第42話 蛇だけど。
南のヴィラで昼ごはんをどうしようか考えていたところで、ふと森の家にいた大蛇を思い出した。
そういえば、あれが食べられるかギルに聞いたのに、結局答えてもらっていない。
「自分で調べればよかった」
食べられないならそれまでだし、食べられるなら今日のごはんになる。
森の家へ転移すると、昨日きれいにした庭はまだその状態を保っていたものの、その向こうは相変わらず緑がぎっしり詰まっていて、グランヴェルムも少し離れたところで寝ている。
大蛇はというと、昨日と同じ木に巻きついていた。
「いたいた」
さっそく《万能解析》を使ってみると、毒はなく食用可。肉は淡白で癖が少なく、鶏肉に近いらしい。
「ほら、食べられるじゃん」
ここにいないギルへ言ってから、《万能魔法》でさっさと仕留め、《無限収納》へ入れた。
これだけあれば、しばらく肉には困らない。
そのまま帰ろうとしたところで、近くにあるラフィナビーの巣も思い出した。
「あ、蜂蜜」
せっかく醤油も手に入ったのだから、少し欲しい。
巣を駄目にしないよう《万能解析》で余裕のある量を確認し、余剰分だけ分けてもらう。前にもらった時よりかなり増えているので、これなら少しくらい持っていっても問題なさそうだった。
「ありがとねー」
返事はない。
まあいい。
ヴィラへ戻ると、大蛇を《万能生産》で食べやすい大きさに処理した。白っぽい肉は見た目も鶏肉に近かったので、まずは醤油、生姜、にんにくで下味をつけ、片栗粉をまぶして油へ落としていく。
揚げたてを一つつまんだ。
「あ、美味しい」
癖はほとんどなく、少し弾力はあるものの、普通に唐揚げとして成立している。
もう一つ食べながら残った肉を見る。
これなら、もっと衣を厚くしてスパイスを効かせても絶対美味しい。
「ケンタッキーっぽくできそう」
そう思ったら、やってみたくなった。
港でカレーのために買い込んだスパイスを引っ張り出し、《万能生産》にそれっぽく調整させる。出来上がったものは唐揚げより衣がざくざくしていて、見た目からしてかなりそれっぽい。
一口食べる。
「うん、これだ」
骨付きではないけれど、味は十分フライドチキンっぽい。
蛇だけど。
満足して次をつまもうとしたところで、さっき持ってきた蜂蜜が目に入った。
醤油もある。
蜂蜜もある。
酒もある。
「照り焼きできるじゃん」
甘辛いタレを絡めた蛇肉を作ってみると、当然ながらこれも美味しい。
となると、パンに挟みたくなる。
卵もある。
「……照り焼きチキンバーガーっぽくするか」
蛇だけど。
バンズを作り、照り焼きにした肉とレタスを挟み、さらに目玉焼きも乗せる。せっかくバーガーまで作ったのだから、じゃがいもを細く切って揚げ、塩を振った。
出来上がったものをテーブルに並べて眺める。
唐揚げ。
フライドスネーク。
照り焼きスネークバーガー。
ポテト。
「飲み物」
パントリーを覗く。
お茶もある。果汁もある。水もある。
違う。
「コーラ」
《無限収納》も検索してみたが、当然ながら出てこない。
「…………」
そうだった。地球から持ってきたコーラなんて、とっくに残っていない。
バーガーとポテトまであるのに。
「ハンバーガーにはコーラでしょ」
ここまで作って水はない。
ないなら作ればいい。
砂糖とレモン、生姜を出し、さっき使ったものも含めて港で買い込んだスパイスを並べる。香りを調整しながら《万能生産》でシロップを作ると、冷やした水に《万能魔法》で二酸化炭素を溶かして炭酸水にした。
出来上がったシロップを炭酸水で割り、一口飲む。
「おお」
思っていたよりちゃんとコーラだ。
というより、瓶に入れて高く売っていそうなクラフトコーラになった。
「こっちの方が美味しいかも」
せっかく炭酸水まで作ったので、生姜を多めに使ったシロップも用意し、ついでにジンジャーエールも作っておく。
気づけば、蛇を唐揚げにするだけだったはずの昼ごはんが、完全にファストフード祭りになっていた。
さすがに一人で食べる量ではない。
「ロキたち呼ぶか」
隣の家へ声をかけると、しばらくしてロキと爺がやってきた。
「ちょっと試食してみて」
テーブルいっぱいに並んだ料理を見て、ロキは何も聞かずにフライドスネークを一つ取った。爺も隣へ座り、照り焼きの方を口にする。
