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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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間話 第1回 被害者の会

 ギルは、知らない部屋にいた。


 見覚えのない長机が円を描くように並び、その周囲には椅子が置かれている。壁には白い板が一枚あり、そこには大きな文字でこう書かれていた。


『第一回 田中由美被害者の会』


「…………」


 帰りたい。


 反射的に立ち上がろうとしたものの、なぜか足が床から離れない。


「なんだこれ」


 目の前の机には札が置かれていた。


『会員番号一 ギル』


「誰が会員だ!」


 叫んでも札は消えない。


 仕方なく周囲を見ると、隣には巨大な熊が座っていた。


『会員番号二 グランドベア』


 熊と目が合う。


「……どうも」


「うむ」


「喋るのかよ」


 その隣、会員番号三だけは空席だった。


『会員番号三 団体枠』


「団体ってなんだよ」


 嫌な予感しかしない。


 さらにその先には大きな亀、立派な衣をまとった男、筋骨隆々の男、苔の生えた岩のような老人が座っている。


 そして最後。


 机の上に石臼が置かれていた。


「待て」


 ギルは石臼を指差した。


「こいつまで会員なのか?」


 石臼がゆっくり回る。


 ゴリ……ゴリ……。


「喋れねえだろ」


 苔の生えた老人が耳を傾ける。


「『塩を生み出す石臼である』と言っておる」


「分かるのかよ!?」


 ゴリゴリ。


「『現在、《無限収納》に収監されている』」


「収監」


 筋骨隆々の男が勢いよく身を乗り出した。


「我もだ!」


「お前もかよ」


「我もあの女の収納に封じられておる!」


 石臼が一度だけ回る。


 ゴリ。


 男は深く頷いた。


「分かるぞ、同胞よ」


「何て言ったんだ」


「分からぬ」


「黙ってろ」


 誰が集めたのかも、何のための会なのかも分からない。


 そもそも誰が仕切るのかと思っていると、全員の視線がこちらへ集まった。


「なんで俺を見る」


 亀が申し訳なさそうに頭を下げる。


「会員番号一でございますので」


「番号が若いだけだろ!」


 誰も動かない。


「…………」


 ギルは額を押さえた。


「じゃあ、とりあえず自己紹介からだ。誰が誰だか分からん」


 こうして、本人の意思とは一切関係なく、第一回被害者の会が始まった。


◇


「ギルだ。冒険者組合で働いてる。以上」


 隣の熊へ視線を向ける。


「次」


「グランドベアだ」


「以上?」


「以上だ」


「助かる」


 会員番号三は空席なので飛ばし、亀が丁寧に頭を下げた。


「海に棲む亀でございます。以前、あの方に命を助けていただきまして」


「被害者じゃないじゃねえか」


「その直後、従魔にされかけました」


「被害者だな」


「契約はできなかったようですが」


「よかったな」


「『できなかったから大丈夫』と仰っておりました」


「大丈夫ではないな」


 亀が静かに頷く。


 次の男が胸を張った。


「我は海を治める神である」


「次」


「待て。神だぞ」


「分かったから次」


「扱いが軽くないか?」


「この会、石臼までいるんだぞ。今さら神くらいで驚けるか」


 海神は石臼を見る。


 ゴリ……ゴリ……。


「……そうか」


 続いて筋骨隆々の男が立ち上がった。


「我こそは古き時代より――」


「長い」


「まだ名乗ってもおらぬ!」


「壺の魔人だろ」


「なぜ知っている!」


「札に書いてある」


 魔人がゆっくり自分の前を見る。


「…………」


 そのまま座った。


「次」


「地を司る精霊だ。龍脈などを管理しておる」


「まともそうだな」


 地の精霊はギルを見た。


「お前も苦労しておるな」


「なぜ分かる」


「顔だ」


「…………」


 妙な親近感が湧いた。


 最後は石臼。


 ゴリ……ゴリ……。


 ギルが地の精霊を見る。


「頼む」


「『海底で塩を生み出していた』」


 ゴリ。


「『今も生み出せる』」


 ゴリゴリ。


「『だが収納から出してもらえない』」


「……強く生きろ」


 石臼が止まった。


 少しして、ゆっくり回る。


 地の精霊が首を傾げた。


「『生きているという判定でよいのか』」


「…………」


「『時間の止まった空間に収められたままなのだが』」


「……悪かった」


 ギルは目を逸らした。


◇


「じゃあ、次は何をされたかだ」


 口にしてから、自分が完全に進行役になっていることに気づいた。


 もういい。


 考えたら負けだ。


「俺からな。突然呼び出される。仕事中でも関係ない。知らない場所へ転移させられる。面倒ごとを持ち込まれる。人魚を押しつけられる。嵐の中で島へ飛ばされる。森をジャングルにされる。その後始末をさせられる。挙げ句、置いて帰られる」


