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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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第46話 やっぱり虫は無理。

※虫回です。苦手な方は即バック推奨。

 帰りたい。


 そうは思うものの、ここまで来た目的は洞窟の中にある。


 暗がりから現れた脚は白っぽく、よく見ると細かな毛に覆われていた。もう一本、さらにもう一本と続き、やがて全身が明るい場所へ姿を現す。


「……あれ?」


 蜘蛛なのは間違いない。


 けれど、思っていたのとは少し違った。


 大型犬くらいの身体は白を基調に淡い緑が混じり、脚の先までふわふわしている。丸い目は妙に大きく、少なくともさっきまで浮島にいた連中とは比べものにならないくらい愛嬌があった。


「……思ってたより可愛い」


 蜘蛛だけど。


 とりあえず《鑑定》する。


《種族:聖蛛》

《分類:聖獣》

《性質:温厚》

《敵意:なし》

《能力:結界/聖糸生成》

《周辺同種個体数:一》


「聖獣?」


 もう一度、目の前の蜘蛛を見る。


「ほんとにいるんだ、そういうの」


 さすがファンタジー。


 感心していると、聖獣がこちらへ近づいてきた。


「いや、近い近い」


 そう言うと、ぴたりと止まる。


「……話通じるんだ」


 大きな丸い目がこちらを見ている。


 見た目はかなりマシだけど、蜘蛛は蜘蛛なので、このくらいの距離がちょうどいい。


「糸、もらえるって聞いたんだけど」


 聖獣はすぐには動かず、洞窟の奥へ顔を向けると、前脚を一本上げて暗がりを示した。


「ん?」


 何かあるらしい。


《万能解析》


 状態を確認すると、聖獣の魔力はかなり減っており、そのほとんどが結界の維持に使われていた。


「ずっと結界張ってるの?」


 聖獣の身体がわずかに沈む。


 どうやら、そうらしい。


 そこで洞窟の奥へ解析範囲を広げた。


「…………」


 見覚えのある反応が、いくつも表示される。


《黒喰虫》


 成体。


 幼体。


 卵。


 たくさん。


「こっちもか!」


 思わず声が出た。


 今日一日で十分見た。


 洞窟の奥へ続く通路には、何重にも白い糸が張り巡らされ、その向こうを淡い膜のような結界が塞いでいる。糸に絡まった黒い影もいくつか見えるので、どうやら結界で外へ出さないようにしながら、近づいてきたものを糸で捕まえていたらしい。


