第58話 セレス聖王国
「え?」
思わず聞き返すと、携帯の向こうでギルが少し言いにくそうに続けた。
『召喚された連中は、ニホンって国から来たらしい。……ただ、お前が前に言ってたのはチキュウだったよな?』
「ああ。地球は星の名前で、日本はその中にある国」
『……そういうことか』
そういえば、地球から来たとは言ったものの、日本について説明した覚えはなかった。
「で、その聖女が日本人なの?」
『聖女だけじゃない。三人いる』
本来、セレス聖王国が行ったのは聖女一人を呼ぶための召喚だったらしい。それが実際には、聖女と賢者、それから何の力も持たない一般人まで一緒に現れたという。
「増えてるじゃん」
『巻き込まれたらしい』
どうやったら一人を呼んで三人になるのかと思ったものの、その辺りは召喚した側にも分かっていないらしい。しかも、応じたのは神様本人ではなく、その弟子だか下位の神だか、そういう立場の存在なのだという。
「神様って弟子いるんだ」
『そこか?』
「知らなかったし」
私を間違えて落とした神様からは、そんな話を聞いた覚えがない。
聖女には聖女の力があり、もう一人は賢者としてかなり高い魔法適性を持っているらしいけれど、最後の一人だけは本当に何もなかった。
「言葉も?」
『通じないそうだ』
「……それ、ほんとに何もないじゃん」
私は間違えて異世界へ落とされたけれど、少なくとも神様は謝ったし、言葉に困らないようにもしてくれた。
それに比べて、勝手に巻き込んでおいて言語翻訳すらなし。
神様の弟子というものは、もう少し教育した方がいいんじゃないだろうか。
「でも、なんで向こうは私のこと知ってるの?」
『聖女が、召喚した神の弟子から聞いたらしい。この世界には、すでにニホンから来た女がいるってな』
「余計なことを」
『名前も居場所も知らない。それでセレス聖王国が、各国や大きな組合に心当たりがないか照会を出してる』
遠距離の連絡には《通信盤》という魔道具を使うらしく、専用の紙に書いた内容を遠くへ送れるという。
要するに、魔法のファックスみたいなものだ。
「それ見て、私じゃないかと思ったの?」
『お前も異世界から来た女だから、一応確認しただけだ。ニホンがチキュウにあるとは知らなかった』
「うん」
『ただ、お前のことはまだ向こうには何も伝えてない』
ギルなら勝手に私のことを話したりはしないだろうと思っていたので、そこは特に気にならなかった。
『向こうは、先に来たニホン人がいるなら会いたいそうだ』
「うーん……最近、人増えたから会わなくていいかな」
『どういう理由だよ』
「宇宙人増えたのよ」
『は?』
「レムの仲間」
一瞬、何も聞こえなくなった。
『それを先に言え!』
「別に困ってないし」
『俺が困るんだよ!』
聖女の話をしていたはずなのにギルが怒り始めたので、そのまま「じゃあ、また何かあったら教えて」と通話を切った。
何ももらえず、言葉まで通じない人は気の毒だけれど、最近は本当に人が増えすぎた。
しばらく新しい知り合いは増やさなくていい。
◇
数日後、テラスで冷たいお茶を飲んでいると、庭の転移地点が淡く光り、そこからギルが現れた。
「由美!」
「なに?」
開口一番から機嫌が悪い。今回は仕事中に勝手に呼び出してもいないので、私のせいではないはずだと思いながら見ていると、ギルは何か言いかけたところで東屋へ目を向け、そのまま止まった。
東屋では、ロキが水槽に張りつくように中を覗き込み、そのそばに爺がいる。レムと教授もいつものように水槽を眺めていた。
ギルの視線は、その中で唯一見覚えのない老人へ向いた。
「……あれが増えた宇宙人か?」
「うん。教授」
「教授?」
呼ばれた教授がこちらへ顔を向ける。
「ノル=エルディア=ヴァス=セクター12だ」
「……ギルだ」
「理解した」
挨拶は一瞬で終わった。
ギルはしばらく教授を見たあと、何かを諦めたように私へ視線を戻したので、そういえばもう一人いることも伝えておく。
「あとミラもいるよ。今、雪国」
「まだいるのか!?」
「宇宙船に二人いたから」
「それを電話で言え!」
「人数聞かれなかったし」
ギルが額を押さえたところで、ロキが「ギル、久しぶり」と声をかけ、爺も軽く会釈する。レムは特に気にせず水槽へ視線を戻した。
「それで、何しに来たの?」
「……聖女の件だ」
ようやく本題に戻ったらしい。
ギルは革鞄をテーブルへ置くと、中から数枚の紙を取り出した。
「セレス聖王国から、王宮にも正式な照会が入った。『この世界にはすでにニホンから来た女性がいる』って神託があったから、心当たりがないかってな」
「ふうん」
「で、王宮が考えた」
そこでギルが、なんとも言えない顔で私を見る。
「……田中由美、怪しくないかって」
「まあ、怪しいか」
「納得するな!」
王宮とは一度関わっているし、私が普通じゃないことくらいは十分知られている。
そこへ異世界から来た女を探していると言われれば、私を思い出すのは仕方がない。
「王宮も、私が日本から来たって知ってるわけじゃないんでしょ?」
「知らない。だから確認してくれって俺のところに来たんだよ」
