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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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第45話 虫は無理。

※虫回です。苦手な方は即バック推奨。

 最近、よく寝ている。


 元々眠るのは好きだけれど、釣り小屋ができてからは昼寝まで増えた。釣れなければ椅子に座ったままぼんやりして、飽きたらソファに転がり、夜になればヴィラへ戻って普通にベッドで寝る。


 何も問題はない。


 ただ、これだけ寝るのなら、もっと寝心地がよくてもいいんじゃないかと思えてきた。


「もっといい寝具、作れないかな」


 今使っているものだって十分柔らかいし、枕も自分好みに作ってある。それでも世界が違うのだから、地球にはなかった素材くらいありそうだ。


 柔らかくて、軽くて、潰れにくい。


 そんなものがあれば、マットレスにも掛け布団にも使えるし、ついでに身体が沈むくらい大きなクッションなんかも作れる。


 いつものように映像球へ条件を送ろうとして、ふと手が止まった。


「今飛んでるやつにも、あとから指示できる?」


 試してみると、普通にできた。


「できるんだ」


 なら話は早い。


「寝具に向いてる素材。柔らかくて、軽くて、潰れにくいやつ探して」


 手元のモニターに映る景色が次々と切り替わり、しばらくすると一つの場所で止まった。


「……浮いてる」


 映っていたのは山岳地帯の上空に浮かぶ大きな島で、緑に覆われたその一角には、淡い銀白色の綿毛をつけた植物が群生している。


《天綿草》

《高濃度のマナを含む特殊な浮遊土壌でのみ生育》

《繊維は極めて軽く、高い弾性と復元性を持つ》


「これだ」


 絶対いい。


 その浮島でしか育たないらしいので、持ち帰って増やすのは難しそうだけれど、寝具を作る分だけあれば十分だ。


 さっそく場所を指定して転移する。


 ――はずだった。


「あれ?」


 景色が変わらないので、もう一度試してみたものの結果は同じだった。


「結界?」


 映像球の情報を確認しても、それらしい反応はない。試しに島の少し上を指定すると、今度はあっさり景色が切り替わった。


「行けた」


 そう思った直後、身体が落ちる。


「わっ」


 慌てて足元に平らな結界を作り、透明な床のようになったそこへ着地してから、ようやく気づいた。


「……飛べないんだった」


 浮島だからといって、私まで浮けるわけではない。


 改めて下を見ようとしたところで、ぶうん、と低い音が聞こえた。


「ん?」


 黒いものがこちらへ飛んでくる。


 横切るわけではなく、まっすぐ顔へ向かってくるそれは、近づくにつれて二本の触角と羽、それから見覚えがありすぎる形がはっきりしてきた。


 大きさは五十センチくらいある。


「ぎょえっ!?」


《万能魔法》


 反射的に消した。


 目の前から黒い影がなくなったあとも、私はしばらく動けなかった。


「…………Gじゃん」


 でかい。


 無理。


 これは無理。


 今すぐ帰りたい。


 けれど、視線の先には天綿草がある。


「…………」


 布団は欲しい。


 仕方なく結界の上から浮島を見下ろすと、草むらが動いた。


 その隣も動いた。


 木の幹には黒いものが何匹も張りつき、岩の隙間からは触角が覗いている。


 あちこちが、もぞもぞしていた。


「……無理」


《万能解析》


 浮島全体へ範囲を広げると、成体、幼体、卵と、同じ魔虫の反応が次々に表示された。


 雑食性で植物も動物も食べるうえ、群れで狩りをするため、大型の生き物すら餌になるらしい。


 それ以前に、数が多すぎる。


「全部消そ」


 考える必要もなかった。


《万能魔法》


 浮島に存在する同種の魔虫をまとめて指定すると、一瞬で反応が消えたので、もう一度解析する。


 いない。


 卵もない。


 念のため、もう一度確認した。


「……いないね」


 ようやく島へ降りようとして、そこでさっき転移できなかった理由に気づいた。


 島の地表近くには、ついさっきまで生体反応が隙間なく密集していたのだ。


「……お前らのせいだったの」


 結界でも何でもなく、単純に転移する場所がなかっただけらしい。


「嫌すぎる」


 今度こそ地面へ降りたものの、静かになった島を歩いていても落ち着かない。


 カサ、と聞こえた気がして振り返る。


 何もいない。


 少し歩けば、またカサカサと聞こえた気がする。


「…………」


《万能解析》


 反応なし。


 分かっている。


 もういない。


 それでも、いる気がする。


「早く採って帰ろ」


 天綿草の群生地へ向かおうとして、そこでようやく島そのものの状態が目に入った。


 ひどく荒れている。


 木の根は食い荒らされ、地面にはあちこち穴が空いており、土を支えていた植物までなくなったせいか、島の縁も崩れ始めていた。ところどころ大きく欠け、今も細かな土や石が下へ落ち続けているうえ、天綿草の群生地も途中からごっそり消えている。


