


「これまでは聖女様のおそばで保護を――」


 私は星空ちゃんを見る。


「このまま愛蘭ちゃんのところにいるって」


「嫌です」


 今度は、はっきり返ってきた。


「この子、嫌だって」


 私が伝えると、神官が目を見開く。


「聖女様のおそばにいることを、ですか?」


「うん。愛蘭ちゃんの世話もしたくないって」


 神官はしばらく黙ったあと、深く頭を下げた。


「我々は、高瀬様ご本人の意思を確認できていなかったようです。ご本人が望まれないのであれば、聖女様のそばに置く理由はありません」


「じゃあ、別のところに住んでもいい?」


「ご本人が望まれるのであれば」


 それなら話は早い。


「星空ちゃん。うち来る?」


「……え?」


「帰れるまで。部屋余ってるし」


 隣でギルが勢いよくこちらを見た。


「お前、増やさないんじゃなかったのか!?」


「この子は別」


「何が違うんだよ!」


「本人が困ってる」


 星空ちゃんは呆然と私を見ている。


「でも……迷惑じゃ」


「別に」


 人が一人増えたところで、食料も部屋も困らない。


「でも田中さん、この子、本当に何もできませんよ? 魔法もないし、こっちの言葉も分からないし」


「別に働かせるつもりないけど」


「……え?」


「住むのに能力いる?」


 愛蘭ちゃんが黙った。


「星空ちゃんはどうしたい?」


 今度は、答えが出るまでそれほど時間はかからなかった。


「……行きたいです」


「星空。知らない人について行くの? あんた、一人じゃ何もできないでしょ?」


「一人じゃない」


 星空ちゃんが私を見る。


「田中さんがいるから」


「私も、その方がいいと思います」


 佐藤さんまで口を挟んだ。


「高瀬さんが何を望んでいるのか、一度藤崎さんと離れた場所で考えた方がいいでしょう」


「でも――」


「本人が行きたいって言ってるから」


 これ以上話しても同じだろう。


 話がまとまったところで、隣にいたギルが口を開いた。


「王宮には俺から報告しておく」


「お願い」


 神官には、星空ちゃんをしばらく預かることと、帰還方法が分かったらギルへ連絡してもらうことだけ伝えた。


「……また俺かよ」


 隣でギルが小さく呟いた。


 聖女については――もういい。


 できれば今後、あまり関わりたくない。


「じゃ、行こっか」


「はい」


 星空ちゃんを連れて、そのまま南の島へ転移した。

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