 地の精霊が深く頷いている。


「本人は解決したと思ったら帰る」


 ばん、と地の精霊が机を叩いた。


「分かる!」


「お前もか!」


「勝手に龍穴を開けた!」


「何?」


「温泉を掘った結果、龍脈に穴を開け、周囲へマナを撒き散らした!」


「……それで?」


「植物が育った!」


「まあ、それくらいなら」


「雪像が動き出した!」


「……ああ、そういや動いてたな」


「知っておるのか!?」


「前に温泉へ行った時に見た」


「見て何とも思わなかったのか!」


「由美のとこだし」


「慣れるな!!」


 地の精霊が机を叩いた。


「しかも城まで勝手に増築を始めた!」


「……それは知らねえ」


「待て! 今のところで驚け!」


「雪像よりは驚く」


「基準がおかしい!」


「俺に言うな!」


「説明したら『じゃあ塞ぐ?』と言われた!」


「言いそうだな」


「いきなり塞ぐなと止めたら、一瞬で調整設備を作った!」


「それもやりそうだな」


「最後には『でも誰も困ってないよ?』だ!」


 ギルは天井を見上げた。


「……ものすごく分かる」


「分かるか」


「ああ」


 二人は固く頷き合った。


 初対面とは思えなかった。


◇


「次。亀」


「はい」


 亀がゆっくり首を伸ばした。


「私は浜辺で海藻に絡まり、海へ戻れなくなっていたところを助けていただきました」


「いい話じゃねえか」


「直後にテイムされかけた件は先ほど申し上げた通りでございます」


「そこはもういい」


「御礼として海底の宮殿へご招待いたしました」


「それで?」


「『今日はそういう気分じゃない』と」


「断られただけだろ」


「はい」


「被害軽くないか?」


「その数刻後、海を割って宮殿の前へ降りてこられました」


「…………」


 海神が重々しく頷く。


「我の家の前だ」


「お前んちだったのか」


「突然、海が左右へ消えた」


「消えてない。押し退けられただけだろ」


「住んでいる側からすれば同じだ!」


 海神が机を叩く。


「宮殿中が大騒ぎだ! 何事かと思えば、女と小さな魔族が海底に立っておる!」


「何しに来たんだ」


「宮殿には来なかった」


「は?」


 亀が静かに答えた。


「私の招待は断られましたので」


「じゃあ何のために海割ったんだよ」


「塩です」


 全員の視線が石臼へ向いた。


 ゴリ……ゴリ……。


「お前か」


 ゴリ。


 地の精霊が訳す。


「『勝手に塩を作っていただけである』」


「海底で無限に作るなよ」


 ゴリゴリ。


「『止め方を知らぬ』」


「お前も大概じゃねえか」


◇


「海神は海を割られただけか?」


「だけではない!」


「まだあるのか」


「一本の釣り針を探していた」


「急に規模が小さくなったな」


「魚を総動員したのだぞ!」


「なんでそんなことになってんだ」


「ようやく鯛の喉に刺さっているのを見つけ、慎重に抜き取り、我の前へ運ばせた」


「よかったじゃねえか」


