第39話 米がない!
今日の昼はカレーにした。
ロキと爺がヴィラの隣に建てた家へ移ってから食事も別々になっていたので、今日は一緒に食べようと声をかけた。
二人がテラスへ来る頃には、鍋の中で肉と野菜がいい感じに煮えている。
あとは米を炊くだけだった。
《無限収納》からいつもの袋を出そうとして、私は手を止めた。
「……え」
検索結果を見直す。
もう一度見ても変わらない。
「米がない」
「あるだろう」
ロキに言われ、爺も不思議そうにこちらを見た。
「まだ残っておりますな」
「あるけど、これじゃあと何回か炊いたら終わりじゃん」
今日の分を使えば、さらに減る。
パンも麺もあるし、肉も魚も野菜もあるので、食べるものそのものに困るわけではない。
でも、それとこれとは別だった。
「カレーは米で食べたいし」
「今日は食べるのか?」
「食べるよ」
そこを我慢する理由はない。
ただ、このままでは次のカレーが危ない。
そこで《無限収納》から、以前作って余っていた映像球をいくつか取り出した。
森の家まで戻るのは面倒だったので、《万能生産》と《万能魔法》で表示用の画面だけ作ると、テラスの脇に薄い半透明の画面がブォンと浮かび上がる。
「米を作ってるところ探して」
指示を出すと、映像球が次々と空へ飛んでいった。
世界中を探せば、どこかにはあるだろう。
あとは任せることにして、残り少なくなった米を炊いた。
テラスで三人揃ってカレーを食べ、冷やしておいた果物をつまんでいると、空中の画面が切り替わった。
「お」
映っているのは、水を張った四角い土地だった。
そこには見慣れた形の植物が整然と並び、少し離れた場所には青い稲も見える。
「米だ!」
しかも周囲にも同じような田がいくつも広がっている。これだけ作っているなら、売ってもいるだろう。
「ちょっと買いに行ってくる」
立ち上がりかけたところで、ロキと爺を見る。
「一緒に行く?」
ロキはすぐに頷き、爺も腰を上げた。
米を買うだけなので、準備するものもない。
映像球から送られてきた場所を指定し、そのまま三人で転移した。
◇
着いた瞬間、妙に静かだった。
「……ん?」
右を見る。
兜と鎧のようなものを身につけた人たちが、槍や弓を手にずらりと並んでいる。その後ろでは、大きな旗のようなものが何本も風にはためいていた。
左を見る。
こっちにもいる。
しかも全員、こちらを見ている。
どうやら私たちは、向かい合う二つの集団のど真ん中へ出てしまったらしい。
「……え? ここ戦国時代?」
もちろん日本ではない。
でも、目の前に広がっている光景はどう見てもそれっぽかった。
「転移する場所、ちょっと間違えたかな」
そう呟いた直後、どちらかの陣から大声が上がった。
「鬼だ!」
「え?」
ざわめきが一気に広がる。
何人もの視線が私の後ろへ集中していたので振り返ると、ロキと爺が普通に立っていた。
そして二人とも、普通に角が出ている。
「……あー」
「何と言っている?」
「二人のこと鬼だって」
「おに?」
ロキが眉を寄せ、爺も意味が分からないらしく首を傾げる。
この土地の言葉は二人には通じないらしい。一方で、私には普通に意味が分かるので、神様にもらった自動翻訳はここでも問題なく働いているようだった。
向こうでは、すでに何人かが弓へ手をかけ始めている。
「面倒だな。とりあえず結界」
そのまま《万能魔法》で二人の角を見えなくする。
ロキが自分の頭へ手をやった。
「何をした」
「見えなくしただけ。角あると買い物できなさそうだから」
とりあえず、ここに居続ける理由もない。
少し離れたところに町らしきものが見えていたので、今度はそちらへ転移した。
◇
町へ入って最初に探したのは米屋だった。
「米買いたいんだけど」
店主が少し困ったような顔をする。
「申し訳ありませんが、今はまとまった量は……」
「ないの?」
「兵糧に持っていかれましてな」
「あー、さっきのね」
あの戦場から近い町なら仕方ない。
店にある分まで買い占めるのも悪いので、ここは諦めようとして――ふと思った。
「そういえば、これ使える?」
