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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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間話 鬼じゃない

 矢が飛んできた。


「伏せろ!」


 声が上がるより早く、十数人の魔族たちは左右へ散った。一本目が頭上を抜け、二本目が木の幹へ深々と突き刺さると、続けざまに茂みの向こうから矢が降ってくる。


「またか!」


「だから街道には近づくなと言っただろう!」

ふ

「食えるものがないんだから仕方ないだろ!」


 言い争っている間にも矢は飛んでくるので、若い魔族が苛立ったように片手を振ると、巻き起こった風が矢をまとめて弾き飛ばした。


 その向こうでは、見慣れない形の鎧をまとった男たちが何かを叫んでいる。


 相変わらず、何を言っているのかはよく分からない。


 突然この土地へ飛ばされ、偶然通りかかった荷馬車の男へ話しかけたあの日から、それほど状況は改善していなかった。


 いくつかの単語は覚えた。


 水。飯。待て。行け。


 そして、自分たちを見た者がかなりの確率で叫ぶ言葉も。


 鬼。


 意味までは正確に分からないが、少なくとも友好的な呼び名ではない。


「焼き払うか」


 低い声で言ったのは、もともとロキを亡き者にしようとしていた側の男だった。


「やめろ」


 反対側にいた壮年の魔族が即座に止めると、男は不満そうに眉を寄せた。


「あれくらいならすぐ終わる」


「そのあと倍になって来る」


 それについては、誰も反論しなかった。


 最初の頃、一度だけ派手に追い払ったことがある。


 翌日には人数が増えた。


 さらに追い払ったところ、その次はもっと増えた。


 どうやらこの土地の者たちは、相手が強ければ諦めるのではなく、強ければ強いほど人数を集めて始末しようとするらしい。


「退くぞ」


 壮年の魔族がそう言うと、敵対していた側の男は舌打ちしたものの従った。


 以前なら、その指示ひとつで揉めていただろう。


 今はそんなことに体力を使う者はいない。


 走りながら一人が背後へ火球を落とし、街道脇の地面を大きく抉る。追ってきていた兵たちが足を止めたのを確認すると、それ以上は攻撃せず、そのまま山へ逃げ込んだ。


 勝てないわけではない。


 一対一なら、ここにいる魔族の大半があの兵たちより強い。


 だが、勝ったところで飯は出ない。


 住む場所も手に入らない。


 まして元の大陸へ帰れるわけでもない。


 その事実を理解するまでに、それほど時間はかからなかった。


 山中に作った仮の野営地へ戻る頃には、すっかり日が傾いていた。


 木の枝と葉を重ねただけの粗末な屋根の下では、留守番をしていた者たちが火を囲んでいる。誰かが手に入れてきた古い蓑を羽織っている者もいれば、編み方すら分からない笠を被っている者もいた。


 角のせいで、笠はひどく収まりが悪い。


 それでも雨は防げるので、今となっては誰も見た目を気にしなくなっていた。


「何かあったか」


「川で魚が五匹。あと、食えそうな草」


「食えそう?」


「昨日食べた奴がまだ生きている」


「なら食える」


 判断基準も日に日に雑になっている。


 鍋の代わりに使っている金属製の兜へ水を入れ、魚と草を放り込む。味付けに使えそうなものはとっくに尽きているため、出来上がるのは魚と草を煮ただけの何かだった。


 敵対派の女が兜を覗き込み、露骨に顔をしかめる。


「またこれか」


「嫌なら食うな」


「食うに決まっているだろう」


 少し前までなら、この二人も顔を合わせるたび、ロキを巡って言い争っていた。


 今は違う。


 誰が明日の食料を探しに行くかで揉めている。


 飛ばされた当初は、数日もあれば戻る方法が見つかると思っていた。


 転移の痕跡を探し、魔法で周囲を調べ、高い山へ登って遠くまで見渡した。


 結果として分かったのは、元いた土地から途方もなく離れているらしいことだけだった。


 海も見た。


 町も見た。


 高い石垣の上に築かれた巨大な建物も見た。


 衣服も違えば、武器も違う。屋根の形も、食べ物も、道を行き交う乗り物も違っており、おまけにこの土地では、そこかしこで人間同士が戦っている。


 昨日まで静かだった村が翌日には焼けている。


 何もなかった平原で、突然何百人もの兵がぶつかり合う。


 道を歩けば関所らしき場所で止められ、言葉が通じないまま角を見られ、結局また武器を向けられる。


 こちらも好きで山に籠もっているわけではない。


 だが町へ行けば騒ぎになる。


 村へ近づけば逃げられる。


 街道へ出れば追われる。


 山へ戻れば、今度は飯がない。


 壮年の魔族は薄い魚の汁をすすりながら、深く息を吐いた。


「明日は南を調べる」


「また村があるぞ」


「迂回する。川沿いなら食えるものもあるだろう」


 それなら、と何人かが頷いたところで、森の奥から枝を踏み折る音が近づいてきた。


 一斉に身構えたものの、姿を現したのは朝から偵察に出ていた仲間だった。


 かなり急いで戻ったらしく、肩で息をしている。


「どうした」


「南はやめた方がいい」


「何かいたのか」


 偵察役はしばらく呼吸を整えると、山の向こうを指した。


「兵が集まっている。五十はいた」


「また戦か?」


「分からん。ただ、皆で武器を持って、何度もこちらの山を指していた」


 嫌な予感がしたのか、誰も口を挟まない。


 偵察役はさらに顔をしかめた。


「それと、何度も聞こえた言葉がある」


「何だ」


「……鬼」


 全員の視線が集まった。


 山。


 角。


 妙な術。


 最近この辺りに現れた、見慣れない一団。


 思い当たるものが多すぎる。


「……我々のことではないだろうな」


 誰かが呟いたが、答える者はいなかった。


「何人いた」


「五十ほど」


 沈黙が落ちる。


 偵察役はさらに続けた。


「まだ増えていた」


 壮年の魔族は手にしていた器を置き、しばらく火を見つめた。


「……北へ行くぞ」


 反対する者は、一人もいなかった。

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