《万能解析》


 確認してみると、このまま放っておけば崩落はさらに広がるらしい。


「せっかく残ってるのに」


 天綿草まで落ちたら困るので、穴を埋め、亀裂を塞ぎ、崩れかけた縁を補強していく。食べられた植物まで元通りにするつもりはなかったため、残っている根がこれ以上流されない程度に土を整えると、ようやく島全体が落ち着いた。


「こんなもんかな」


 足元の天綿草へ手を伸ばす。


 銀白色の綿毛は、指先が沈むほど柔らかいのに、手を離した途端ふわっと元へ戻った。


「おお」


 これはいい。


 絶対いい。


「クッションにもしたい」


 かなり大きいやつ。


 座ったら身体が埋まるくらいの。


 自分の分だけじゃなく、ロキと爺にも作ってあげよう。


 そうなると問題は、これを勝手に持って帰っていいものなのかということだった。


 人が住んでいる地域なのは映像球で分かっているので、さすがに人の土地から黙って採って帰るのもよくない。そこで下に見えていた人影の近くへ転移した。


◇


 景色が切り替わると、何人もの人が揃って空を見上げていた。


「何してるんですか?」


 声をかけると、全員がびくっと振り返る。


 その中にいた白い衣をまとった女性が、私と浮島を交互に見ながら目を見開いた。


「……今、あちらから?」


「はい」


「あの黒喰虫は……」


「消しました」


 女性の動きが止まり、周囲の人たちも何も言わなくなった。


「全部、ですか」


「たぶん。卵も消したので」


 また静かになったので、私は浮島を指差した。


「あそこにある綿みたいな草、もらってもいいですか?」


「……天綿草を?」


「それです」


 女性はしばらく言葉を失っていたものの、やがて浮島を仰ぎ見てから深く息を吐いた。


「あれは、我らが祭礼に用いる聖草でございます」


「あ、ダメなやつ?」


「いえ!」


 女性は慌てて首を振ると、そのまま深く頭を下げた。


「聖地を蝕んでいた災厄を退け、そのうえ崩れかけた島までお救いくださった方に、惜しむものなどございません。どうぞ、お好きなだけお持ちください」


 後ろにいた人たちまで一斉に頭を下げる。


「……そうですか」


 なんか大げさだなとは思ったけれど、もらえるならありがたい。


「じゃあ、ちょっと多めに」


 マットレスと掛け布団と枕。


 大きいクッション三つ。


 予備も欲しい。


 必要な量を考えていると、女性が顔を上げた。


「天綿草を加工なさるのでしたら、共に用いられてきた素材がございます」


「あるの?」


 もっといい寝具になる。


 それは欲しい。


「どこですか?」


 女性が湖の向こうを指差したので、そちらへ目を向ける。


 山に囲まれた湖は底まで見えそうなくらい澄んでおり、水面もほとんど揺れていない。その中央には小さな島が一つだけ浮かび、一面に真っ白な花が咲いていた。


「……綺麗」


 思わず見入っていると、水面の下を魚影が横切る。


「釣れそう」


 今日はやらない。


 今日は寝具。


 でも今度来よう。


 改めて女性が指した先を見ると、湖の向こう側に岩壁があり、その一部に大きな洞窟が口を開けていた。


「あちらにお住まいになる御使いより賜る糸でございます。大変穏やかな御方ですので、どうぞご安心ください」


 穏やかなら問題ない。


 私はそのまま洞窟の前へ転移した。


 中は暗く、何がいるのかは見えない。


 少し待っていると、奥から音がした。


 カサ。


「…………」


 今日はその音、もう聞きたくない。


 それでも暗闇の奥から、カサカサと何かが近づいてくる。


 やがて一本の長い脚が現れた。


 続いて、もう一本。


 私は黙ってそれを見上げた。


 どう見ても蜘蛛だった。


「…………帰りたい」

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