第40話 また来るから
戦争が邪魔なら、止めてもらえばいい。
問題は誰に言えば止まるのかだったので、山から町へ転移して、さっき米の話を聞いた店で尋ねてみることにした。
「この辺で戦争してる偉い人って誰?」
「偉い人、でございますか?」
「うん。戦争やめてって言えば止められる人」
店主はなんとも言えない顔をしたものの、話を聞いてみれば一人ではないらしい。この穂月国ではいくつもの勢力が争っていて、それぞれに城主がいるという。
「じゃあ、その人たち全員いればいいか」
主だった城の場所を教えてもらい、ロキと爺を連れて順番に回ることにした。
◇
「戦争やめてもらえません?」
最初に会った男は、しばらく私を見たあと険しい顔になった。
「何者か知らぬが、我らには我らの事情がある」
「そうですか」
次へ行く。
「戦争やめてもらえません?」
「先に仕掛けたのは奴らだ!」
「なるほど」
さらに次。
「戦争やめてもらえません?」
「我が父の代より続く因縁を、そう簡単に――」
話が長い。
土地だの因縁だの、誰が先に攻めただの、それぞれに言い分があるらしいことだけは分かったけれど、三人目くらいで全部聞くのが嫌になった。
「分かりました」
男が、ようやく理解したかという顔で頷く。
「ならば――」
「みんなで話してください」
「……は?」
話し合うのに刀も槍もいらないだろうと思い、その場にあった武器を先に《無限収納》へ入れてから、男を転移させた。
次の城主も、その次も同じように武装を外して一ヶ所へ送り、最後の一人を連れていった頃には、集められた人たちがすでに盛大に怒鳴り合っていた。
「貴様!」
「それはこちらの台詞だ!」
「先に兵を出したのはそちらであろう!」
武器を持たせなくて正解だった。
このままでは殴り合いくらいは始まりそうだ。とりあえず、周囲へ《結界》を張って外へ出られないようにしておく。
ただ、話がまとまるまで何日かかるか分からないし、何もない場所へ閉じ込めておくのも悪い。《万能生産》で大きめの建物を作り、寝室と風呂とトイレまで用意したところで、食事も必要だろうと思って《無限収納》を確認する。
以前仕留めた猪の肉はまだかなり残っているし、あのダンプカーサイズの魚もある。
蟹も残っているけれど、それは出さない。
あれは私が食べる。
野菜や調味料もあるので、それらを調理設備へ入れ、朝昼晩に勝手に食事が出るよう設定し、水も切れないようにしておいた。
これなら生活する分には困らない。
外へ出られないだけだ。
「戦争やめる方向で話し合ってください」
「何をした!」
「ここから出せ!」
「まとまったら教えて」
「待て!」
後ろからまだ何か叫ばれていたけれど、当事者同士なのだから、私が間に入るより直接話した方が早いだろう。
「じゃ、よろしく」
あとは任せて、その場を離れた。
◇
これで戦争の方はどうにかなるとしても、終わった瞬間に米が増えるわけではない。
町の外へ出て田を見て回ると、まだ青い稲も多いうえ、兵に踏まれたらしい場所まであった。このまま普通に次の収穫を待っていたら、かなり時間がかかりそうだ。
どうしようかと眺めていたところで、ふと思い出した。
森の家に、まだ大量にあるトイレの処理設備から出てくる、あの肥料ペレット。
前に何も考えず撒いた結果、家の周りをジャングルにしたやつだ。
「あ、あの肥料使えるじゃん」
ロキが少し嫌そうな顔をした。
「……あれを使うのか」
「今回はちゃんと量調べるよ」
私だって学習する。
◇
三人で森の家へ転移すると、庭だったはずの場所がほぼ消えていた。
「……庭どこいった」
まあ、家には入れる。
目的の肥料ペレットだけ回収すると、すぐに穂月国へ戻った。
◇
田の持ち主らしい人に声をかける。
「これ、撒いていい?」
「……何でございますか、それは」
「肥料」
嘘ではない。
材料まで説明する必要もないので、《万能解析》で土と稲の状態を確認し、必要な量を計算する。前回は適当に撒いたからああなったので、今回はちゃんと適量である。
「これくらいかな」
