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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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第41話 このままでよくない?

 南のヴィラでだらだらしていると、テーブルの上に置いていた携帯が突然震えた。


 そういえば、これを渡してから一度も鳴ったことがない。


 画面を見るとギルだったので、そのまま通話を押す。


「もしもし」


『由美! 森の家の周りの草木をどうにかしろ!』


 第一声からうるさい。


「草木?」


『もう草木って規模じゃねえんだよ! とにかく組合に来い!』


 そこまで言われると、さすがに何かあったらしい。


「今?」


『今だ!』


「はいはい」


 立ち上がるのも面倒だったので、そのまま冒険者組合へ転移した。


 受付の前に出ると、ギルは書類を何枚か広げたまま、ものすごく嫌そうな顔でこちらを見る。


「ほんとに来た」


「呼んだのそっちじゃん」


 近づくと、ギルは机の上の紙をまとめてこちらへ押し出した。どうやら森の家の周辺を通った冒険者からの報告らしく、植物が異常に増えているだの、大型の魔物を見ただの、似たような内容が並んでいる。


 植物が増えていることなら知っている。


 一週間前に肥料を取りに戻った時点で、庭だった場所はほとんど森になっていたものの、家には入れたし、特に困ってもいなかったので、そのままにして帰っただけだ。


「前から結構生えてたよ?」


「その『結構』が進んでんだよ。しかも家の周りだけじゃない。外まで広がって、森の奥にいる魔物まで寄ってきてる」


「でも、うちの結界には入れないよ?」


 ギルの眉間の皺が深くなった。


「お前が安全かどうかの話じゃねえ」


 そう言われても、見ないことにはよく分からない。


「じゃ、行く?」


 返事を待たず、ギルごと森の家へ転移した。


◇


 家から庭へ出た瞬間、前回来た時より明らかに緑が増えているのが分かった。


 家そのものはまだ見えているものの、周囲には太い茎や蔓が絡み合い、元は低かったはずの植物まで私の背丈を軽く越えている。


「……一週間でこんな育つ?」


「だから呼んだんだよ」


 ギルが疲れた声を出すので、私は結界の外へ目を向けた。


 そちらも似たような有様で、もともとの森にさらに何かを上から足したような密度になっている。枝と枝の隙間まで葉で埋まり、その中に見慣れない太い模様が混じっていた。


 よく見ると、模様ではない。


「……蛇?」


 一本の太い木に、巨大な蛇が何重にも巻きついていた。


 胴だけで私の身体より太そうなのに、本人は実にのんびりしていて、こちらを見ることすらせず木の上で丸くなっている。


「あれ、食べられる?」


「お前はまずそこから離れろ」


 ギルが何か言っているが、蛇なら唐揚げとかいけそうな気がする。


 あとで《万能解析》してみようかな、と思ったところで、奥の木々が大きく揺れた。


 葉の間から、巨大な頭がゆっくりと持ち上がる。


「……ドラゴンいるね」


 四本の脚に大きな翼を持った、どう見ても竜だった。


 深い緑の鱗は森の色に紛れているものの、とにかくでかい。家より大きな身体を木々の間へ押し込むようにして、地面に腹をつけている。


「あれは深森竜《グランヴェルム》だ。普通ならもっと森の奥にいる。こんなところまで出てくるような魔物じゃねえ」


 ギルの声は真剣だったが、当のグランヴェルムは眠そうに目を細めただけで、こちらへ来る気配はない。


「ねえ」


 声をかけると、片目だけがこちらを向いた。


「あんた、小さくなれたりする?」


 しばらく待ってみたものの、何も起きない。


「無理かー」


「何でそれで終わるんだよ」


 リアは小さくなれたから、一応聞いてみただけなのに。


 襲ってくるわけでもないし、今のところはそこで寝ていたいだけらしい。だったら別にいいかと思ったところで、足元の少し先が不自然に盛り上がった。


 土が割れ、黒く艶のある何かが何本も動く。


「ひぃっ!」


 考えるより先に後ろへ下がった。


 地面から出てきたのは、人間より長い巨大なムカデだった。


 無理。


 絶対無理。


