第48話 また来た。
小豆と大根を買い込んで《無限収納》へ入れたところで、ふと思った。
「……餅もあるかな」
米があるなら、餅くらいありそうな気がする。
さっきの偉い人に聞けば分かるか。
そのまま城へ転移した。
◇
「やっほー」
さっきまでいた城の一角へ戻ると、近くにいた人たちが一斉にこちらを見た。
少しして、海まで連れていった偉い人がやってくる。
私を見た。
「…………」
なんか顔に出た。
「なに?」
「……いえ」
そういえば、昨日からずっと頼み事をしているのに、名前を知らない。
「名前なんだっけ?」
一瞬、妙な間が空いた。
「……この城を預かる、明智景継と申します」
「明智さんね。じゃあアッキーで」
「…………」
また黙った。
「なに?」
「いえ……」
厨房を借りたいと伝えると案内してくれたものの、歩いている間も何か気になるらしく、ときどきこちらを見ている。
とうとう我慢できなくなったのか、おずおずと口を開いた。
「あの……一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「うん」
「アッキーの……キは、どこからでしょうか」
「ニュアンス?」
「……にゅあんす」
「うん。たぶん」
私にもよく分からない。
でもアッキーはアッキーだ。
「じゃあアッキー、厨房借りるね」
「……承知いたしました」
アッキーになった。
◇
厨房へ着くと、さっき買った小豆と大根を《無限収納》から出した。
料理人たちは小豆を見ても特に驚かなかったので、普段どうやって食べているのか聞いてみると、煮たり、米と一緒に炊いたりするらしい。
「砂糖ある?」
すぐに用意された砂糖を小豆の隣へ置くと、料理人たちの視線がそこへ集まった。
「……こちらを、豆に?」
「うん」
なんだか変なものを見る目をされた。
小豆を柔らかくして砂糖を加え、面倒なところは《万能生産》に任せると、鍋の中に艶のある餡子ができあがった。
「はい、あんこ」
料理人の一人が恐る恐る匙ですくう。
一口。
止まった。
もう一口。
それを見ていた別の料理人まで、横から匙を伸ばしている。
「甘いでしょ」
「……豆が」
「甘うございますな……」
そりゃ砂糖を入れたからね。
「餅ある?」
今度はすぐに出てきた。
「あ、あるんだ」
焼いた餅に、できたての餡子をたっぷり乗せる。
「いただきます」
柔らかい餅に甘い餡子。
「んー、おいしい」
小豆を見つけてからずっと食べたかったやつだ。
アッキーにも一つ渡すと、餡子をしばらく眺めてから口へ運んだ。
「……これは、よいものですな」
「でしょ?」
料理人たちにも回すと、さっきまで砂糖を入れることに戸惑っていた人たちが、今度は鍋の中を真剣に覗き込んでいる。
「これ作れる?」
何人かがすぐに頷いた。
「じゃあ今度から買う」
これで餡子は確保できた。
満足していると、横に置いていた大根が目に入り、一本持ち上げる。
「あ、こっちもやろ。おろし器ある?」
料理人たちが黙った。
「……おろし?」
「大根おろすやつ」
誰も分かっていない。
「ないの?」
ないらしい。
「じゃあ作ろ」
《万能生産》で板状のおろし器を作り、大根を滑らせる。シャッ、シャッ、と音を立てて白い大根おろしが溜まっていくと、なぜか餡子を作った時より視線が集まった。
「……大根を、そのように?」
「うん」
醤油を合わせて焼いた餅へ乗せると、甘い餡子餅のあとにはちょうどよかった。
「おいしい」
アッキーにも渡すと、今度は昨日ほど警戒せずに口へ運ぶ。
「……こちらも、よいですな」
「ね」
横では料理人の一人がおろし器を持ち上げ、表と裏をじっくり眺めていた。その周りにも人が集まり始めている。
「それも作れる?」
「……これを、でございますか」
「うん。あると便利だよ」
あとは任せておけばいいだろう。
残った餡子を見ているうちに、今度は冷たいものが欲しくなったので、少し取り分けて水と合わせ、細長い型へ流し込む。
「こちらは?」
「凍らせる」
また厨房が静かになった。
《万能生産》で一気に凍らせて型から抜くと、赤紫色の固い氷菓ができた。
一口齧る。
硬い。
「うん。これこれ」
アッキーにも一本渡すと、しばらく眺めてから口へ運んだ。
ガリッ、と音がする。
「…………」
「硬いでしょ」
「……なぜ、これほど硬く」
「そこがいいの」
「左様で……」
納得していない顔だった。
料理人たちの方は味よりも作り方が気になるらしく、これほど凍らせるなら冬を待つしかないという。
「じゃあ冬に作ればいいじゃん」
「冬、でございますか」
「うん。冬限定」
アッキーと料理人たちが何か考え始めた。