《万能魔法》で広い田へ均等に散らし、同じように何ヶ所かへ撒いていく。
「一週間くらいしたら、また来るね」
農家の人たちは半信半疑の顔をしていたけれど、前回の効き方を考えれば普通よりは早いだろう。
これでやることは終わった。
「帰ろっか」
ロキと爺を連れ、南の島へ戻った。
◇
一週間後。
再び穂月国へ転移した私は、目の前に広がる景色を見て足を止めた。
「おお」
田んぼが黄金色になっている。
この前まで青かった稲まで、重そうに穂を垂らしていた。
近くにいた農家の人が、私を見るなり駆け寄ってくる。
「あなた様!」
「育ったね」
「育ったどころではございませぬ!」
かなり驚いているようだけれど、《万能解析》で確認しても特に異常はなく、普通に食べられる。
「じゃあ買える?」
農家の人が絶句した。
「……これほどのことをなされて、望みは米なのですか?」
「うん」
最初からそれしか言っていない。
必要な分が買えることを確認して町へ向かうと、一週間前とは少し様子が変わっていた。街道には荷車が走り、止まっていた商人も戻り始めている。
米屋には以前より袋が積まれ、味噌と醤油も増えていた。
「おー、いいじゃん」
「戦が収まれば、これからさらに品も戻るかと」
「収まったの?」
「ご存じないので?」
知らない。
そういえば、偉い人たちそのままだわ。
私はロキと爺を連れ、話し合いをしている場所へ転移した。
◇
一週間前は顔を合わせるだけで怒鳴っていた人たちが、妙に静かだった。
全員かなり疲れた顔をしている。
「話まとまった?」
こちらを見た一人が、重々しく口を開いた。
「……当面の停戦については合意した」
おお。
「一週間も話し合ってたんだ。大変だね」
なぜか何人かに、ものすごい目で見られた。
話し合いって大変なんだな。
私は絶対やりたくない。
「じゃあいいね」
結界を解除すると、全員が一斉に立ち上がった。
ものすごく帰りたそうである。
「お疲れさまでした」
◇
町で手持ちの品をいくつか売って穂月国の貨幣を多めに手に入れると、その日のうちに欲しかったものはだいたい揃った。
米と味噌と醤油を多めに買い、《無限収納》へ入れておく。これだけあればしばらく安心だし、今後も定期的に買えるなら、地球から持ってきた残りを気にする必要もない。
帰る前に、話し合いをしていた場所へもう一度寄ってみると、大半はすでに自分の領地へ戻ったらしく、残っていたのは数人だけだった。
街道をいつ開くか、兵をどこまで戻すか、集めた兵糧をどうするかなど、停戦したあとにも決めることがあるらしい。
まだ話し合っているところへ顔を出す。
「じゃあ、また来ますね」
何人かの顔が固まった。
「米と味噌と醤油は絶対必要だから、定期的にこの大陸に来るからよろしくね」
笑って手を振る。
いい仕入れ先を見つけたのだから、これからも仲良くしたい。
ロキと爺を連れ、転移で南の島へ戻った。
これで次のカレーも安心だった。
***
女が笑顔を残して消えたあと、誰もしばらく口を開かなかった。
やがて一人の城主が、低い声で呟く。
「……あれは、本当に人なのか」
「人が、あのような真似をできるものか」
遠く離れた城から城主たちを一瞬で連れ去り、武器を奪ったうえで一ヶ所へ集め、どうやっても外へ出られぬ場所へ一週間閉じ込めた。
山にいた鬼たちも、あの女が姿を見せた直後、一瞬で消えたという。
そして何より、あれほど荒れていた田が、わずか七日で黄金色に染まったらしい。
「では、神か?」
「何の神だ」
再び沈黙が落ちる。
しばらくして、年嵩の男が慎重に口を開いた。
「……荒神ではないのか」
誰も笑わなかった。
人の力ではどうにもならず、何をするかも分からない。それでいて機嫌を損ねなければ、荒れた田に豊穣すらもたらす。
しかも当の本人は、そんなことなど何でもないかのように笑っていた。
「……また来るのか」
「ああ」
米と味噌と醤油を買うために。
それだけのために、また来る。
残った城主たちは互いの顔を見た。
少なくとも、荒神が定期的に訪れる国で、戦などしている場合ではなかった。