《無限収納》から普段使っている貨幣を一枚取り出して見せると、店主は受け取ってしげしげと眺めた。
「……これは?」
「だよね」
大陸が違えば、お金まで同じとは限らない。
「じゃあ、何か売ればここのお金にできる?」
「品によりますが、それなら」
「じゃあいいや」
《無限収納》には売れそうなものならいくらでもあるので、必要になったら何か売ればいい。
問題は、お金より先に米がないことだった。
「もっと離れた町ならあるか」
ロキと爺を連れ、今度はかなり離れた場所へ転移する。
そこでも米を扱っている店を見つけ、同じことを聞いた。
「米買いたいんだけど」
「今は、ほとんどございません」
「ここも?」
おかしい。
さっきの場所からは、ずいぶん離れている。
「じゃあ、どこならあるの?」
店主は困ったように眉を下げた。
話を聞くと、ここは穂月国という国で、今はいくつもの勢力があちこちで争っているらしい。
米は兵糧として持っていかれ、戦が始まれば街道も止まるので、商人も以前のようには行き来できない。どこかに在庫があったとしても、安定して手に入る状況ではないという。
「……困るな」
せっかく米を作っている国を見つけたのに。
しかも店内を見回していると、見覚えのあるものまであった。
「これ、味噌?」
「左様でございます」
隣の甕に入っている黒っぽい液体も確認する。
「じゃあ、これ醤油?」
「よくご存じで」
「あるじゃん」
これはいい。
米を買うだけのつもりだったのに、一気にこの国の重要度が上がった。
「これも定期的に買える?」
「戦が収まれば、あるいは……」
「戦かぁ」
米だけではなく、味噌と醤油まで邪魔されている。
かなり困る。
どうしたものかと店の中を見ていると、外から騒がしい声が聞こえてきた。
「また鬼が出たらしいぞ」
「北の山だって?」
「今度こそ討ち取るって兵が出たらしい」
鬼。
私はロキと爺を見る。
二人の角は今も見えなくしてある。
「鬼って、角あるの?」
店主に聞くと、当然だろうという顔をされた。
「そりゃあ、鬼ですからな」
「ふーん」
嫌な予感がする。
「ちょっと山行ってみる?」
◇
北の山へ移動し、しばらく歩いたところで前方の茂みが揺れた。
人影が一つ現れる。
頭には角があった。
「あ」
向こうも私を見た。
一瞬、目を見開く。
「お前ぇぇぇ!」
その声を聞きつけたのか、奥からさらに何人も飛び出してきた。
みんな角がある。
「こんなところに飛ばしやがって!」
「あー……」
やっぱり。
以前、ロキのことで揉めていた魔族たちだった。
よく見ると服はかなり擦り切れ、蓑を羽織っている者までいるので、どうやらそれなりに大変だったらしい。
「でも生きてるじゃん」
一同が絶句した。
ロキも黙った。
爺は彼らの姿を見回し、少し気の毒そうな顔をする。
「由美殿。できましたら、元の大陸へ戻してやってはいただけませぬか」
「いいけど」
戻すこと自体は簡単だ。
ただ、一つだけ気になる。
「戻ったら、また喧嘩するの?」
魔族たちが顔を見合わせる。
やがて一人が口を開いた。
「我らの思想の違いが消えたわけではない。それは――」
「ふーん」
その先はだいたい分かった。
元へ戻したら、またロキのところで揉めるのだろう。
つまり、またうるさくなる。
それは嫌だな。
とはいえ、この戦国みたいな場所で鬼扱いされ、兵に追い回されながら暮らすのは、さすがに可哀想か。
「分かったよー」
「待て、何を――」
次の瞬間、ロキと爺以外の魔族たちは一瞬で消えた。
ロキが、誰もいなくなった場所を見つめる。
「……元の大陸へ戻したのか?」
「いやいや。また喧嘩されたら嫌だから別の大陸」
「「…………」」
「大丈夫。今度は人が少なくて、食べ物と水が豊富で過ごしやすいところ指定したから」
ロキは黙った。
爺も少しの間何も言わなかったものの、やがて、
「……それなら、まあ」
と頷いた。
「でしょ」
これで鬼の件は終わり。
私は山の向こうに広がる穂月国の景色へ目を向けた。
米はある。
味噌もある。
醤油もある。
なのに、どこへ行っても戦のせいでまともに買えない。
「……とりあえず、戦争邪魔だな」