「手を伸ばした」


「うん」


「消えた」


「…………」


「目の前で」


「…………由美か?」


「即答するな!」


「他に誰がやる」


「せめて疑え!」


「疑う余地がねえんだよ!」


 海神は黙った。


 しばらくして、小さく呟く。


「……我、海を治める神だぞ」


「知ってる」


「人間一人に海を割られ、仕事の成果を横取りされた」


「…………」


「神だぞ」


「二回言うな。惨めになる」


「お前、神に対して遠慮というものがないのか!」


「この会に入ってる時点で全員同列だ!」


 海神が黙り込んだ。


◇


「次、魔人」


 待ってましたとばかりに壺の魔人が立ち上がった。


「我は何千年という封印の時を経て、ようやく自由になった!」


「長かったな」


「三十秒後に戻された!」


「短かったな」


「自己紹介すら終わっておらぬ!」


「何したんだ」


「何もしておらぬ!」


「じゃあなんで戻された」


 魔人の拳が震えた。


「夕飯」


「…………」


「夕飯だ!!」


 ギルは顔を覆った。


「お前、夕飯以下だったのか」


「言うな!!」


「願いとか叶えるんじゃねえの?」


「言った! 富も権力も永遠の命も提示した!」


「なんて?」


「富は『ある』! 権力は『いらない』! 永遠の命は『長すぎるのもちょっと』!」


「由美だな」


「最後には我も聞いた! 何なら欲しいのだと!」


「答えは?」


「働かなくていい生活!」


「由美だな」


「我でも説明できぬと言ったら『じゃあいいや』で壺へ戻されたのだ!」


 石臼がゴリゴリ回った。


 魔人が振り返る。


「分かるぞ、同胞よ!」


 ゴリ。


 地の精霊が訳した。


「『お前は一度出してもらえただけまし』」


「…………」


 魔人がゆっくり座った。


◇


「つまり、ここにいる奴らは大体あいつの善意とか問題解決に巻き込まれたってことか」


 グランドベアが静かに顔を上げた。


「……我は違う」


 熊が低く言った。


「何が?」


「我には善意すらなかった」


 室内が静かになった。


「……詳しく」


「蜂蜜を食べようとしていた」


「うん」


「奴も欲しがった」


「うん」


「ぶっ飛ばされた」


「…………」


「以上だ」


「何かしたのか?」


「蜂蜜を食べようとした」


「それだけ?」


「それだけだ」


 しばし沈黙が落ちる。


 海神がぽつりと言った。


「それはもう、被害というより敗北ではないか」


「黙れ」


「しかも人間の女に」


「黙れと言っている」


 熊の声が低くなる。


 海神が口を閉じた。


 グランドベアは遠くを見るような目をした。


「我は、あの女の食欲に負けた」


「…………」


 誰も慰めなかった。


 慰めようがなかった。


◇


「これで全員――」


 言いかけて、ギルは一つだけ空いた席を見る。


 会員番号三。


「……三番は?」


 その瞬間。


 ドンッ!!


