第36話 そうだ家作ろう
朝、目が覚めてリビングへ行くと、ロキはすでに朝食を食べ終えようとしていた。
向かいでは爺が満足そうにその様子を眺めており、私に気づくと軽く頭を下げる。
「おはようございます、由美様」
「おはよー」
テーブルにはまだパンと卵が残っていたので、ありがたくもらうことにした。爺はロキ専属の執事であって、私の世話をしに来たわけではないが、朝食を作るついでに私の分まで用意してくれることはある。
そこは遠慮なくいただく。
パンをかじっている間にも、爺は食べ終えたロキの皿を片付けながら、今日は少し風が強いだの、上着を持った方がいいだのと世話を焼いていた。
「いらん」
「海風は侮れません」
「暑い」
「念のためでございます」
結局、ロキは嫌そうな顔をしながら薄手の上着を受け取った。
完全にオカンである。
二人がそのまま廊下の方へ消えていくのを見送りながら、私はもう一口パンをかじった。
ロキの部屋があって、爺は空いていた部屋を使っている。食事も風呂もリビングも同じで、別に困ってはいない。
困ってはいないのだが。
「……家、建てればよくない?」
口に出したところで、自分でも今さらだと思った。
この島、土地ならいくらでもある。結界だって広げればいいし、家も《万能生産》で作れる。爺がいるなら、ロキが一人になるわけでもない。
何で三人で一軒に住んでいるんだろう。
戻ってきた二人へそのまま話すと、ロキは少しだけ眉を上げた。
「二人の家、隣に作ろうと思うんだけど。どんな家がいい?」
「普通でいい」
一番困る答えが返ってきた。
「じゃあ部屋はベッドと机だけでいいね」
「待て」
「普通なんでしょ?」
ロキは黙り、少し考えてから、今使っている部屋くらいでいいと言った。
「最初からそう言ってよ」
今の部屋を基準にするなら話は早い。寝る場所と収納、机があればいい。
「ほかに何かいる?」
今度はちゃんと考えたらしく、ロキが珍しく具体的な希望を出した。
「静かに本が読める場所が欲しい」
「ああ、それはいいね」
ロキは暇な時、私が持っている本をよく眺めている。ただ、文字は読めないので、見ているのは絵や写真、図の多いものばかりだった。
だったら、ロキが普通に読める本を揃えてもいい。
「じゃあ、本も買いに行こうか」
ロキがこちらを見る。
「いいのか?」
「いいよ。せっかくだし、いっぱい買おう」
家を作る前に本を買いに行く必要はない気もするが、どのくらい置き場所が必要になるか分からない。
先に買ってしまえばいい。
爺にも希望を聞こうとしたところ、私が口を開くより早く答えが返ってきた。
「私の部屋は、坊ちゃまのお隣でお願いいたします」
「そこは決まってるんだ」
「はい」
一切迷いがない。
「広さとかは?」
「特にございません。坊ちゃまのお隣であれば」
「分かった分かった」
そこだけは絶対らしい。
ひとまず外へ出て、ヴィラから少し離れた場所まで歩く。海は見えるが、こちらのテラスから新居の中が丸見えになるほど近くもなく、二人の家を建てるにはちょうどよさそうだった。
ここまで結界を広げておき、家そのものは本を買ってから考えることにした。
◇
最初に暮らしていた森から近い町へ転移し、本屋を探す。
そういえば、この町へ来るのも久しぶりだった。
大通りを少し歩くと本屋はすぐに見つかり、中へ入ってみれば思ったより広い。壁一面に本棚が並び、歴史らしいものから魔物や植物の図鑑、物語、地理、魔法関係までかなり種類がある。
ロキは珍しく自分から棚を見て回り始めた。
私は何冊か手に取ってみたものの、どれが面白いのかさっぱり分からない。
「欲しいの選んでいいよ」
しばらくして、ロキが数冊抱えて戻ってきた。
「それだけ?」
「まずはこれでいい」
「でも、また買いに来るの面倒だよ」
「読むか分からんものまで買う必要はないだろう」
それはそうなのだが。
私は店内を見回した。
図鑑もある。歴史書もある。物語もあるし、何かを調べたい時に役立ちそうな本もかなりある。
ロキが今すぐ読まなくても、そのうち読むかもしれない。爺だって使うだろう。
そして何より、また来るのが面倒だ。
「……この辺、全部ください」
近くにいた店員が止まった。
「全部、ですか?」
「はい。この棚から、あっちの棚くらいまで」
店員の視線がずらりと並ぶ本棚を移動し、最後に私へ戻ってきた。
何かおかしいだろうか。
《無限収納》へ入れておけば場所は取らないし、読まないならそのままにしておけばいい。
会計にかなり時間がかかりそうだったので、金額を出してもらいながら、支払いの済んだ本から順に収納していく。
ロキは途中から何も言わなくなった。
「これで当分来なくて済むね」
「……そうだな」
納得しているかは分からない。
そんなことをしていると、店の外を通りかかった男がこちらを二度見した。
見覚えがある。
向こうにもあったらしい。
「由美さん?」
「あ」
冒険者組合の職員だった。
