第49話 言ってなかったっけ。
穂月国での用事もひとまず済み、南の島へ戻った私は、ようやくソファに身体を沈めた。
「しばらく出かけない」
誰に言うでもなく宣言し、そのまま背もたれに身体を預ける。ロキと爺は自分たちの家へ戻っているし、今日はもう何もしない。お風呂に入って、適当にゴロゴロして、眠くなったら寝る。やっぱり家が一番だ。
そう決めた直後、島を覆っている結界に何かがぶつかった。
「……何?」
攻撃された感覚ではなく、結界そのものにも異常はない。ただ、ずいぶん高いところに何かが引っかかっている。
仕方なくソファから起き上がって外へ出ると、青空の途中に小さな影が浮かんでいた。
「……人?」
目を凝らしてみても人に見える。どうやら上空から落ちてきたところを、島全体を覆っている結界に受け止められたらしい。
自分の身体を結界で覆ってから、島を包む結界の頂点付近、その外側へ転移する。
近くで見ると、やはり人のようだった。白銀の薄い服――というより、身体にぴったり沿う装甲のようなものを着ていて、表面には細い光が何本も走っている。少なくとも、この世界では見たことがない。
《解析》
種族――ウルタ星人。
出身――L-28星雲・ウルタ星。
「……宇宙人じゃん」
思わず声が出た。
地球人でもなければ、この世界の住人でもない。本当に別の星から来たらしい。
面白い。
いや、本人が結界の上に引っかかったままなのに、面白がっている場合ではない。
敵意もなさそうなので、その宇宙人の真下だけ結界を開けると、白銀の人影がそのまま下へ落ちていった。
「うわ」
慌てて島の内側へ転移しようとしたものの、地面まで十メートルほどのところで相手の身体がふっと止まり、そのまま速度を落として何事もなかったように砂浜へ降り立った。
「飛べるんだ」
私も宇宙人の近くへ転移する。
間近で見ると思った以上に人間に近く、顔立ちも身体つきも地球人と大きく変わらない。ただ、瞳孔の形が少し違い、皮膚も光の加減によってごく薄く銀色に見えた。
向こうも私を観察していたが、やがて白銀の装甲の首元が淡く光り、聞いたことのない音が短く流れた。
次に口を開いた時には、普通に言葉が通じた。
「ここはどこだ」
「南の島」
答えると、相手はわずかに間を置いた。
「惑星名を聞いている」
「知らない」
今度はもう少し長く黙った。
知らないものは知らない。この世界の国だって知らないのに、惑星の名前なんて知るはずがない。
「あなたは、この惑星の原生種ではないのか」
「住んではいるけど、生まれたのは別のところ」
そう答えると、相手の目の前を薄い光が横切った。どうやら何かで私を調べているらしく、しばらくして「生体構造は標準範囲。ただし、周囲のエネルギー反応が観測基準から大きく逸脱している」と淡々と告げる。
「それ、多分魔法」
「魔法」
「そう」
また黙った。
なんとなく、この人はよく黙る。
そこへ結界の反応に気づいたらしいロキと爺がやってきたので、二人の視線が私の横に立つ白銀の女性へ向いた。
「由美、何が落ちた」
「宇宙人」
ロキの足が止まり、爺まで隣で固まった。
「……宇宙人、とは」
「別の星から来た人」
説明している間にも、白銀の女性は手元に浮かぶ光を確認していたが、やがて顔を上げると私へ視線を戻した。
「あなたの出身惑星はどこだ」
「地球」
「地球」
「うん」
何気なく答えたところで、ロキがこちらを見た。
「……由美。地球とは何だ」
「あれ」
二人の顔を見比べて、ようやく気づく。
「言ってなかったっけ」
「聞いてない」
ロキに即答され、思い返してみれば、確かに詳しく話した覚えはなかった。元いたところの物だとか、色々あってここへ来たとか、その程度で済ませていた気がする。
「私も別の世界から来たんだよ」
今度はロキだけでなく、爺まで言葉を失った。
「なぜ、そのような大事なことを今まで……」
「説明するの面倒だったから」
別に隠していたわけではない。話し始めると、神様が間違えて家に穴を開けただの、戻せなくなっただの、そのお詫びで色々もらっただのと長くなるので、わざわざ説明しなくてもいいと思っていただけだ。
ロキはしばらく私を見ていたものの、やがて小さく息を吐いた。
「……由美なら、まあ」
「何、その納得の仕方」
失礼ではあるものの、否定もしづらい。
その横で白銀の女性は何かを確認していたらしく、「地球の情報は存在する」と告げた。
「知ってるの?」
「観測記録がある。辺境宙域の青色惑星。文明分類は初期宇宙進出前段階」
「失礼だな」
「分類だ」
本当に悪口を言ったつもりはないらしい。
それより、地球を知っている方が気になったので聞いてみると、彼女の故郷であるウルタ星では恒星間航行がすでに一般化しているという。
「めちゃくちゃ進んでるじゃん」
白銀の装甲も、さっき空中で止まったのも、全部そういう文明の技術なのだろう。
これはちょっと面白いかもしれない。
「名前は?」
「レム=アーディス=ヴァル=セクター28」
「長い。レムで」
「構わない」
話が早い。