 扉が勢いよく開いた。


「会員番号三! 遅れた!」


 大量の魔族が雪崩れ込んできた。


 全員、ボロボロだった。


 服は破れ、髪は乱れ、泥だらけで、一人は片方の靴すら履いていない。


 室内が静まり返った。


 ギルが思わず尋ねる。


「……お前ら、何された」


 一人の魔族が机に手をついた。


「一回目」


「一回目?」


「戦国時代」


「…………」


「二回目」


「まだあるのか」


「恐竜」


「…………」


 別の魔族が叫んだ。


「我らは二度飛ばされた!」


「最初は?」


「戦乱の真っただ中だ!」


「なんでだよ」


「知らん!!」


「それで?」


「山へ逃げた! 生き延びた!」


「頑張ったな」


「そして再びあの女と会った!」


 ギルの顔が引きつる。


「……嫌な予感しかしねえ」


「今度こそ、人が少なく、食べ物も水も豊富で、快適な場所へ送ると言った!」


「いいじゃねえか」


 魔族たちが一斉に立ち上がる。


「恐竜だぞ!!」


「だから何なんだよ!」


「朝起きれば恐竜!」


「水を汲みに行けば恐竜!」


「果物を取りに行けば恐竜!」


「草を食っているから安全だと思ったら、その後ろから肉食のが来る!」


「昨日も恐竜!」


「今日も恐竜!」


「多分明日も恐竜!」


 ギルが思わず身を乗り出した。


「継続被害じゃねえか!」


「だから三番なのだ!!」


「番号関係ねえよ!」


「我らは毎日走っておる!」


「健康的じゃねえか」


「そういう問題ではない!!」


 地の精霊が尋ねる。


「だが、食料は?」


「ある!」


「水は?」


「豊富だ!」


「人間は?」


「一人もいない!」


 室内が静かになった。


 ギルがゆっくり頷く。


「……嘘はついてねえな」


「そこが腹立つのだ!!」


「ああ」


 ギルは深く頷いた。


「分かる」


「分かるか!」


「ものすごく分かる。あいつ、そういうところある」


 魔族たちが次々と団体枠へ座っていく。


 一つの椅子では到底足りず、いつの間にか椅子が大量に増えていた。


「ところで」


 海神が首を傾げる。


「なぜ遅れた?」


 魔族の一人が真顔で答えた。


「追われていた」


「何に」


「ティラノサウルス」


「名前まで知ってるのかよ!」


「夢だからな!」


「急に夢を自覚するな!!」


◇


 全員の被害報告が終わった頃には、ギルは机へ突っ伏していた。


「なんなんだ、この会……」


「被害者の会だろう」


 地の精霊が平然と答える。


「そもそも俺は入会した覚えがない」


「我もない」


「私もございません」


「我もだ!」


 ゴリゴリ。


「石臼もないそうだ」


「誰が作ったんだよ、この会!」


 返事はない。


 しばらくして、海神が腕を組んだ。


「ところで、最も被害が重いのは誰なのだ?」


「決める必要あるか?」


「被害者の会なら必要ではないか」


「被害を競う会じゃねえよ」


 そう言った瞬間。


 全員がギルを見た。


「…………なんで俺を見る」


 地の精霊が言う。


「まだ付き合いが続いておる」


「仕事上な!」


 海神が続ける。


「しかも連絡手段を渡されているのだろう?」


「…………」


 壺の魔人が身を乗り出す。


「いつでも呼び出されるのか?」


「……まあ」


 亀が気の毒そうに頭を下げた。


「それは……お気の毒に」


「その顔やめろ!」


 熊まで静かに頷く。


「逃げられんな」


「お前まで言うな!」


 ゴリ……。


 石臼がゆっくり回った。


 地の精霊が耳を傾ける。


「『終身刑』」


「石臼にだけは言われたくねえ!!」


 ギルの叫びが部屋に響いた。


 その瞬間、壁の白い板の文字が勝手に書き換わる。


『次回もお楽しみに』


「やるのかよ第二回!!」


 ギルが立ち上がる。


「俺は来ないぞ! 絶対に来ないからな!」


 熊が静かに頷く。


「またな」


「来ないって言ってるだろ!」


 亀が丁寧に頭を下げる。


「次回もよろしくお願いいたします」


「よろしくしない!」


「我は次こそ自己紹介を最後まで――」


「しなくていい!」


「恐竜対策を議題に!」


「知らん!」


 ゴリゴリゴリゴリ。


「石臼も何か言っておるぞ」


「もう訳さなくていい!!」


 叫んだ瞬間、景色が真っ白になった。


***


「――っ!」


 ギルは勢いよく顔を上げた。


 冒険者組合だった。


 目の前には書類。


 いつもの机。


 熊も亀も海神もいない。


 魔族もいない。


 石臼もない。


「…………夢か」


 最悪な夢だった。


 深く息を吐いた、その時。


 懐の魔道具が鳴った。


「…………」


 嫌な予感しかしない。


 しばらく無視していたものの、鳴り止まないので仕方なく手に取った。


『ギルー』


「…………」


 頭の中に、先ほどの声が蘇った。


 ――終身刑。


「やかましい!!」


『まだ何も言ってないけど?』

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