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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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第50話 熱帯魚じゃなかった。

昨日、しばらく出かけないと決めたので、今日は朝からソファにいた。


 予定はないし、何もしない。


 素晴らしい一日である。


 そんなことを考えながらだらだらしていると、ゲストハウスからレムがやってきた。


「水槽を作れるか」


「水槽?」


「ああ。この惑星の海洋生物を観察したい」


 宇宙人からすれば、この世界の生き物はどれも珍しいんだろう。南の島なら海もすぐそこなので、カラフルな魚とか変な貝でも集めるつもりなのかもしれない。


「どれくらいの?」


 聞くと、レムが両手を広げた。


 思っていたよりでかい。


「二メートルくらい?」


「その程度あればいい」


 それだけ大きいなら、それなりに場所を取る。どうせなら外から見られるようにしておけば、ロキたちも勝手に見られるだろう。


 海に近い場所を選び、《万能生産》で屋根付きの東屋を作った。壁はなく、日差しと雨だけ防げる程度にして、その中央へ大きな水槽を置く。海水を入れ、砂と岩、それから海藻も適当に配置すると、それなりに水槽らしくなった。


「こんな感じ?」


「十分だ」


 レムは水槽の周りを一周すると、白銀の装甲から小さな板のようなものを取り出した。


「少し手を加えていいか」


「壊さないなら」


「壊さない」


 ならいい。


 あとは本人に任せて、私はヴィラへ戻った。


 こっちは水槽を作った。


 仕事は終わりである。


◇


 しばらくして、海側の結界に何かが触れた。


 昨日は宇宙人が降ってきたので、今日はもう何も来なくていい。


 そう思いながら外へ出ると、結界の向こうにレムが浮いていた。


 その横には、もっと大きなものがいる。


「……は?」


 海面の上に巨大な触手が何本も垂れている。


 見覚えがあるどころではなかった。


「それ、アビスクラーケンじゃん」


「ああ。最初の観察対象にする」


「水槽に入らないけど」


「問題ない。眠らせてある」


「問題そこじゃない」


 二メートルの水槽に、どう見ても数十メートルあるクラーケンを入れようとしている。


 どうするつもりなのか見ていると、レムが手に持った小さな装置を向けた。


 淡い光が広がり、巨大だったクラーケンがみるみる縮んでいく。


 最後には手のひらほどになり、レムがそのまま受け止めた。


「……何したの?」


「縮小した」


「そんなことできるの?」


「できる。ただし、この装置では長時間維持できない」


 だから巨大なまま、わざわざ結界の近くまで連れてきたらしい。


 小さくなったクラーケンを抱えたレムが、そのまま結界を抜けてくる。


「入れるんだ」


「縮小すれば、脅威度も下がる」


「便利だね、それ」


 宇宙人だった。


 そうだった。


 もうそれでいい気がしてきた。


 レムについて東屋まで行くと、水槽の中には朝にはなかった細い光の輪がいくつも浮かんでいる。


「これ何?」


「縮小状態を維持するための場だ。未処理の生体が入れば自動で縮小するが、すでに縮小処理されたものには作用しない。無機物と植物は対象外だ」


「へえ」


 レムが手のひらサイズのアビスクラーケンを水槽へ入れると、それはゆっくり底へ沈み、しばらくして触手を動かし始めた。


「起きた」


「覚醒させた」


 小さい。


 見た目だけなら、ちょっと変わったタコである。


 元の大きさを見ていなければ。


「……熱帯魚じゃなかった」


「魚ではない」


「そこじゃない」


 レムはそのまま水槽を眺めていた。


 逃げられても困るので、念のため水槽には私の結界もかけておく。


 これでたぶん大丈夫だろう。


 たぶん。


◇


 その日の午後、東屋の前を通ると、水槽の中身が増えていた。


 アビスクラーケンの上を、傘の内側が青白く光る透明なクラゲがゆっくり漂っている。その下では、棘だらけの蟹みたいなものが岩の陰へ潜ろうとしていた。


「増えてるし」


「観察対象は複数あった方がいい」


