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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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間話 人はいない

 景色が変わった。


 ついさっきまでいた山も木々も消え、突然広い草原の真ん中へ放り出された魔族たちは、しばらくその場から動けなかった。


 矢は飛んでこない。


 怒号も聞こえない。


 武器を持った人間が追いかけてくる気配もない。


「……戻ったのか?」


 誰かが、恐る恐る口を開いた。


「元の大陸に……?」


 その言葉が落ちた途端、張り詰めていた空気が一気に緩む。


「ようやくか……!」


「戻れたのか!」


 見知らぬ土地へ突然飛ばされてから、長かった。


 言葉の通じない人間には鬼と呼ばれ、水を汲みに行けば追われ、食べ物を探しに行けば追われ、ただ道を歩いているだけでも追われた。


 ようやく、あの日々が終わる。


 そう思ったのだが。


「……待て」


 一人が足元の草を見ながら眉を寄せた。


「何だ」


「こんな植物、我らの大陸にあったか?」


 言われて周囲を見回す。


 見たこともないほど大きな葉。妙に背の高い草。幹の形まで馴染みのない木々が、草原の向こうに広がっている。


「……ないな」


「この花も知らん」


「俺もだ」


 誰も何も言わなくなった。


 改めて周囲を見渡してみれば、道もない。畑もない。煙ひとつ上がっておらず、どれだけ目を凝らしても建物らしきものさえ見つからない。


「……集落は?」


「見えん」


「ここは魔族領のどこだ」


「こんな場所、知らんぞ」


「…………」


 どうやら、元の大陸ではないらしい。


「またか……」


 低い声が漏れた。


 とはいえ、前の土地とは少し様子が違っていた。


 森へ入って間もなく川が見つかり、恐る恐る確かめてみれば水は澄んでいる。その中には魚も泳いでおり、周囲を探せば実のなった木もいくつか見つかった。


「水だ」


「魚もいるぞ」


「この実も食えそうだな」


 前の土地では、水を確保するだけでも人間に見つかる危険があり、食べ物を探して山へ入ればまた追われた。


 それに比べれば、ここは静かだった。


「……前よりはましだな」


「ああ」


 水はある。


 食べ物もある。


 今のところ、人間の気配もない。


 一人が川辺へ腰を下ろし、辺りを眺めながらぽつりと言った。


「もしかすると……今度こそ、我らのことを考えてくれたのかもしれんな」


「…………」


 誰も否定しなかった。


 確かに、また元の大陸へ戻してはもらえなかったらしい。


 だが少なくとも、今度はいきなり矢を射られることもなければ、鬼と叫ばれて討伐隊を差し向けられることもない。


「……意外と悪い奴ではないのかもしれん」


「前の土地は、たまたま運が悪かっただけでは?」


「そうかもしれんな」


 少しだけ、あの女を見直しかけた。


 ――ズン。


 足元が揺れた。


「……何だ?」


 ――ズン。


 今度はさっきより近い。


 一斉に立ち上がって森を見ると、鳥の群れが木々の間から飛び立っていく。


「何かいるぞ」


 全員が身構えた直後、森の奥で大きな枝が押し分けられた。


 その隙間から、巨大な頭がぬっと現れる。


「…………」


 見上げる。


 まだ見上げる。


 異様に長い首の先についた頭が、こちらなど気にも留めず、高いところにある葉をむしゃむしゃと食べ始めた。


「……でかいな」


「ああ」


 さらにその後ろにも同じような生き物がいる。一頭どころではなく、二頭、三頭と、森の向こうを悠々と歩いていた。


「魔物……か?」


「襲ってはこないようだ」


「草を食っているな」


「ということは……」


 一人が巨大な胴体をじっと見つめた。


「食えるのでは?」


「お前、まずそこなのか」


「一頭あれば何日もつと思っている」


 誰も強く否定できなかった。


 見知らぬ草を兜で煮て食べていた頃を思えば、肉が歩いているだけでもありがたい。


「問題は、どう仕留めるかだな」


「足を狙うか?」


「待て。まず食えるか確認してから――」


 そのとき、森のさらに奥から腹の底まで震えるような咆哮が轟いた。


『グオオオオオオオオッ!』


 目の前の巨大な生き物たちが、一斉に走り出した。


「……逃げたぞ」


「ああ」


「草を食う奴が逃げたな」


「…………では、今の声は」


 木がへし折られた。


 森の奥から現れたのは、さっきの生き物とは明らかに違う何かだった。


 巨大な頭。


 大きく裂けた口。


 その中に並ぶ、どう見ても草を食べるためではない牙。


 短い前脚。


 そしてこちらを見ている目。


「…………」


「さっきの、食う話は忘れろ」


「言われなくても分かる」


 巨大な口が開いた。


「走れぇぇぇぇぇ!!」


 全員が一斉に駆け出す。


 背後では木がへし折れ、地面が揺れ、咆哮がどんどん近づいてくる。


 そして、ほんの少し前まで「あの女も意外と悪い奴ではないのかもしれない」と言っていた男が、走りながら空へ向かって叫んだ。


「あの女ぁぁぁぁぁぁ!!」


 人はいなかった。


 代わりに、やたらでかいのがいた。

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