第47話 海苔がない。
昼ごはんにおにぎりを作ろうとして、《無限収納》から海苔を取り出した。
残り三枚。
「……ないじゃん」
正確にはまだあるものの、三枚しかないなら、もうないようなものだ。
米はある。味噌も醤油も、前に穂月国で確保したおかげで当分困らないというのに、そこまで揃えておいて海苔のことをすっかり忘れていた。
「向こうにないかな」
米を食べる国なのだから、似たようなものがあってもおかしくないし、なければ海苔にできそうな海藻を探せばいい。
ひとまず一枚使っておにぎりを巻き、残り二枚を《無限収納》へ戻すと、食べ終わったところでそのまま穂月国へ転移した。
◇
景色が切り替わると、そこは以前来た城の一角だった。
近くにいた人たちは私を見た途端に固まったので、とりあえず手を上げる。
「やっほー」
返事はない。
そのうち誰かが慌てた様子で走っていき、少しすると前にも会った偉い人が現れた。急いできたらしいのに、私の顔を見た瞬間だけ足取りが鈍る。
「……お早いお戻りでございますな」
「うん。海苔が欲しくて」
偉い人は一度口を開きかけたものの、何も言わずに閉じた。
「……米ではなく?」
「米はあるよ」
「味噌や醤油は」
「それもある」
すると周囲から、ほんの少しだけ安堵したような空気が流れた。
「のりとゆうのは?」
「海苔っていうのは、海藻を薄くして乾かしたやつ。黒くて四角くて、ご飯に巻いたりするの」
どうやら心当たりがないらしく、偉い人はしばらく考え込んでから、近くにいた者へ何かを命じた。
やがて運ばれてきた椀には、緑色の海藻が浮いた汁物が入っている。
「海のもの、ということでございましたら、こちらはいかがでしょう」
一口飲んでみると、磯の香りが強く、味噌ともよく合っていた。中の海藻も柔らかく、これはこれでかなり好きだ。
《鑑定》
どうやらアオサに近いものらしい。
「これも欲しい」
そう言うと、偉い人がまた微妙な顔をした。
「……こちらも、でございますか」
「うん。でも探してるのはこれじゃない」
おいしいものは別腹ならぬ別枠なので、それはそれ、これはこれだ。
「海どこ?」
場所を聞くと、ここからはかなり離れているらしい。私は偉い人の腕を掴んだ。
「じゃ、行こ」
「は?」
返事を待たず、そのまま転移した。
◇
次に景色が変わった時には、目の前いっぱいに海が広がっていた。
背後では突然連れてこられた偉い人が無言で辺りを見回していたものの、私は気にせず岩場へ向かう。
「海藻なら、この辺にあるよね」
浅瀬にはいくつもの海藻が揺れ、岩肌にも黒っぽいものや緑色のものが張りついているので、片っ端から《万能解析》をかけていくと、その中の一つに目当ての性質があった。
「これだ」
薄く、乾燥に向いていて、香りも悪くない。
少量を採って洗い、《万能生産》で細かくしてから薄く広げて乾燥させると、手の中に見慣れた黒い四角ができあがった。
「できた」
隣から覗き込んだ偉い人が、何とも言えない顔をしている。
「……それを、食べるので?」
「食べるよ」
《無限収納》から炊いたご飯を出し、塩をつけて握ってから、できたばかりの海苔を巻く。
「こうするの」
ぱりっとした海苔ごと一口食べると、懐かしい香りが口いっぱいに広がった。
「うん。これこれ」
偉い人にも一つ渡してみると、黒い部分をしばらく眺めていたものの、やがて意を決したように口へ運び、もう一口食べた。
「……米によく合いますな」
「でしょ?」
今度は海苔にご飯を広げ、持っていた魚と野菜を適当に乗せて巻いてみせる。
「こういうのでもいいし」
さっきより警戒せずに食べているところを見ると、どうやら気に入ったらしい。
「これ、継続的に作れない?」
途端に偉い人の動きが止まった。
「海藻はあるんだから、こうやって薄くして乾かしてくれればいいの。次から買うから」
偉い人は手元の海苔と海を交互に見たあと、しばらく考えてから重々しく頷いた。
「……承知いたしました」
「よかった」
これで海苔は確保できそうだし、ついでにアオサも買えば、味噌汁の具にも困らない。
目的も済んだので帰ろうかと思ったところで、少し離れた浜辺にいた漁師らしい男が、網から何かを外して海へ投げた。
