第52話 バレた。
ギルが水槽を見つけて大騒ぎしてから、一週間ほど経った。
あれから水槽はほとんど見に行っていない。そのうちまた何か増えている気もするが、結界はかけてあるし、私に仕事が増えないなら好きにしてもらって構わない。
そんなことを考えながらテラスでだらだらしていると、ギルがやってきた。
今日はエステへ行く途中という雰囲気ではない。私を見つけるなり、なんとも言えない顔をする。
「由美。公爵家の件、王宮にバレたぞ」
「へー。で?」
ギルはしばらく黙ったあと、片手で顔を覆って深いため息をついた。
「……やっぱりお前だったか……」
「何が?」
「公爵家消したの!」
「そうそう、私」
「さらっと言うな!」
別に隠していたわけではない。
ヴェラが重傷を負った原因を作ったのは公爵家の息子で、それを両親が金で揉み消そうとしていた。解析したら他にも色々出てきたので、まとめて片づけただけである。
ギルも公爵家の噂は知っていたらしく、本気で私を責める気はないようだった。
「……まあ、あの家ならいつか何かあるとは思ってたが」
「じゃあいいじゃん」
「よくねえよ。公爵家が一つ丸ごと消えてんだぞ」
「公爵一家は生きてるよ」
「そういう問題でもない」
ギルは諦めたように息を吐くと、懐から封筒を取り出した。やたら立派な紙で、封蝋までついている。
「召喚状だ」
「どこの?」
「王宮」
「えー、面倒」
「俺に言うな」
受け取って中を見る。
丁寧な文章をざっと追ってから、もう一度最初を見る。
「……これ、召喚状じゃなくてお願いじゃん」
「同じだ」
「ニュアンス全然違うけど」
じっと見ると、ギルが目を逸らした。
「お前はこの国の人間じゃないし、住んでる場所も王国領じゃない。だから強制はできない」
「じゃあ行かなくていいじゃん」
「よくねえ!」
思ったより強い声が返ってきた。
「お前が行かなかったら、今後も王宮から俺に問い合わせが来るだろうが!」
「携帯で私に連絡すれば?」
「なんで俺がお前と王宮の連絡係になるんだよ!」
「便利じゃん」
「俺が便利じゃねえ!」
……そこなんだ。
「とにかく一回行って、自分で話してこい。俺を間に挟むな!」
「それが目的?」
「悪いか!」
ものすごく必死だった理由がそれだとは思わなかった。
「面倒なんだけど」
「俺だって面倒なんだよ!」
このまま行かなかったら、王宮から何かあるたびにギルへ問い合わせが入り、そのたびに携帯で私へ連絡が来るのだろう。
面倒だけど、ギルがあまりにもうるさいから仕方なく行くことにした。
◇
王宮へ着くと、案内された部屋には王と、その息子らしい男、それから何人かの側近がいた。
兵士に囲まれるようなこともなく、罪人を取り調べる雰囲気でもない。とりあえず言われた場所に座ると、なぜかギルも隣に残った。
もう帰ればいいのに。
「突然呼び立ててすまない。少し確認したいことがあってな」
「公爵家?」
一瞬、部屋が静かになった。
「……まだ何も話していないのだが」
「王宮から呼ばれるようなこと、それくらいしか思いつかないし」
王はなんとも言えない顔をした。
「では聞こう。公爵邸が跡形もなく消えた件について、何か知っているか?」
「私が消したよ」
また静かになった。
隣でギルが額を押さえる。
「……公爵一家が行方不明になっている件は?」
「無人島にいるよ」
「無人島?」
「一周二時間くらいの小さい島。最低限困らないようにはしてあるよ」
「……なぜ、そこへ?」
「ヴェラを殺しかけたから」
王はしばらく黙ったものの、それ以上は聞かなかった。証拠を持っているなら、細かい事情は分かっているのだろう。
「私の机に送られてきた資料も、あなたが?」
「うん」
「どうやって私の執務室へ?」
「映像球で王様を探したらそこにいたから、その場所へ転移させた」
王が止まった。
側近たちも止まった。
「……私を探した?」
「うん」
「今でもできるのか?」
「たぶん」
さっきまでとは少し空気が変わった。
「つまり、私の居場所を見つけて、そこへ物を送れると?」
「見つかって転移できれば」
何をそんなに気にしているのだろう。
