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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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第55話 返してきなさい。

ここ数日、南の島はずっと雨だった。


 朝起きても雨、昼になっても雨で、夜になると少し弱まることはあっても、翌朝にはまた何事もなかったように降っている。とはいえ、洗濯は勝手に終わるうえ、出かける時は転移なので、生活そのものにはほとんど影響がない。


 雨音を聞きながらだらだらするのも嫌いではなかったものの、何日も空が灰色だと、さすがに飽きてきた。


 昼を少し過ぎた頃、海辺の東屋へ行くと、レムはいつものように大型水槽の前にいた。


 最初に作った頃より中身はずいぶん増えていて、小魚や蟹の間を見覚えのない生き物が泳いでいるのも、今では珍しくない。レムは私が来ても記録の手を止めなかったので、その横に立って水槽を眺めながら、何となく口にした。


「最近、雨ばっかりよねー」


「そうだな。観察個体による局地的環境変化は安定している」


「へえ」


 水槽の中を泳いでいた魚を目で追いかけながら聞き流しかけて、今の言葉が少し引っかかった。


「……局地的環境変化って何?」


「採取した個体の一種が、周辺環境を自身の生息条件へ近づけている」


 レムはそう言ってから、水分を集めて雨雲を形成し、一定範囲に継続的な降雨を発生させているのだと説明した。


 そこでようやく、私はレムを見た。


「……それ、今降ってる雨?」


「ああ」


 私は黙って水槽へ視線を戻した。


「どれ?」


 指された先には、薄い青色の丸っこい生き物が岩の陰に半分隠れていた。ぷっくりした体に透明なひれのようなものがついていて、危険そうには見えないどころか、ぼんやり水の流れに揺られている。


 見覚えはないけれど、それ自体は別に珍しくない。


 《鑑定》と《万能解析》を使うと、湿潤な環境を好む希少な海洋生物で、生息地周辺の大気や海面から水分を集め、雨雲を作る性質を持つらしい。


 現在の降雨範囲は、ほぼ島全域。


「これ、いつ採ってきたの?」


「四日前だ」


 雨が続き始めた頃と合う。


「いつ気づいたの?」


「二日目には確認している。降雨範囲の拡大速度と活動量に相関が――」


「知ってたの?」


「ああ」


 私はしばらくレムを見たものの、向こうは何が問題なのか分かっていない顔でこちらを見返している。


「……言ってよ」


「生活への影響は確認できなかった」


 たしかに困ってはいないけれど、それとこれとは別だ。


「返してきなさい」


 レムの手が止まった。


「希少な個体だ。自然環境下での観察記録も少なく、現在も降雨範囲、活動周期、摂食行動を――」


「終わってなくていいから返してきなさい」


「観察継続の価値は高い」


「雨、もう飽きた」


 レムは黙ったものの、納得していないのは分かる。


 珍しい生き物を観察するのは好きにすればいい。ただ、知らないうちに島ごと観察環境にされるのは困る。


「元いた場所、覚えてる?」


「記録している」


「じゃあ、そこに返して」


「あと四十八時間あれば、降雨範囲の最大値を――」


「晴れてほしいの」


 レムは少し考えるように沈黙したあと、再び記録へ視線を戻した。


「合理性に欠ける」


「私の島だからいいの」


 それで話は終わりにした。


◇


 夕方になる頃、買い物へ出ていたロキと爺が戻ってきた。


 森の家を経由して町へ行っていたらしく、ロキは帰るなり東屋へ向かい、いつものように水槽を覗き込んでいる。最近はすっかり日課になっているので、私も後からついていくと、ちょうど例の青い生き物を見つけたところだった。


「これ、見たことない」


「今日返すやつ」


 ロキがこちらを見たので、雨を降らせているのがそれだと教えると、もう一度水槽へ顔を向けた。


「珍しい?」


「極めて希少な個体だ」


 レムが即答すると、ロキの興味が増したのが分かった。


 その横で、爺は水槽ではなくロキの方を見ており、濡れた肩へ乾いた布を掛けている。


「坊ちゃま、先にお召し物を替えられてはいかがでしょう。森の家は晴れておりましたが、こちらは少々冷えておりますので」


「平気」


 ロキは水槽から目を離さなかったものの、爺も気にした様子はない。


「平気と仰る時ほど、後で冷えるのでございます」


「……あと少し」


「その『あと少し』が長いのでございます」


 聞こえないふりをしたロキが、そのまま青い生き物の食べるものをレムへ尋ね始めたので、嫌な流れだと思って声をかけた。


「ロキ」


 こちらを見る。


「飼わないよ」


「聞いただけ」


 ほんとかな。


 爺は小さく息をつきながら、ロキの肩に掛けた布が落ちないよう直している。


 私はそのまま水槽の前にいるレムへ目を向けた。


「今日中ね」


「観察記録を整理した後、採取地点へ戻す」


「ちゃんと返してね」


「戻す」


 そこまで確認して、私は先に家へ戻った。


◇


 夜になる頃には屋根を打つ雨音が少しずつ弱くなり、夕食を食べ終える頃には、ほとんど聞こえなくなっていた。


 翌朝、外へ出ると空は久しぶりに青かった。


「あー、晴れた」


 数日ぶりの太陽を見ながら伸びをしていると、後ろからレムが出てくる。


「昨夜、個体は採取地点へ返却した」


「うん。ありがと」


「追加調査の必要性は残っている。季節による降雨能力の差も――」


「拾ってこないでね」


「採取だ」


「どっちでもいいから」


 晴れたので、もうそれでよかった。

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