 けれど、奥にいる数が多すぎる。


 結界と糸は使えても、攻撃魔法がないため、まとめて片づける方法がないらしい。


 捕まえている間にも増えるのなら、いつまで経っても終わらない。


「これ、結界なくしたら出てくる?」


 聖獣がこちらを見る。


「出るんだ」


 それでは洞窟から離れられないわけだ。


 もう一度、洞窟全体を解析し、成体、幼体、卵まで全部確認してから、まとめて対象にする。


「じゃ、消すね」


《万能魔法》


 反応が一斉に消えた。


 念のため、もう一度確認する。


 いない。


 卵もない。


 もう一回。


 いない。


「……よし。もういないよ」


 聖獣はしばらく動かなかったものの、やがて恐る恐る洞窟の奥を覗き、それから結界を少しずつ薄くしていった。


 何も出てこないのを確認すると、淡い膜が完全に消える。


 白い蜘蛛はゆっくりと向きを変え、そのまま洞窟の外へ歩き始めた。


「外、出てなかったんだ」


 私も後についていく。


 湖畔へ出ると、陽の光を浴びた白と淡い緑の毛が柔らかく光った。聖獣はそこで足を止め、しばらく静かな湖を眺めている。


 さっきより少し、ふわふわして見えた。


「……よかったね」


 返事はないものの、大きな目がこちらを向いたので、多分伝わっている。


 すると少し離れた場所から声が上がった。


「御使い様……」


 先ほどの白い衣の女性たちが、揃ってこちらを見ていた。


 何人かはその場で膝をつき、女性も信じられないものを見るように聖獣を見つめている。


「ここしばらく、お姿を見せてくださらなかったのに……」


「中に虫がいたので消しました」


 一瞬、静かになった。


 その直後、周囲が一気にざわつく。


 どうやら、それだけで勝手に色々察したらしい。


 私はそれ以上説明せず、聖獣を見る。


 せっかく外へ出てきたのに、白い蜘蛛は再び洞窟へ戻っていった。


「あれ?」


 少し待っていると、今度は口元に白いものを抱えて戻ってくる。


 ふわりとした糸の束だった。


 それを私の前へ置く。


「これ?」


 聖獣が身体を低くする。


 どうやら聖糸らしい。


「もらっていいの?」


 もう一度、同じ動きをする。


「ありがとう」


 拾い上げると、絹のように滑らかなのに、軽く引っ張った程度ではびくともしない。光にかざせば淡く透け、指先を滑らせても引っかかりひとつなかった。


《聖糸》

《聖蛛が生成する特殊繊維》

《極めて高い耐久性と柔軟性を持つ》

《天綿草との親和性:極めて高い》


「おお」


 これは絶対いい。


 喜んでいると、聖獣がまた洞窟へ入っていった。


 しばらくして、もう一束。


 さらにもう一束。


「……そんなに?」


 まだ来る。


 白い衣の女性は、呆然としたままその様子を見ていた。


「これほどの聖糸を、一度に賜るなど……」


「多いんですか?」


「祭礼に賜るのは、ほんのひと房ほどでございます」


 目の前を見る。


 もう、ひと房どころではない。


「……もらっていいんだよね?」


 聖獣は満足そうに身体を沈めた。


「じゃあ、もらう」


 ありがたく《無限収納》へ入れる。


 これだけあれば、かなり作れる。


 あとは天綿草だ。


◇


 許可ももらっているので、もう一度浮島へ転移した。


 今度は普通に地面へ出られた。


「……やっぱりあいつらだったんだ」


 ついさっきまでここを埋め尽くしていたものを思い出したくないので、それ以上は考えない。


 残っている天綿草の中から、十分に成熟したものだけを必要な分だけ採っていく。


 触るたびに、ふわっと元へ戻る。


「いいねえ」


 気づけば予定より少し多めになっていたけれど、まあ予備だから仕方ない。


 必要な量を《無限収納》へ入れると、そのまま南の島へ戻った。


◇


 まず作ったのは、マットレスだった。


 天綿草をたっぷり使い、表面には聖糸で作った布を合わせる。《万能生産》に好みの硬さと厚みを指定して仕上げ、そのままベッドへ置いた。


 枕には天綿草を柔らかめに詰め、掛け布団には細かくほぐしたものをごく薄く使い、どちらも表地は聖糸で仕上げる。


「できた」


 まだ寝る時間には早いけれど、試すくらいならいっか。


 横になる。


「…………」


 身体が沈んだ。


 柔らかいのに沈みすぎず、どこにも変な圧がかからない。枕も頭の形に合わせて自然に馴染み、寝返りを打ってもすぐ元へ戻る。


「……いい」


 かなりいい。


 このまま寝たい。


 けれど、まだ作るものがある。


 名残惜しいものの一度起きて、残った天綿草と聖糸を取り出した。


 次は大きなクッション。


 身体ごと預けられるくらいのサイズにして、好きな姿勢に合わせて中身が動き、立ち上がれば元へ戻るようにする。


 三つ作った。


 一つは自分用。


 残り二つを《無限収納》へ入れ、外廊下を通って隣の家へ向かった。


「これ、あげる」


 リビングにいたロキと爺の前へ、大きなクッションを一つずつ出す。


 ロキが無言で見下ろした。


「……何だ、これは」


「クッション」


「大きすぎないか」


「座れば分かるよ」


 爺は丁寧に礼を言ってから、先に腰を下ろした。


「ありがとうございます。では、ありがたく――」


 身体が沈む。


「…………」


 いつも背筋の伸びている爺が、そのまま動かなくなった。


 ロキが爺を見る。


 私も見る。


「爺?」


「……これは」


 そこで言葉が途切れる。


 爺は立ち上がらない。


 ロキは少し警戒したように自分のクッションへ腰を下ろし、同じように身体を沈ませた。


「…………」


 二人とも黙った。


 しばらく待つ。


「どう?」


「……悪くない」


 そう言いながら、ロキは出てこない。


 爺も身体を預けたまま、ゆっくり息を吐いた。


「まことに、よい具合でございますな……」


 まだ動かない。


 私は二人を見比べた。


「……これ、抜け出せなくなるやつだ」


 自分の分も持ってくればよかった。


 しばらく眺めていても、誰も起きる気配がない。


「二人とも出てこないじゃん」


 ロキがクッションに沈んだまま、目だけこちらへ向けた。


「お前に言われたくない」


 それもそうだった。


◇


 夜。


 新しいベッドへ潜り込む。


 掛け布団は驚くほど軽く、身体に触れたところだけ柔らかく沿ってくる。枕へ頭を乗せ、そのままマットレスへ身体を預けた瞬間、全身から力が抜けた。


「…………」


 昼間の二人を笑えない。


「……起きたくなくなるやつだ」


 目を閉じる。


 究極の寝具は、思っていた以上に危険だった。

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