私としては、食べられればそれでいい。
「じゃあ餡子お願いね。次から買うから。あと、おろし器もあると便利」
「……承知いたしました」
餅も大根も普通にある。
米も味噌も醤油もあるし、海苔もそのうちできる。アオサもウニも見つけた。
「穂月国、便利だね」
アッキーが一瞬だけ遠い目をした。
ここまで揃っているなら。
「……ここに家あったら、もっと便利じゃない?」
町へ買い物に来て、そのままご飯を食べて昼寝もできる。
いい気がする。
「アッキー、土地ほしい」
アッキーが止まった。
「…………今度は、土地でございますか」
「うん。家建てたい」
目を閉じた。
少し長い。
やがて懐から小さな包みを取り出すと、中の粉を口へ入れた。近くにいた若い男が、すぐに水を差し出す。
「薬?」
「お気になさらず」
「大丈夫?」
「……はい」
大丈夫そうには見えないけれど、本人がそう言うならいいか。
「町に近くて、静かで、人があんまり来なくて、広いところがいい」
「……探しましょう」
隣にいた若い男がアッキーを見て、そのまま一歩前へ出た。
「明智様、私もお供いたします」
「そうか」
返事が妙に早かった。
候補地をいくつか挙げてもらったものの、場所を説明されてもよく分からない。
「じゃ、見に行こ」
アッキーの腕を掴む。
その瞬間、アッキーも隣の若い男の腕を掴んだ。
「お前も来い」
「えっ」
「返事は後でよい」
そのまま三人で転移した。
◇
一つ目は町に近かったけれど、人通りも多かった。
二つ目は静かだったけれど、少し遠い。
三つ目は城下町から少し離れた場所にあり、周囲には畑が点々とするだけで、まとまった広さの平らな土地が空いていた。遠くには山も見える。
「ここがいい」
アッキーが頷いた。
「では、この地をお使いいただけるよう――」
「いくら?」
「……は?」
「土地。買うから」
アッキーと若い男が揃って黙った。
「荒神様より代価を頂くなど――」
「……ん?」
なんか今、変な呼ばれ方をした。
「荒神?」
「はい」
「私が?」
アッキーが当然のように頷く。
「なんで?」
「それは――」
「いや、違うけど」
神じゃない。
アッキーが何か言おうとしている。
長くなりそうだ。
「……まあいっか。土地いくら?」
「…………」
「買うんだから払うよ」
しばらく押し問答になったものの、最後はアッキーが折れた。
言われた額を払い、土地は私のものになった。
「じゃ、建てるね」
「……今からでございますか」
「うん」
せっかくなので、この国に合わせた和風の平屋にした。畳の居間と縁側、寝室に台所、風呂とトイレ。台所には時間停止パントリーをつけ、家事もいつも通り全部自動にする。
庭には木と石、小さな池を置き、最後に敷地全体へ結界を張った。
「こんなもんかな」
振り返ると、二人とも黙っていた。
「入る?」
「……よろしいので?」
「いいよ。せっかくだし」
玄関から中へ入り、畳へ上がる。
「やっぱ落ち着く」
南の島とはまったく違うけれど、これはこれでいい。
縁側へ座ると、庭の向こうに畑と山が見えた。
町で買い物して、ここでご飯を食べて、そのまま昼寝して帰る。
「いいじゃん」
冬になったら。
「あ、こたつも置こ」
振り返ると、アッキーがまた遠い目をしていた。
「なに?」
「……いえ」
若い男の方は、まだ屋敷をあちこち見回している。
「では、今後はこちらを穂月国での拠点になさるので?」
「うん。買い物する時便利だし」
アッキーの表情が少し固まった。
「……今後も、こちらへ?」
「来るよ」
「左様でございますか」
「アッキーにも何かあったら聞くし」
「…………承知いたしました」
また薬が必要になりそうな顔をしていた。
「じゃ、またね」
今度こそ南の島へ戻った。
***
荒神が消えたあと、明智景継は、今朝まで何もなかった土地に建つ屋敷をしばらく無言で眺めていた。
「……明智様」
隣に立つ若い家臣が、恐る恐る声をかける。
「なんだ」
「今後、私も荒神様への応対に同席した方がよろしいでしょうか」
「ああ」
返事はすぐに出た。
「何か、心得ておくことはございますか」
景継は少し考えた。
「返事は早くした方がよい」
「返事、でございますか」
「ああ」
若い家臣が首を傾げる。
「なぜでしょう」
景継は遠くを見た。
「返事をする前に、連れていかれることがある」
「……どちらへ?」
「分からん」
「…………」
「私の時は海だった」
「海」
「ああ」
若い家臣が黙った。
あの海は遠かった。
「それから」
「まだございますか」
「ある」
景継は懐へ手を入れ、残っている薬包の数を確かめた。
「薬は持っておけ」
「……承知いたしました」