ざくざくとした衣を噛んでいたロキが、もう一つ取った。
「うまい」
「ええ。こちらもよく味が染みております」
よしよし。
バーガーも二人の前へ置くと、ロキが中の肉を見た。
「何の肉だ」
「蛇」
二人の動きが止まった。
「森の家のとこにいた、でっかいやつ」
ロキが手元のバーガーを見る。
爺は少し間を置いてから、静かにこちらへ顔を向けた。
「森の家の近くに、巨大な蛇がいたのでございますか」
「うん。庭のジャングルが結界の外まで広がってたみたいで、森の奥にいるやつがいろいろ来てるんだよね」
「……外にまで広がっておりましたか」
「ドラゴンもいたよ」
今度は二人とも完全に止まった。
「ドラゴン?」
「グランヴェルムっていうらしい。でっかいやつ」
爺の表情がわずかに変わる。
「深森竜でございますか」
「そうそう。それ。寝てたからそのままにしてきた」
ロキが無言で私を見る。
「何?」
「いや」
何もしてこないものを、わざわざどうにかする必要もない。
そこで、ふと気づいた。
「あれ?」
「なんだ」
「買い物行く時の転移先、森の家だよね?」
「そうだぞ」
森の家の結界内までは安全だけれど、その先は昨日まで大蛇がいて、その辺には深森竜まで寝ている。
「……今そこから外出たら危ないじゃん」
爺が少し考えてから口を開いた。
「幸い、まだ食料などの備えがございますので、こちらへ移ってから買い出しには出ておりませんが」
「あぶな」
気づいてよかった。
「町の近く追加しとくね」
ロキと爺の家から使える転移先に、最初の町の入口近くを追加しておく。これなら買い物のたびにジャングルを抜ける必要もない。
「ありがとうございます」
「今まで気づいてなかったのか」
「だって私、普通に転移できるし」
自分では困らないので、完全に忘れていた。
気を取り直して、クラフトコーラを二人の前へ置く。
ロキがグラスを見る。
黒に近い茶色の液体から、細かな泡が絶えず上がっている。
「……これ、飲むのか」
「飲むよ。コーラ」
爺もグラスへ視線を落とした。
「こちらも、由美様がお作りになった飲み物でございますか」
「そう。飲んでみ? 美味しいから」
明らかに怪しんでいたロキだったが、私が作るものなら大丈夫だと思ったのか、グラスを持ち上げてほんの少しだけ口をつけた。
「――っ」
すぐにグラスを離す。
「なにこれ」
「炭酸」
舌を刺激する感覚が初めてだったらしい。
隣では爺も目をわずかに見開いていたものの、二人ともグラスを置かなかった。
ロキがもう一度飲む。
「……甘い」
「でしょ」
今度はさっきより普通に飲んでいる。
爺も二口目を飲み、しばらく味わってから頷いた。
「なるほど。これは……癖になりますね」
どうやら気に入ったらしい。
ジンジャーエールも出してみると、今度は色が薄いせいかロキも素直に口をつけた。生姜の刺激と炭酸に少し眉を寄せたものの、結局こちらも飲んでいる。
気づけば、ロキは二杯目のコーラを飲んでいた。
「飲みすぎないでね。甘いから、飲んだあとは歯磨かないと虫歯になるよ」
その瞬間、爺がロキを見る。
「坊ちゃま」
「分かってる」
「昨夜も少々――」
「磨いた」
あ、始まった。
「爺もね」
今度は爺が止まった。
「……承知いたしました」
爺もコーラを飲んでいた。
ロキはバーガーを食べ終えると、今度は唐揚げへ手を伸ばした。
「これ、売れるな」
「やだよ。仕事になるじゃん」
ロキは少しだけこちらを見る。
「食べたい時に作るから美味しいんだよ」
爺が静かに頷き、ロキは特に何も言わず二個目の唐揚げを取った。
食べ終わる頃には、二人ともコーラとジンジャーエールをすっかり気に入ったらしい。
余った分を瓶に入れ、何本か二人へ渡す。
「これ、持って帰っていいよ」
ロキが素直に受け取ると、隣から爺の声がした。
「坊ちゃま。くれぐれも飲みすぎませんように。歯磨きもお忘れなく」
「分かってる」
たぶん、これからは爺が管理するんだろう。
残りの飲み物と料理は《無限収納》へ入れておく。食べたくなった時に出せばいい。
最後に残っていたポテトを一本つまんだ。
「やっぱジャンクフードって美味しい」
働く気はないけど、食べるためならこれくらいはする。