 クラゲは元が十二メートル、蟹は七メートルほどらしい。


 朝に水槽を作ったときには、こんなものが入る予定ではなかった。


 翌朝になると、さらに知らない生き物が増えていた。岩陰には細長い何かが潜み、海藻の間には薄く発光する魚らしきものが泳いでいる。


 その水槽の前にはロキがいた。


 しゃがみ込んで中を覗き込み、横には本まで置いている。その少し後ろには、当然のように爺もいた。


「朝から何してるの?」


「見てる」


「それは分かる」


 ロキは本と水槽を見比べながら、アビスクラーケンやクラゲなら知っていると言ったものの、岩陰にいる細長い生き物を指して首を振った。


「でも、あれは知らない」


「私も知らない」


 そこへレムがやってきて、水深四千八百ほどの場所から採取したものだと説明すると、ロキの目が明らかに変わった。


 本にも載っていないらしい。


 そこからは、レムが観察したことを話し、ロキがこの世界で知られている海洋魔物の話をするという、よく分からない勉強会が始まった。


 爺は黙って見守っていたものの、しばらくするとロキへ声をかける。


「坊ちゃま。そろそろお食事のお時間でございますが」


「あとで」


「冷めてしまいます」


「あとで」


 爺がほんの少し眉を下げた。


 元魔王だろうが宇宙人と深海生物を観察していようが、爺にとっては十歳の坊ちゃまらしい。


 完全に自由研究に夢中の子供と、それを迎えに来た保護者である。


 規模はかわいくないけど。


 邪魔をする理由もないので、そのままヴィラへ戻った。


◇


 昼食を済ませてから再び東屋の前を通ると、今度は見覚えのある骸骨がいた。


「フック?」


 釣り小屋にいるはずのマリンスケルトンが、水槽を覗き込んでいる。


 片手には魚を持っていた。


 どうやら釣ってきたらしい。


 フックは水槽と魚を見比べると、迷うことなく中へ放り込んだ。


 ぽちゃん。


 入った瞬間、魚が縮んだ。


「……ちっさ」


 三十センチくらいはあったはずなのに、海藻の間へ入った途端、探さないと分からないほど小さくなる。


 フックも同じことを思ったのか、水槽を覗き込んだまましばらく動かなかった。


 やがて肩を落とすと、そのまま海へ戻っていく。


「……そんなにしょんぼりする?」


 返事はない。


 まあ、釣った魚を入れたかったんだろう。


 そう思っていたら、一時間もしないうちに戻ってきた。


 今度は二匹持っている。


「増やしたんだ」


 ぽちゃん、ぽちゃん。


 二匹とも縮んだ。


 海藻の向こうへ消えた。


 フックの肩がまた落ちる。


 そして海へ戻った。


「……また行くんだ」


 次は三匹だった。


 全部入れた。


 全部縮んだ。


 それでも諦めなかった。


 夕方になる頃には、何往復したのか分からなくなっていたものの、最初は探さないと見つからなかった魚も、数が増えればそれなりに目立つ。海藻の間には小さな群れができ、岩の隙間にも別の魚が入り込んでいた。


 そこへレムも新しい生き物を追加していく。


 薄く光る深海魚のようなものが増え、その上を縮小された巨大クラゲがゆっくり漂っている。


「なんか賑やかになってきたね」


「観察対象が増えた」


 レムは満足そうでも不満そうでもなく、レムはレムだった。


 一方のフックは、まだ足りないらしい。


 また釣り竿を持って海へ向かっている。


「まだ入れるの?」


 振り返りもしない。


 そのまま行ってしまった。


 水槽の前ではロキが相変わらず座り込み、その後ろにはやっぱり爺がいる。


 今度は椅子まで持ってきていた。


 長期戦になったらしい。


「そんなに面白い?」


「うん」


 即答だった。


 しばらく水槽を眺めていたロキが、ふと思いついたようにレムを見る。


「次はサメがいい」


「分かった」


「分かっちゃうんだ」


 爺も止めない。


 フックは魚を増やし、ロキは次に入れるものを考え、レムは海へ採りに行く気満々である。


 朝にはただの水槽だったはずなのに。


 どうしてこうなった。


 海藻の間を泳ぐ小さな魚の群れを眺めながら、まあ逃げなければいいかと思うことにした。


 たぶん明日には、もっと増えている。

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