「お久しぶりです」
軽く頭を下げると、職員は私と店内を見比べてから、急に何かを思い出したような顔になった。
「ちょっと待っていてください」
「え?」
返事をする前に走っていった。
何だったんだろう。
残りの本を収納し終えた頃、今度は遠くからものすごい勢いでこちらへ向かってくる人影が見えた。
ギルだった。
嫌な予感がする。
「やっと見つけましたよ!」
開口一番それだった。
「何?」
「何じゃありません!」
ギルは息を整えながら、しばらく私を睨むように見た。
「南の島にいることは分かっています。でも、どこの島なんですか!」
「ああ」
そういえば、連れていったことはあっても場所なんて教えていない。
そもそも私自身、島の名前を知らない。
「無人島だから、名前知らない」
「だから連絡の取りようがないんですよ!」
「そっか」
なるほど。
それは確かに無理だ。
「何か用事あった?」
「あります。かなり前からあります」
詳しく聞こうとして、今日ここへ来た理由を思い出した。
家。
まだ作っていない。
「あ、ごめん。今日は無理」
「……何がですか」
「これからロキと爺の家作るから」
ギルが黙った。
「家を……?」
「うん」
魔法で作るとはいえ、間取りを決めて、中を整えて、家具まで揃えて、引っ越しもしないといけない。
これはもう一仕事である。
「明日以降なら来るよ」
ギルはしばらく私を見たあと、深く息を吐いた。
「……必ず来てください」
「分かった」
「本当にですよ」
「うんうん」
妙に念を押されたものの、とりあえず今日は家である。
ロキと一緒に南の島へ戻った。
◇
買ってきた本の量を考えると、ロキの部屋へ本棚を並べるだけでは収まりそうにない。
それなら、いっそ図書室を作ればいい。
「図書室作ろうか」
「図書室?」
「本だけ置く部屋。いっぱい買ったし」
普通の四角い部屋でもいいが、それでは何となく面白くない。
せっかく好きに作れるのだから、丸くしよう。
家の一角からつながる形で円柱状の図書室を作り、中へ入ると、入口の部分以外はぐるりと一周すべて本棚にした。天井近くまで棚を伸ばし、買ってきた本を種類ごとに並べられるようにする。
上の方はそのままでは届かないので、本棚に沿って動かせる梯子も付けた。円形のレールで一周できるようにしておけば、必要な場所までそのまま移動できる。
「上の本は爺に取ってもらってね」
「坊ちゃま、いつでもお申し付けくださいませ」
爺は当然のように頷いた。
ロキの部屋には、気に入った本だけ置いておける本棚を別に作る。ベッドと机、収納を置き、外へ出られるテラスも付けた。
テラスには椅子と小さなテーブルを置き、海を眺めながら本を読めるようにする。
これは私でもちょっと羨ましい。
「ここで読めば?」
ロキは外へ出て、しばらく海を眺めたあと椅子へ座った。
「悪くない」
「でしょ」
その隣が爺の部屋。
本当に隣。
壁一枚挟んですぐロキである。
爺自身の部屋は寝室と収納があれば十分だというのでシンプルにしたが、ロキの部屋への距離だけは完璧だった。
家全体は南の島らしく風が通る造りにして、リビングとダイニング、キッチン、風呂、トイレを揃える。外にも屋根付きのテラスを作り、食事をしたり休んだりできるようにした。
キッチンは爺が使いやすいよう作業台を広めに取り、その隣には時間停止付きのパントリーも作る。
給排水を整え、掃除や洗濯、食器の片付けは今まで通り自動化した。
その説明をすると、爺が微妙な顔をした。
「由美様、洗濯などは私がいたしますが」
「自動でいいよ」
「掃除も」
「自動」
「食器も――」
「自動」
爺が黙った。
「楽でいいじゃん」
「……左様でございますな」
全然そう思ってなさそうだった。
まあ、料理まで自動にする必要はない。爺はロキの食事を作るのが嫌どころか楽しそうなので、そこは好きにしてもらえばいい。
家具を揃え、ロキと爺の荷物を移し、買ってきた本も図書室へ収めていく。
大量に買ったつもりだったが、ぐるりと壁一面を本棚にしたせいで、まだかなり余裕がある。
これなら、いくら増えても当分大丈夫そうだ。
「こんなもんかな」
ロキは図書室を一周したあと、自分で選んだ数冊だけを抱えて部屋へ戻り、お気に入り用の本棚へ置いた。
爺はというと、自分の部屋より先にロキの部屋と図書室を確認している。
まあ、そうなるよね。
引っ越しまで終わったところで、私は二人を新居へ残し、ヴィラへ戻った。
玄関を開ける。
静かだった。
リビングにも誰もいない。廊下を歩いてもロキの気配はなく、爺が後ろを通り過ぎることもない。
そのままソファまで行き、勢いよく寝転がった。
誰もいない。
好きなところで寝られる。
好きな時間に起きられる。
好きな格好で歩ける。
もちろん今までもかなり好き勝手していたけれど、それとは少し違う。
「……これこれ」
久しぶりの完全な一人暮らし感に満足しながら、私はソファへ沈み込んだ。




