第38話 ギルがうるさい
商業組合を出たところで、私は隣を歩くギルを見て、ふと思い出した。
「そういえば、連絡つかないって言ってたよね」
「言った。何度もな」
森の家にいた頃ならまだしも、今は南の島に住んでいるうえ、雪国へ行ったり別の島へ行ったり、思いつきであちこち飛んでいる。用があっても捕まらないと言われれば、まあ、その通りだった。
それなら解決すればいい。
収納から一つ取り出し、ギルへ差し出す。
「これあげる」
「……何だ、これ」
「携帯」
「ケイタイ?」
ロキと爺に渡したものと同じ、異世界版携帯である。
離れていても話ができると説明すると、ギルは手の中の携帯を見つめたまま黙り、しばらく裏返したり表へ戻したりしていた。
「どれだけ離れていても使えるのか?」
「たぶん」
「たぶんで渡すな」
今のところ試した範囲では問題ない。
持ち主以外は使えないことも教えると眉間の皺が深くなったものの、それでもまだ黙って聞いていた。
最後に、南の島と町を行き来できると付け加えた。
「待て」
「なに?」
「なぜ連絡用の魔道具に転移機能がついている」
「便利だから」
「そういう問題ではない!」
あ、そこは引っかかるんだ。
「遠く離れた相手と話せるだけでも大騒ぎになる代物だぞ。そこへ使用者の識別と転移まで載せるな!」
「あげない方がよかった?」
「誰もそうは言ってない!」
じゃあいいじゃん。
受け取るらしいので、そのままギル専用に設定しておく。
これで今後は何かあっても直接連絡してもらえる。今まで散々迷惑をかけていたことを考えると、少しくらい何かしておいた方がいい気もしてきた。
「そうだ。お詫びしよう」
ギルの動きが止まった。
「……何のだ」
「今まで連絡つかなかったお詫び」
「いらん」
「なんでよ」
「嫌な予感しかしない」
失礼な。
「大丈夫。今回もいいやつだから」
「お前がそれを言うと余計に不安になる」
「はい、行くよ」
「待て、どこへ――」
転移した。
◇
次の瞬間には、潮の匂いと波の音が広がる南の島である。
隣を見ると、ギルは目を閉じたまま立っていた。
「……せめて最後まで聞け」
「聞いたら来なかったでしょ」
「当たり前だ」
やっぱり聞かなくて正解だった。
今日のお詫びはエステである。
散々振り回している自覚くらいはあるので、たまには労ってあげようと思ったのだ。エステ棟へ連れていくと、入口で迎えた骸骨たちを見てギルが一瞬足を止めたものの、今さら骸骨くらいでは大騒ぎしなかった。
「今日はギルのお詫びだから、ちゃんとやってあげて」
骸骨の一体が胸に手を当てて一礼する。
「……妙に礼儀正しいな」
「教えたからね」
「由美が?」
「最初は」
施術の手順から接客まで一通り教えたので、その辺はちゃんとしている。今では私が何も言わなくても予約を受け、施術をして、勝手に店を回しているけれど。
「骸骨にエステを教える発想がまず分からん」
「向いてたんだよ」
ギルは何か言いたそうな顔をしたものの、そのまま骸骨に案内されて奥へ消えていった。
その間、私は休憩棟で飲み物を飲みながらだらだらする。
しばらくして戻ってきたギルは、来た時より明らかに肩の力が抜けていた。
「どうだった?」
「……いいな、これ」
珍しく素直だ。
「でしょ?」
「悔しいが、かなりいい」
せっかくなので、用意しておいた専用パスも渡しておく。
「これ持ってれば、今度から好きな時に来ていいよ」
「俺専用か?」
「そう」
ギルは手の中のパスをしばらく見つめた。
「……本当にか?」
「お詫びだからね」
「最初からこれだけでよかっただろう」
「携帯もいるでしょ」
「それはそうだが」
気に入ったらしいので何よりである。
ひとまずお詫びも済んだのでヴィラへ戻ると、テラスに人がいた。
ヴェラである。
いつ来たのか、海を眺めながらすでに酒を飲んでいた。
「おかえり。ずいぶん遅かったね」
「あ、ヴェラ」
そのまま中へ入ろうとしたところで、隣にいたギルが足を止めた。
「……ヴェラさん?」
「ん? おや、ギルじゃないか」
二人とも普通に名前を知っている。
私は交互に見た。
「あら、知り合いだったのね」
「そりゃあね。昔、何度か組合には世話になってるよ」
ヴェラが酒を傾けながら笑い、ギルも軽く頭を下げたものの、すぐに周囲を見回した。
「いや、待て。なぜヴェラさんがここにいる?」
「遊びに来たんだよ」
「……ここに?」
「いつでも来ていいって言われてるからね。コテージもあるし」
ギルの顔が止まった。
「コテージ?」
「そこ」
私がヴィラの隣を指すと、ギルはしばらくそちらを見つめたあと、ゆっくりこちらへ顔を向けた。
「……俺の部屋は?」
「ないよ」
「なぜだ!」
急に元気になった。
「だって前に泊まった時、ずっと帰りたがってたじゃん」
「それとこれとは別だ!」
そういうものなのだろうか。
さっき専用パスを渡したばかりなのに。
少ししてロキと爺も顔を出し、冷たい飲み物でも出そうかと思っていたところで、ヴェラがこちらを見た。
「今日は温泉には行かないのかい?」
「あ、行く?」
「行くなら付き合うよ」
ちょうどいい。
