第37話 捨てなくてよかった
翌朝、久しぶりの一人暮らしを満喫しながらソファでだらだらしていると、玄関の方から音がした。
誰だろうと思いながら出てみると、爺が立っていた。
「おはようございます、由美様」
「おはよー。どうしたの?」
「朝食に使う食材を少々いただきたいのですが」
「ああ、いいよ」
《無限収納》から適当に出そうとして、手を止めた。
「……ん?」
昨日、二人の家を作った。
キッチンも作った。
時間停止付きのパントリーも作った。
でも、中身は入れていない。
つまり今後、食材が必要になるたび爺がこっちへ来る。
「……家分けた意味なくない?」
「はい?」
「いや、こっちの話」
とりあえず朝食用の食材を渡し、そのまま爺について新居へ向かった。
パントリーを開ける。
当然ながら、きれいに空っぽだった。
「肉と魚と野菜と果物と……卵、粉、調味料。パンもいるね」
「それだけあれば十分でございます」
「飲み物も入れとこう。あと、お菓子も」
《無限収納》を検索しながら、使いそうな食材を次々と移していく。時間が止まっているので、傷む心配はない。
どうせなら多めでいい。
肉、魚、野菜、果物、卵、パン、粉類、調味料、飲み物。それからロキが食べそうなお菓子も適当に入れておいた。
「これくらいあれば当分大丈夫でしょ」
爺が中を確認し、満足そうに頷いた。
「十分でございます。ありがとうございます」
「なくなったら買い足してね」
そこまで言って、また止まる。
「……あれ?」
爺がこちらを見る。
「二人だけで町、行けないじゃん」
「必要であれば、由美様にお願いしようかと」
「それもダメだ」
それでは結局、買い物のたびに私が呼ばれる。
せっかく家を分けたのに。
「あ、ヴェラに渡したやつでいいか」
《万能生産》を使い、小さな板状の魔導具を二つ作る。
ヴェラに渡したものと同じ型で、持ち主以外は使えないようにして、私への連絡と転移機能を付ける。二人の分は、南の島と最初の町を行き来できれば十分だろう。
「はい。爺とロキの分」
部屋から出てきたロキにも一つ渡すと、表裏を眺めて眉を寄せた。
「何だ、これは」
「連絡するやつ。あと、これで町にも行けるから」
「……昨日作ればよかったのではないか」
「昨日は家作るので忙しかったから」
思いつかなかったともいう。
使い方を簡単に教え、勝手に変な場所へ飛ばないよう転移先も限定した。
これで買い物もできる。
「よし。今度こそ――」
言いかけて、また止まった。
「……爺、お金持ってる?」
「多少の持ち合わせはございますが」
「それで食材とか日用品買ってたら、なくなるよね」
「いずれは」
そりゃそうだ。
ロキは十歳なので、生活費くらい私が出せばいい。
爺はロキの執事としてここにいるのだから、二人の生活費まで爺個人の金から出させるのも違う気がする。
「じゃあ、これ渡しとくね」
《無限収納》から金の入った袋を取り出した。
この前、収納にあった不用品をまとめて売った時の代金が、まだかなり残っている。その中から、当面の食費や日用品に困らないくらいをまとめて渡す。
爺は袋を受け取ると、中を確認して目を見開いた。
「由美様、これは少々多いのでは」
「ロキの分も込み。家のお金だから、必要なもの買うのに使って」
「しかし――」
「なくなったら言って」
ロキの生活費だと言うと、爺は少し黙ったあと、袋を持ち直した。
「……承知いたしました。責任を持って管理いたします」
「そんな大げさな」
「坊ちゃまの生活費でございますので」
「あ、はい」
たぶん一枚単位で管理するんだろう。
その辺は任せよう。
食材よし。
移動よし。
お金よし。
「これで本当に大丈夫だね」
今度こそ満足してヴィラへ戻り、ソファへ寝転がる。
静か。
一人。
もう朝から食材を取りに来ることもない。
「完璧」
そのまま少しごろごろしていたところで、昨日のことを思い出した。
「……あ」
ギル。
◇
冒険者組合へ転移すると、受付の奥にいたギルと目が合った。
ギルが動きを止める。
「あ、来たよ」
「……来ましたね」
「ちゃんと来たじゃん」
「それについてはありがとうございます」
何だ、その言い方は。
空いている椅子へ座ると、ギルがこちらへやってきた。
「で、何の用だったの?」
「商業組合です」
「あっち?」
「あなたと連絡が取れないから、何度こちらへ問い合わせが来たと思ってるんですか」
「そんなに?」
「そんなにです」
南の島にいることは知られていても、島の場所が分からない。私から町へ出てこない限り、向こうから連絡する手段がないのだから仕方がない。
「何かあった?」
「いろいろあります。行きますよ」
「どこに?」
「商業組合です」
どうやら逃がす気はないらしい。
仕方なくギルについて商業組合へ向かった。
中へ入った途端、以前不用品を見てもらった職員が、ものすごい勢いでこちらへやってきた。
「由美さん!」
「どうも」
「ようやく!」
ギルと同じことを言われた。
そんなに探されていたらしい。
奥の部屋へ通され、机の上へ何枚もの書類が並べられる。
「まず、以前お預かりした品のうち、競売へ回したものがすべて落札されました」
「あ、あれか」
その場で値段を付けて売ったものとは別に、珍しいものや価値を決めにくいものは競売へ回すと言われていた。
すっかり忘れていた。
「こちらが最終的な売却額になります」
「へえ」
書類を見る。
思っていたより多い。
「こんなになったの?」
「何点か、かなり競り上がりまして」
「おお」
いらない物だったのに。
前にも代金はかなり受け取っている。その残りがまだ収納にあるのに、さらに追加で入るらしい。
捨てなくてよかった。
「それから、もう一点ございます」
職員が別の書類を出した。
「例の開閉具についてです」
「チャック?」
「はい」
洗濯ネットについていた、あれである。
以前、見たことのない構造だから技術登録したいと言われ、私が考えたものではないと何度も言ったのだが、結局、技術を持ち込んだ人として登録された。
「量産できたの?」
「すでに始まっています」
「早いね」
「予想以上の反響でして」
話を聞くと、最初は袋物などから使われ始めたらしいが、今では鞄や財布、靴、衣類、道具袋、寝具、テントにまで用途が広がっているという。
特に冒険者や旅人には好評らしい。
確かに、紐を結ぶより開け閉めは楽だ。
「それで、こちらが現在までの使用料になります」
差し出された数字を見る。
「…………」
もう一度見る。
やっぱり同じだった。
「これ、私の?」
「はい」
「全部?」
「はい」
「何もしてないけど」
職員が少し困った顔をした。
「由美さんは技術持込者ですので」
いや、本当に持ってきただけなんだけど。
「これって、今後も入るの?」
「採用された製品が作られる限りは」
「へえ……」
不用品を売った。
競売に回されたものは勝手に値段が上がって売れた。
洗濯ネットについていたチャックは、職人が勝手に解析して、勝手に作って、勝手に広めている。
私は何もしていない。
なのに、お金だけ増えていく。
素晴らしい。
こういうのでいい。
「……チャックすご」
隣にいたギルが額を押さえた。
「感想、それだけですか」
「だってすごいじゃん」
働かなくても入ってくる。
作らなくても入ってくる。
売り歩かなくても入ってくる。
私が求めていたものは、こういうものだ。
競売の売上と使用料を受け取りながら、私は改めてチャックという存在に感謝した。
不労収入。
最高。