丸くて黒っぽく、棘だらけ。
「……ん?」
男は続けて、また一つ海へ放る。
ぽい。
「ちょっと待って」
思わず声をかけると、男が驚いたように振り返った。
近づいて見れば、どう見てもウニだった。
「なんで捨ててるの?」
偉い人が間に入って聞いてくれたところ、網に絡むうえ棘が邪魔で、食べるところもないので捨てているらしい。
「食べるとこあるよ」
今度は漁師たちまで一斉に私を見る。
海へ投げられる前の一個を拾って《鑑定》すると、表示されたのは予想どおりだった。
《食用可能》
「ほら」
もちろん表示が見えているのは私だけなので、誰にも何ひとつ伝わってはいない。
仕方なく殻を割って中を見せると、周囲の視線が一斉に集まった。
「ここ」
「……そこを?」
「ここがおいしいの」
黄色っぽい身を取り出して口へ入れると、甘みがあって濃厚で、ご飯に合わせたくなる味が広がった。
「うん。ちゃんとウニだ」
「これ、今まで全部捨ててたの?」
尋ねると漁師たちが頷くので、思わず眉が寄る。
「もったいないんですけど」
さっき作った海苔とご飯がまだあるので、ウニを乗せて軽く巻き、偉い人へ差し出した。
「はい」
渡された本人は今度こそ諦めたような顔をする。
「……また私でございますか」
「食べてみて」
一口食べたあと、偉い人はしばらく黙っていた。
「どう?」
「……美味い」
「でしょ」
その言葉を聞いた漁師たちの視線が、今しがた海へ捨てるつもりだったウニへ集まった。
「これも買うよ。捨てるなら取っといて」
海苔にアオサ、それからウニ。
思っていたよりずっと収穫が多い。
「じゃあ、海苔のことお願いね」
「承知いたしました」
偉い人はまだ浜に残るつもりらしかったものの、私にはもう用事がないので、とりあえず城へ戻しておいた。
一人になってから改めて海を見渡す。
「せっかくだし、ちょっと町見てこ」
◇
映像球で適当に大きそうな町を確認し、その近くへ転移した。
前に来た時は米を探すことしか考えていなかったので、こうしてのんびり店を見ながら歩くのは初めてだ。
乾物屋には見たことのない干した魚や海藻が並び、八百屋には地球で見覚えのあるものと、まったく知らない野菜が混ざっている。
「結構あるんだね」
今度、ちゃんと見て回ってもいいかもしれない。
そんなことを考えながら豆を扱っている店の前を通り過ぎかけたところで、ふと足が止まった。
「……ん?」
袋に入っているのは、小さな赤い豆。
数歩戻って一粒手に取り、《鑑定》する。
表示を見た。
「…………」
念のため、もう一度見る。
「あるじゃん!」
小豆だった。
お汁粉。
あんこ餅。
あずきバー。
頭の中に次々と浮かんできたので、これは買うしかない。
迷わずまとまった量を頼み、受け取った袋を《無限収納》へ入れたところで、隣の八百屋に白くて太い根菜が並んでいるのが目に入った。
「……あれ」
近寄って一本持ち上げ、《鑑定》をかける。
「大根もあるじゃん」
小豆の入った《無限収納》を見て、それから手の中の大根を見る。
「……餅だな」
明日の予定が決まった。
***
景色が変わった。
つい先ほどまで聞こえていた波の音が消え、見慣れた城の一室が目の前に広がったものの、城主はしばらくその場から動けなかった。
「…………」
戻された。
黒い海藻とやらをどう集めるのか、棘だらけの丸いものを今後どう扱うのか、あの場で話を詰めるつもりだったのだが、気づけば一人だけ城へ送り返されている。
「殿?」
突然現れた城主に、近くにいた家臣が目を丸くする。
城主は額を押さえながら振り返った。
「……海辺の城主へ使いを出せ」
「海辺へ、でございますか?」
「ああ。黒い海藻を採り、薄く乾かすよう伝えろ。それから、棘のある丸いものも捨てぬように、と」
家臣が怪訝そうに眉を寄せた。
「……何の話でございます?」
「私にも分からん」
分かっているのは、どちらも荒神が次から買うと言ったことだけだ。
海辺までは遠いので、使いを出したところで話が届くまでにも時間がかかる。
「緑の海藻も確保するよう伝えておけ」
「それも、でございますか」
「ああ。とにかく急げ」
何しろ、次がいつなのか分からない。