「じゃあみんなで行こう」
ギルが嫌そうな顔をした。
「どこの温泉だ」
「雪国」
「……嫌な予感しかしない」
「大丈夫。いいところだから」
「さっきも聞いたぞ、それ」
ヴェラが横で笑っていた。
◇
雪国へ転移すると、一気に空気が変わり、真っ白な雪景色が目の前に広がった。
「寒っ!」
「雪国だからね」
「服装の話を先にしろ!」
それはそうか。
温泉施設まで来たところで、ふと思いついた。
「そうだ。みんな携帯出して」
ヴェラとロキ、爺は素直に自分の携帯を取り出した。
ギルだけがそれを見て固まる。
「……全員持ってるのか」
「うん」
「ヴェラさんまで?」
「便利だからねぇ」
ヴェラはすっかり使い慣れている。
「温泉も転移先に登録しとくね。毎回私が送るの面倒だし」
ギルは何も言わず、少しだけ空を見た。
「転移先まで増やせるのか……」
「増やせるよ」
「……そうか」
さっきより反応が薄い。
慣れてきたらしい。
全員分を登録し終えると、これで南の島と町だけでなく、雪国の温泉にも直接来られるようになった。
「はい、終わり。今度から勝手に来てね」
「お前は本当に自分が楽することには全力だな」
「褒め言葉?」
「違う」
少し離れたところでは地の精霊がこちらを見ていたが、ギルが気づくより先に私は温泉施設へ入った。
収納からギル用の水着だけを取り出す。
「はい、これ」
「……何だ」
「水着。これ着て入るの」
ギルは手渡されたそれを広げ、しばらく黙った。
「温泉だよな?」
「そうだよ」
「……服を着て入るのか」
「水着ね」
納得はしていないようだったが、ヴェラもロキも爺も自分の水着を持って普通に更衣室へ向かっているので、結局ギルもついていった。
私も着替えて浴場へ向かう。
先に来ていたヴェラはすでに酒を持ち込み、ロキと爺もさっさと湯へ向かっていた。
そこへ遅れてギルが出てきた。
「待たせ――」
途中で止まった。
私を見た。
ヴェラを見た。
もう一度私を見て、ものすごい勢いで顔を背ける。
「破廉恥だ!」
「は?」
「何だその格好は!」
「水着だけど」
「それは聞いた! ほとんど裸じゃないか!」
隣でヴェラが吹き出した。
「相変わらず真面目だねぇ、ギル」
「ヴェラさんまで何を平然としてるんですか!」
「慣れたよ」
「慣れないでくれ!」
ロキは何事もなかったように湯へ入り、爺も特に気にした様子がない。
「ギルも似たような格好してるじゃん」
「俺のは違う!」
「何が?」
「……違う!」
よく分からない。
うるさいので先に露天風呂へ入り、そのまま肩まで湯に浸かった。
「あー……最高」
「相変わらずここはいいねぇ」
ヴェラも隣へ入り、しばらくしてギルもやって来た。ただし妙に端へ寄り、こちらを見ないよう雪景色ばかり見ている。
そのうち湯の気持ちよさには勝てなくなったらしく、肩から力が抜けていった。
「……これは、いいな」
「でしょ?」
「水着は納得してない」
「まだ言ってる」
そこへ水面をすいすい進んできたリアが、私の腕に鼻先を寄せた。
「おかえり」
頭を撫でると、小さな水竜は気持ちよさそうに目を細め、そのまま近くの岩へ前足をかける。
ギルも気づいたらしい。
「この水竜は?」
「リア」
「名前じゃない。種類は?」
「リヴァイアサン」
ギルが止まった。
「……何?」
「リヴァイアサン」
「はぁぁぁぁぁ!?」
浴場に声が響き、リアがびくっとして私の方へ寄ってきた。
「ギル、うるさい」
「俺が悪いのか!?」
「リアびっくりしてるじゃん」
「そっちか!?」
ヴェラは腹を抱えて笑っている。
ギルはもう一度リアを見た。
「待て。北の海にいた、あのリヴァイアサンか?」
「たぶん」
「たぶんで済ませるな!」
「今も北の海には行ってるよ。海を落ち着かせたら戻ってくる」
「……戻ってくる?」
「ここに」
「温泉へ?」
「好きみたい」
ギルが黙った。
しばらくして、両手で顔を覆った。
そこから先は静かだった。
温泉を出ると、巨大な狼の雪像がこちらへ寄ってきたので頭を撫でる。
ギルが見ている。
少し離れたところではロキの雪像が本人より無駄に格好よく歩き、その向こうでは雪の城が以前より一回り大きくなっていた。
「……あれ、動いてるな」
「龍穴のマナが濃いからね」
「……そうか」
「城もまた育ってる」
「……そうか」
あれ。
反応が薄い。
そこへ地の精霊がやって来た。
「静かになったな」
「最初はうるさかったんだけどね」
ギルがゆっくり顔を上げた。
「……今のは?」
「地の精霊」
「……そうか」
とうとう何も言わなくなった。
「大丈夫?」
「もう何も聞かん」
疲れたらしい。
◇
南の島へ戻る頃には、ギルは朝から働き続けた人みたいな顔になっていた。
「でもエステよかったでしょ?」
「……よかった」
「温泉も?」
「よかった」
なら問題ない。
ギルは深くため息をつくと、帰るために今日渡した携帯を取り出した。
「もう来ない?」
聞いてみると、一瞬こちらを見たあと、エステ専用パスをきっちりしまった。
「それとこれとは別だ」
そう言い残し、町へ帰っていった。
なんだ。
結局また来るらしい。