レムによれば、宇宙航行中に空間異常へ巻き込まれ、気づいた時にはこの世界へ落ちていたらしい。乗っていた船の位置は分からず、装備の一部も正常には動いていないため、今のところ帰る方法もないという。
「じゃあ、しばらくここにいる?」
「よいのか」
「ゲストハウス空いてるし。帰る方法見つかるまで使えば」
レムは少しだけ私を見たあと、静かに頷いた。
「そうか。では借りる」
隣では爺が何とも言えない顔をしている。会ってまだろくに時間も経っていない宇宙人を、そのまま住まわせることに何か言いたいのだろう。
「由美様、本当によろしいので?」
「面白そうだし」
宇宙人と暮らす機会なんて、そうそうない。
ロキはもう諦めたように何も言わなかった。
◇
ゲストハウスへ案内すると、レムは室内へ入るなり、壁や照明、水回りなどを順番に見ていった。
「設備とか分かる?」
「確認する」
手元に薄い光の画面を出し、何かを検索したレムは、ほどなくして「旧式生活設備の使用記録がある」と答えた。
「旧式って言わなくていいから」
「事実だ」
「そういうところだよ」
本人には本当に悪気がないらしい。
お風呂やトイレも含め、使い方そのものは分かるようだったので、ひとまず生活には困らなさそうだった。
「あ、そうだ。何食べるの?」
「一般的な有機食で問題ない」
「普通に食べるんだ」
水も飲むし睡眠も取るらしい。光でも吸って生きるのかと思っていたけれど、そこまで変わった生き物ではないようなので、それなら食事も何とかなる。
「じゃあ、お茶でもする?」
「お茶」
「飲み物。ついでにこっちの設備も見れば?」
「理解した」
レムが頷いたので、ゲストハウスを出てそのままヴィラへ戻ることにした。
◇
リビングで適当に飲み物を出すと、レムはカップを手にしながら周囲へ視線を巡らせていた。家そのものも珍しいらしいが、驚くというより、一つひとつ確認しているように見える。
やがて、その目がリビングの端に浮かんでいた映像画面で止まった。
「これは何だ」
「映像を見るやつ」
「発信源は?」
「ああ、こっちは映すだけ」
《無限収納》から映像球を一つ取り出して見せる。
「映像はこれから受信してるの。こういうのが世界中に散らばってて、私が見たいと思えばそこにつなげられる」
レムは映像球を受け取ると、表面を眺めながら何かを調べ始めた。
「遠隔観測端末か。接続先の検索は?」
「見たい場所を思えば出るよ」
「複数接続は」
「やったことない」
「個体追尾は」
「ないと思う」
さらにいくつか機能を聞かれたものの、知らないものは知らない。《解析》や《鑑定》なら使えると答えると、それも映像とは別に頭の中へ表示されると知って、レムはまた黙った。
今度の沈黙は、なんとなく意味が分かる。
「……何?」
「非常にもったいない」
「そうなの?」
「観測機能そのものは高性能だが、情報処理と表示系統が未整理だ」
それから映像球ではなく、受信側へ目を向けたレムが何気なく続ける。
「記録は?」
「できない」
今度は、はっきりこちらを見た。
「できない?」
「うん」
「観測映像を保存せず、その場で見るだけなのか」
「そうだけど」
何か問題でもあるのだろうか。
しばらく考えていたレムは、映像球を私へ返すと、受信装置の方へ向き直った。
「受信側を改修すればよい」
「できるの?」
「難しくない」
それならぜひやってほしい。
「じゃあお願い」
「理解した」
こういう時だけ話は早い。
世界中の映像をずっと残しておきたいわけではないので、録画は見ている最中に必要だと思ったものだけにしたいと伝えると、レムは「指定時のみ記録を開始し、停止指示まで保存する」とあっさり決めた。
「それそれ」
「保存領域は受信側へ追加する」
レムは手元の端末を開き、受信装置の仕組みを確認し始めた。魔法で作られている部分には何度か首を傾げていたものの、映像として出力された後なら扱えるらしく、しばらくすると、それまで一枚だけだった空中画面の横に青白い光の枠が浮かんだ。
ブォン、と小さな音がして別の映像が映る。
「おお」
さらにもう一枚。
ブォン。
その横にも、もう一枚。
ブォン。
「増えた」
「同時接続数はまだ増やせる」
「そんなにいらない」
「そうか」
画面の一つを指で払うと、それだけが消えた。別の画面を選べば映っている場所の情報が端へ表示され、その中にいる人へ意識を向けると、《解析》と《鑑定》の結果まで映像の横へ重なって出てくる。
「うわ、これ便利」
「基本的な表示補助だ」
「基本的なんだ……」
文明差がすごい。
しかも、人物を指定すれば周辺の映像球を自動で切り替えながら追えるようになっていて、場所ごとの登録まで済んでいる。
「それも入れといてって言おうと思った」
「すでに入れた」
「仕事早いね」
「標準機能だ」
また標準らしい。
ソファに座ったまま、目の前に浮かぶ複数の画面を眺める。
今まででも十分便利だと思っていたのに、宇宙人が一人落ちてきただけで、急に使い勝手がよくなった。
横ではレムが、まだ何か調整している。
宇宙人。
拾って正解だったかもしれない。