「でも、王様探す用事なんてないし」
「そういう問題ではない」
ギルが小声で言い、王まで頷いた。
「証拠、全部まとめたら結構あったけど」
「……結構、どころではなかった」
「あれ、邪魔だった?」
「そこでもない」
今度は王本人に言われた。
隣では王子が口元を押さえている。たぶん笑っている。
「送られてきた資料はこちらでも調べた。かなり重大なものも含まれていた」
「へー」
「へー、じゃねえ」
もう渡したものなので、必要なら王宮で好きに調べればいい。
王は少し疲れたように息を吐いた。
「事情は分かった。ただし、今後この国の貴族が関わる件で同じようなことがあれば、できれば先に知らせてもらいたい」
「えー」
「由美」
「面倒なんだけど」
「公爵家を消す方がよっぽど面倒だろ!」
「消すだけならすぐだよ」
「そういう話じゃねえ!」
王子がとうとう吹き出した。
「……覚えていたらで構わない」
「じゃあ、覚えてたら」
「できれば覚えておいてくれ」
王に念を押された。
公爵一家のいる島も教えたので、あとは王宮で好きにすればいいだろう。
これで終わりかと思って立ち上がりかけると、王がもう一度口を開いた。
「最後に一つ。今後、こちらからあなたへ連絡を取りたい場合はどうすればいい?」
言われて考える。
南の島にも森の家にも住所はない。
「ギルに言えば、私の携帯に連絡くるよ」
「おい」
即座に声が飛んできた。
「なるほど。では今後も冒険者組合を通してギル殿に――」
「……陛下。できれば、それは別の方法をご検討いただければと」
さっきまでとは打って変わって、ギルがきっちり頭を下げた。
「なんで?」
「お前は黙ってろ!」
私にはいつものギルだった。
「他に連絡方法ないし」
「だからって俺を窓口にするな!」
「でも携帯持ってるじゃん」
「そのために渡されたんじゃねえ!」
王子はもう普通に笑っている。
「俺は今日、お前と王宮を直接つなげるためにここまで連れてきたんだぞ!」
「つながったじゃん」
「連絡先が俺のままなんだよ!」
ああ。
そういうことか。
王が少し申し訳なさそうにギルを見る。
「……他に方法が見つかるまでは、お願いすることになるかもしれない」
「……承知、しました」
ものすごく嫌そうだった。
「じゃあ帰るね」
「お前は帰るな! 連絡方法決めてから帰れ!」
「ギルでいいじゃん」
「よくねえ!」
最後までうるさいギルを置いて、南の島へ戻った。
わざわざ王宮まで行ったものの、別に怒られたわけでもないし、公爵家のことはあとは王宮でやるらしい。
これで一件落着。
ただ、ギルの仕事だけ増えた。
まあ、私には関係ない。
***
由美が消えたあと、王はしばらく黙っていた。
「やはり、彼女でしたね」
「……嬉しそうに言うな」
公爵家が消えてから、もう二か月近くになる。
使用人への聞き取りで分かったのは、事件の前に黒髪黒目の見慣れない顔立ちの女が屋敷へ現れたということだけだった。名前も素性も分からず、そこで調査は止まっていた。
その特徴を、以前から由美の噂を面白がっていた王子が結びつけたのだ。
『これ、同じ人物ではありませんか?』
確認のために書状を出した結果、本人はあっさり全部認めた。
「公爵家の件だけでも十分だったのだがな」
「あの方、父上の居場所まで探せるそうですね」
「そこだ」
王は額を押さえた。
ある日突然、執務机を埋め尽くした証拠の山。
あれが、遠く離れた場所から自分を探し当て、直接送り込まれたものだったとは思わなかった。
「敵意がなくて何よりですね」
「王宮に興味すらなさそうなのが一番ありがたい」
しかも本人には、自分のしていることがどれほど規格外なのかという自覚がほとんどない。
「少なくとも、話は通じました」
「常識は通じていないがな」
王子がまた笑った。
「ところで父上。今後の連絡は?」
王は少し考え、ため息をつく。
「……ギルだな」
「かなり嫌がっていましたが」
「他に方法がない」
本人には気の毒だが、仕方がない。
次に由美へ連絡する必要が出た時、王宮が訪ねる先は決まった。
冒険者組合のギルである.