「最近、ああいうのまで出るようになって――」


 ギルが話している横で《万能解析》を使う。


 地中。


 複数。


 さらに奥。


 巣。


「……巣?」


「ああ。この辺りの地面に――」


 全部消した。


 ボゴンッ。


 鈍い音とともに地面が沈み込み、さっきまでムカデが這い出してきていた辺りが大きく窪む。


 ムカデも、地中にいたやつも、巣も、まとめて跡形なく消した。


 静かになった地面を確認してから、ようやく息を吐く。


「よし」


「おい」


「無理」


 ギルが何か言いたそうな顔をしていたけれど、ムカデは駄目だ。巨大とか関係ない。小さくても嫌なのに、あんなものが土の中に巣まで作っているなんてあり得ない。


 それに比べれば、木の上の巨大蛇も、向こうで寝ているドラゴンもかなりましに見える。


 改めて周囲を見回し、結界内に増えていた草木へ目を向けた。


「じゃあ、邪魔なの消すね」


 ギルが何か言うより先に、《万能魔法》でまとめて消した。


 視界を埋めていた緑が一気になくなり、家の周囲に地面が戻ってくる。


「……お前」


「なに?」


「素材になる植物もあったんだぞ」


「うちの庭にいらないし」


 必要なら森にいくらでも生えているだろう。


 問題は外だった。


 結界の向こうには相変わらず植物がびっしりと生い茂り、その先には巨大蛇もグランヴェルムもいる。


「外は組合で採れば?」


「この中に冒険者を入れろってのか?」


 もう一度、外を見る。


「……死ぬね」


「分かったか」


 巨大蛇もいるし、グランヴェルムもいる。さすがにここへ採りに来いとは言えない。


「で、あの竜はどうするんだ」


 ギルが指した先では、グランヴェルムが相変わらず寝ている。


「別に今、何もしてないじゃん」


「いるだけで問題なんだよ!」


「でも追い払ったら、どっか別のところ行くでしょ」


 今ここで大人しくしているのなら、わざわざ動かして町の近くにでも行かれる方が面倒だ。


「このままでよくない?」


 ギルはものすごく嫌そうな顔をしていたけれど、私はもう一度ジャングルへ目を向けた。


 それなら、採る場所だけ安全にすればいい。


「町ってどっち?」


 ギルに方向を聞き、ジャングルが途切れる辺りまで二人で転移した。ここなら町側から来る冒険者も、危ない場所を通らずに辿り着けそうだ。


 区画の中にいた魔物だけを外へ飛ばし、その一帯を《結界》で囲う。植物はそのまま残し、人は自由に出入りできるようにしておいた。


「ここなら来られるでしょ。欲しいの勝手に採ってけばいいよ」


 ギルが結界の中を見回している。


 魔物は入れないし、町側からも普通に来られる。


 これでいい。


「じゃ、よろしく」


 そのままヴィラへ戻った。


 ソファに座ったところで、携帯が震える。


『由美!!』


 耳から離した。


『お前、俺を置いて帰っただろ!』


「あっ」


 そうだった。


『何で連れてきた奴を置いて帰るんだよ!』


「歩いて帰れるでしょ?」


『そういう問題じゃねえ!』


 確かに私が連れてきた。


「ごめんて」


 もう一度ギルのところへ転移すると、まだぶつぶつ文句を言っていたので、そのまま冒険者組合へ飛ばす。


「これでいいでしょ」


 今度こそ、私はヴィラへ戻った。


***


 組合へ戻されたギルは、しばらくその場で黙っていた。


 魔物は入れない。珍しい植物は山ほどあるうえ、冒険者が採取するにはこれ以上ないほど安全だ。


 確かに悪くはない。


 悪くはないのだが。


「……待て」


 さっき作られた区画を思い出し、額を押さえる。


「これ、俺たちが草刈りすることになっただけじゃねえか?」


 もちろん、由美はもういなかった。


 その日のうちに、森の家の近くに深森竜《グランヴェルム》が現れたという報告は組合の上へ回された。


 討伐の話も出たものの、今のところ被害はないため、下手に刺激せず監視することになった。


 ただ、その場所が由美の森の家のすぐ近くだったため、数日もしないうちに、


『あの女の家の近くには、深森竜がいるらしい』


 そんな噂まで流れ始めた。


 由美は、もちろん飼っていない。

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