「確認できたね」
「ああ!」
「じゃあ終わり?」
「終わらなかったから来たんだ!」
お気の毒である。
どうやら王宮としては、私が該当するならセレス聖王国が面会を希望していることを改めて伝え、その意思を確認してほしいらしい。
命令ではなく、お願い。
「でも、この前会わなくていいって言ったよね」
「理由が『最近、人が増えたから』で王宮に報告できると思うか?」
「だめ?」
「だめだろ!」
別に嘘ではないのに。
とはいえ、ギルがわざわざここまで来たということは、このまま断れば今後も窓口にされるのだろう。
「じゃあ、一回だけね」
そう答えると、ギルは深く息を吐いた。
「最初からそう言え……」
「三人はどこにいるの?」
「セレス聖王国の王都だ」
「王都ね」
ギルが王宮から借りてきたらしい地図を広げようとしたので、その横で空中に画面を開いた。
「何してる?」
「王都探してる」
セレス聖王国の王都を指定すると、画面に遠く離れた街並みが映し出された。白い石造りの建物が並び、中央にはいくつもの尖塔を持つ大きな建物が見える。
「ここ?」
ギルが画面を覗き込んだ。
「……たぶん」
「たぶん?」
「俺も行ったことないんだよ」
「そっか」
王都らしき街は見つかった。
「行ける」
「何が?」
「転移」
ギルが嫌そうな顔をした。
「待て」
「一人で知らない国行くの嫌だから、ギルも来て」
「俺は頼みに来ただけだ」
「でも向こうの人と話すなら、ギルいた方がいいし」
「俺だって知らない国だ!」
「私よりはこの世界に詳しいでしょ」
「比較対象がおかしいんだよ!」
それはそうかもしれないけれど、一人で行くよりはいい。
「じゃ、行こっか」
「だから待て――」
そのまま転移を発動すると、目の前の景色が一瞬で切り替わった。
南国の日差しと海風が消え、代わりに白い石造りの街並みと、高くそびえるいくつもの尖塔が視界に入る。
隣ではギルが頭を抱えていた。
「……なんで俺まで」
「一人で来るの嫌だったから」
「知ってるよ!」
とりあえず、着いたらしい。
セレス聖王国。
名前はたぶん、すぐ忘れる。
問題は、聖女がどこにいるのかだった。
「どこ行けばいいと思う?」
「今それを聞くのか?」
「街までは分かったけど、そこから先は調べてない」
二人で街の向こうを見渡すと、白い建物が並ぶ中に、一つだけ明らかに規模のおかしい建物があった。いくつもの尖塔を持ち、遠くからでもよく目立っている。
ギルがそれを指差す。
「……あれじゃないか?」
「どれ?」
「一番でかいやつ。宗教国家なんだから、あれが大神殿だろ。たぶん」
「じゃあ、あそこ行こっか」
「お前も少しは疑え」
「ギルもたぶんって言ったじゃん」
「俺も来たことないんだよ!」
思ったより役に立たない。
二人で一番大きな白い建物を目指して歩くと、やがて大神殿の敷地を囲む高い白壁と大きな門へ着いた。
そこで当然のように止められた。
身分証だけでなく入国記録や通行証まで求められたものの、国境を転移で飛び越えてきた私たちにそんなものがあるはずもない。
ギルが冒険者組合の身分証と王宮から預かってきた書類を見せ、セレス聖王国からの照会を受けて来たことを説明すると、門番はすぐに中へ通すのではなく、私たちを詰所の前で待たせた。
確認のため一人が書類を持って奥へ走り、しばらくすると神官らしい人までやって来る。
「ニホンから来られた方だと?」
「たぶん私」
「たぶんって言うな」
横からギルに突っ込まれた。
神官は私をまじまじと見たものの、書類と照会内容を確認すると、ようやく表情を緩めた。そこからも兵士と神官が一人ずつ付いたまま大神殿まで案内されることになった。
ちゃんとしてる。
「合ってたね」
案内された先に、さっき二人で適当に選んだ大きな建物が見えてきたので言うと、ギルは呆れた顔をした。
「結果論だ」
大神殿は外から見る以上に大きく、白い石の床も高い天井も、いかにも宗教施設という感じだった。
「すごいね」
「観光に来たんじゃないぞ」
「分かってるよ」
奥へ進むにつれて人が増え、そのたびに妙に注目されるので、先に来た日本人を見に来たのか、それとも何の先触れもなく突然現れた女を警戒しているのかは分からない。
たぶん両方だろう。
しばらく歩いたところで、案内役の神官が大きな扉の前で足を止めた。
中には、召喚された三人がいるという。
扉が開くと、広い部屋の奥に三人の人間がいた。
一人は、腰近くまである真っ直ぐな黒髪に、ずいぶん愛らしい顔立ちをした若い女性。
その隣には、細身のスーツ姿で、狐みたいに目の細い三十代くらいの男性。
そして少し離れたところに、くるくると好き勝手に跳ねた赤い髪、そばかす、眼鏡の女の子が座っていた。
日本人だ。
三人の視線が、一斉にこちらへ向いた。
私は少しだけ手を上げる。
「どうも」
黒髪の女の子が目を見開き、赤毛の子は椅子から立ち上がった。
そして狐目の男が、確かめるように日本語で口を開く。
「……日本の方ですか?」
「うん」
その瞬間、三人の表情がそれぞれ違う形で変わった。




